人は自分の心理にはあらがえない。だったら心理学を上手く利用してやればいい
ある駐車場でのこと。
駐車枠にはまだ空きがあるにもかかわらず、そこへ車を停めようとせず、通路の真ん中に停車して同乗者を乗り降りさせている車がいます。
当然、その後ろから駐車しようと待機している車は、通路を塞がれて動けなくなってしまいます。
見かねた周囲の人が「枠の中に停めてください」と声をかけます。
しかし、声をかけられたドライバーは「わかっている」と少しムッとした口調で返し、結局は注意を受け入れないまま、イライラした様子でその場を去っていきました。
この、日常のどこかで目にしたことがありそうな一連の出来事。
もし、この場面で声をかける人が誰もいなかったとしたら、この車は本当にトラブルを避けられたのでしょうか?
たとえその場はやり過ごせたとしても、駐車場内がどのような状況であろうとも、こうした身勝手な停車は、いずれ別の誰か(後ろのドライバーなど)と確実に別の衝突を起こしていたはずです。
つまり、声をかけてきた「特定の誰か」とトラブルになったのではなく、「自分自身の行動が、状況に関係なく、誰彼構わず周囲にトラブルを巻き起こす火種になってしまっていたかもしれない」という構造が見えてくるのです。
日常の中で誰かから注意を受けたり、周囲との間に不穏な空気が流れたりしたとき、私たちはつい「相手の言い方が悪かったから」「相手の虫の居所が悪かったのだろう」と、その原因を外側に求めてしまいがちです。
しかし、一歩引いてこの駐車場の例のように俯瞰してみると、実は「自分自身の行動が、無意識のうちに周囲へトラブルを誘発してしまっているかもしれない」という、少し耳の痛い可能性に気づかされます。
### 「わかっている」という言葉の裏にある心理
注意されたときに思わず「わかっている!」と反発してしまう心理の裏には、「自分が少しルールやマナーから外れたことをしている」という薄々とした自覚が隠れていることがあります。
人間は、自分の非を直接突きつけられると、無意識にプライドを守ろうとして過剰な防衛反応(逆ギレや不機嫌な態度)を取ってしまいがちです。
相手の「言い方」や「しつこさ」を理由にして反論することで、自分の行動そのものから目を背けようとしてしまうのです。
しかし、どれだけ言葉で突っぱねたとしても、「周囲に迷惑がかかっていた」という客観的な事実は変わりません。
こうした行動パターンを繰り返していると、場所や相手を変えても、やはり同じような摩擦を自分から引き起こしてしまうかもしれません。
### 「もしかしたら自分かも」と気づくための第一歩
私たちは誰しも、自分の行動には「急いでいたから」「これくらいなら大丈夫」という都合の良い言い訳を用意してしまいがちです。
しかし、周囲の目は驚くほどフラットで客観的に私たちを見ています。
もし、これまでの人生で「なぜか人からよく注意される」「周りの人がいつもトゲトゲしている気がする」と感じることがあるなら、それは「自分がトラブルを誘発しやすい行動を取ってしまっているかもしれない」という、大切なサインなのかもしれません。
・「もし、他人が自分と全く同じ行動をしていたら、自分は快く受け入れられるだろうか?」
・「誰かからの指摘を、『相手の態度』を理由にして無視していないだろうか?」
トラブルの本当の原因が自分にあるかもしれないと認めることは、決して簡単なことではありません。
しかし、その可能性に気づき、客観的に自分を見つめ直すことこそが、結果として自分自身を不要な衝突から守り、社会の中で生きやすくするための第一歩になるのではないでしょうか。


