SMAPの解散騒動に見る、謝罪の謎 ~なぜ謝る?Japanese people!?~

宮本章太郎

宮本章太郎

テーマ:時事・世事世相・所感・雑感

人気アイドルグループのSMAPが年内で解散すると発表し、騒ぎになってます。

この解散騒動については数カ月前にも騒ぎになりましたが
ここに来て遂に解散確実の運びになったようです。

ファンにとっては解散を惜しむ声が聞かれ、一旦白紙状態に戻したにも関わらず
どうして再び解散の発表に至ったのでしょうか。

そして最初の解散発表の時にも謝罪が行われましたが
2度めの解散発表となり、その事に対する謝罪なのでしょうか、それとも誰に対する何の謝罪なんでしょうか
そこに何か謝らなければならない理由があるのか詳細はわかりませんが、私は不可解に思えてなりません。

SMAPに限らず世間に解散を発表する場合
「私たちは解散します。今までありがとうございました。お世話になりました」と
感謝の意を表して正々堂々と解散すれば良いものの
政府や政党、あるいは会社組織でもなければ、誰かの許しを得ないと解散出来ないなんておかしいですし
それで迷惑をかける、それが迷惑に繋がるといった捉え方をするのは日本独特の風潮ではないでしょうか。

だからこそただ解散するのでも、《迷惑がかかる=謝る・謝罪する》のような構図が生まれるのでしょう。

謝罪を伴うような解散発表で代表的なのは、政治の世界での不祥事や力不足などが挙げられますが
特に不祥事を起こしたわけでもなく、言っても一アイドルグループの解散発表に謝罪が伴うのには違和感を感じます。

という事はつまり、裏で何か不祥事があったのか、ファンへの(期待感への)裏切りだとの思いなのか
解散を悪い事にしてしまっている何かが謝罪へと繋がり、そこにメンバー個人の意思は働いてないと考えられます。
(メンバーの意向が解散へと繋がってるが、解散を望まない“世間の意思”の方が働きが強い)
だからこそ何も謝る必要のない解散発表でも、世間に対して謝罪をするわけです。

しかし日本人の謝罪感覚は独特で、何か不祥事を起こしたり悪い事をしたから謝るのではありません。

何か手伝ってもらったりして感謝するような時にもすみませんと言って謝るのです。
ありがとうございますではなく申し訳ないのです。

ではこの度のSMAPの解散にはどういう謝罪の意味があったのでしょうか。

改めて考えるまでもないように思いますが、いずれにしても自分の意思や理由を明らかにしなければ
このように他人にはあれこれ詮索されますし、ハッキリしない事が不審に繋がったり
世間や人様に対する申し訳なさの謝罪に繋がるのではないでしょうか。

ですから普段の人間関係でも、物事をアヤフヤにしていると肩身が狭くなったり人間関係がギスギスしたり
常に周りに対して申し訳ないと感じながら生きなければならず
それで気が休まる事がなく精神的に参ってしまうのかもしれません。

ならば自分に自信を持って正々堂々と、自分に対するやましさを捨て去る事で
他人の顔色を窺いながらしんどい生き方をする必要もなければ
自分はこうしたい、こうしようと思ってると意思表示をハッキリする事で
他人にも自分にも負けないメンタルが身に付くかもしれませんね。

もちろん他人の反感を買ったり批判されたりするでしょうけど
何もしなくても批判してくる人は批判してくるでしょうし
そもそも自分のメンタルさえ強く持てれば、そんな批判物ともせずに済むでしょう。

ではSMAPの謝罪はメンバーのメンタルが弱かったからなのか?
それとも世間の期待(?)が大きかったからなのか?

つまりは相手への期待感やプレッシャーが大き過ぎると
相手が謝罪しなければならない状況(罪の意識)に追い込み、相手を苦しませる要因になってしまうのかもしれません。
(個人の意思とは取るに足らないものであって、権力等を持ってしても集団の力には勝らない)

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宮本章太郎
専門家

宮本章太郎(心理カウンセラー)

京都カウンセリングラウンジ

心の健康のみならず、メンタルに関連して起こる様々な身体への影響や健康に関する知識が豊富ですので、うつ対策や不眠症の改善といった、総合的な健康法についても心理学の観点からアドバイスと情報提供が可能です。

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