正々堂々と自分を生きる
例えば誰かに、自分の事を知ってもらおうとします。
いろんな人に自分の事を話して説明もしますが
ああこの人は何もわかってくれない、この人もダメだと
自分の事を何もわかってくれない相手に対して
勝手に評価、判断してしまいます。
その内知ってもらうのにも疲れ、話す事もやめてしまいますが
それでも知ってほしいという欲求はなくなりません。
次第に孤独を感じ始め、それが心の悩みになってしまうんですね。
しかし今度は、自分でお金を出して
相手に自分の事を知ってもらうとしましょう。
すると、何としてでも相手に知ってもらおうと努力します。
滅多な事では諦めません。
だって、そのためにお金を出してるんだから。
しかもその金額が大きければ大きいほど
必死になって努力もしますよね。
資格の勉強、習い事、養成所など
何か自分がこうなりたいと目指すものがあるものに対しては
例え少々高額であっても、お金を支度してその事に使います。
だから必死になって努力をするんです。
それでもし叶わなかったとしても
努力して頑張った結果なんですから、人のせいにはしません。
そうです。
この、何としてでもってところがとても大切なんです。
ただ単に自分の事を知ってほしい、聞いてほしいと思ってるだけでは
そこに何の努力も生じないんですね。
上手くいかない事は全部、相手のせいにして済ませるんです。
自分が一生懸命になってないんですから
上手くいくような努力もしてませんし
何か自分が抱える悩みが改善するはずがないんです。
ただ知ってほしいと“思ってるだけ”です。
じゃあどうしたら自分の事を相手に知ってもらえるのか?
ちょっとでも考えてみたでしょうか?
知ってもらえたらいいなぁで、そこで諦めてないでしょうか?
この話は、あなたご自身の事を言ってるんじゃないですよ。
人間の心理的構造の話をしてるんです。
例え今までがしんどくても、今が生きづらくても
何の努力もなくして、何か改善される事はありません。
人任せではダメだという事です。
これは何も、お金を払えばいいという話ではありませんし
努力が足りないから、もっと頑張りなさいという話でもありません。
自分に対する、悩みや問題への向き合い方の話です。
今回のお話のように、自分の人生が上手くいくための手始めとして
まずはあなたの事をいっぱい私に見せてください。
知ってもらうために、ご自身の事を沢山お話ください。
そしたら何か、私もお手伝いできる事が沢山見えてくると思いますよ。
ご意見ご感想、あなたのお聞きになりたい事をお聞かせください。
メールでけっこうですよ。
必ず目を通します。
また、こんなテーマで書いてほしいというご希望も
併せてお待ちしてます。
京都カウンセリングラウンジ http://kyotocl.web.fc2.com/
eメール kyotocl@gmail.com