抜かれてたまるか！全力で走った―眠っていた闘争本能に火が付いたという話―

今日の目次
・なまってしまった身体を動かそう
・事件はいきなり起こった
・日頃の運動不足が祟ったのか
・半ば強制参加のリレー競技
・まさか運命の第一走者だとは
・全力で飛び出す、抜かれてたまるか！
・力を出し切るという楽しい体験

なまってしまった身体を動かそう

今年の春のことです。業界の集まりで「大運動会」と銘打ったイベントが行なわれました。会計人グループ仲間である県内の会計事務所が集合して、日頃デスクワークでなまってしまった身体を大いに動かしましょう、という主旨のイベントでした。
これまでも、集合研修や講演会など真面目な催し物はたびたび開催されてきました。しかし、遊びオンリーの運動会というのは初めてのことです。運動会のあとはバーベキュー大会も企画されていました。
桜も散ってしまったあとの4月の土曜日の午後、鹿児島市内にある運動公園に、数十事務所、約200名が集結してその催しは始まりました。進行役は県内放送局のプロの女性アナウンサー（タレントか？）である。
くれぐれも怪我のないように、との注意事項があったあと、ラジオ体操第一を準備運動代わりにみんなで行ない、いよいよいろいろな競技が始まりました。私は、年齢を考慮してもっぱら応援団に回ります。

事件はいきなり起こった

参加する競技はあらかじめエントリーしてありました。私は団体競技の「玉入れ」だけをエントリーしました。老骨に無理をさせてはいけませんて。
ところが、その「玉入れ」だけでは済まなかったのです。全体を4チームに分けてあったのですが、エントリー競技にはなかった「綱引き」が総当たり制になっており、半ば強制参加だったのです。
私も事務所の若い社員たちと参加しました。総当たり制なので、負けたとしても最低3回は参加しなければなりません。勝ち続けたらもっと多くなります。幸いにもというか残念ながらというかうちのチームは弱かったので、最低回数で済みました。
この綱引きという奴、団体競技にもかかわらず、いやむしろ団体競技だからこそ、一人一人が普段発揮しないような変な力を思わず出してしまいます。基本、日本人は真面目なのです。で、事件は一本目の競技で起こりました。

日頃の運動不足が祟ったのか

一回目の綱引きが終わったあと、うちの中堅男性社員が膝を抱えてうめきだしたのです。額には脂汗が浮いています。
「どうした？」私が聞くと「膝をひねってしまいました。もう、競技に参加できそうもありません。」と、すごく痛そうです。
彼を、他の社員が抱えて会場の外まで連れていき休ませました。よほど痛いのか顔をしかめています。
このときは、どの程度の怪我かわかりませんでした。ところが、あとで医者に診てもらったところ、なんと彼は骨折していたのです。気の毒な話ですが、おそらく日頃の運動不足が祟ったのでしょう。
と、そんなことがあったので、老体の私はますます用心します。とはいえ、残りの綱引きにも参加したので、かなりの体力を使ってしまいました。

半ば強制参加のリレー競技

その後、エントリーしていた団体競技の「玉入れ」も無事終わり、『やれやれ、これで俺の出番も終わったな。』と、一息ついていました。すると、会場進行係の男性が私のところにやってきて「先生、最後の競技「世代別リレー」に出てください。」と、宣（のたま）うではありませんか。
『え、そんなの聞いてないよ！』と、心の中で叫びましたが、とにかく私の世代の参加者が少ないので「ぜひ出てください。」と、半ば強制的です。しばし考えたあと、私も『仕方がない。出てやるか。』と、腹の内を決めました。
リレー参加者は、幼児、未就学児、小学生、中学生・・10代、20代、30代・・と結構細かく分けられています。で、私はというと「60代以上」という、実に大雑把なくくりに押し込まれていて、世代的には一番年上の走者になります。
さて、出るからには怪我をしてはいけません。用心するに越したことはないのですが、ヨタヨタ走ってビリッケツになるみたいな醜態はさらしたくありません。私は入念に準備運動を開始しました。太ももをマッサージし、膝の屈伸、アキレス腱伸ばしなどを行ないます。

まさか運命の第一走者だとは

先述のように全体を4チームに分けて、競技の勝ち負けで点数がつけられていました。綱引きなど弱かったせいか、途中採点で4チーム中うちのチームはビリでした。
こうなると、がぜん私は燃えるのです。なんとしても、ビリという汚名だけは晴らさなければならない、と決意しました。
そんなことを考えていたら、とうとう、リレー競技開始の時間が迫ってきました。一番年上の世代だから、最後に走るのかと思っていたら、なんと第一走者でした。いきなり運命の生存競争が突き付けられたのです。
4人の走者が位置につきました。「60代以上」という雑なくくりの中でも70代は私だけです。他の3人は間違いなく60代です。10歳くらいは離れているかも知れません。
60代初めの人がいるとしたら、10歳は離れていることになります。73歳の私にとってそれはかなりのハンディです。『こりやあ、相当気合を入れて走らないと置いていかれるかも知れないぞ。』と、思わず鼻息も荒くなります。

全力で飛び出す、抜かれてたまるか！

そんな緊張に目が血走っている中、スタートの合図が切られました。全力で飛び出します。誰も前にはいません。『やった！出だしではトップを取れたぞ。あとは抜かれないように走るだけだ！走れ！抜かれてたまるか！』私は懸命に走りました。
と、気がつくと誰も追いついてきません。最終コーナーを回るとき、横目で微かに後ろを見ることができました。すると、なんと半周近く差をつけて私が一番だったのです。
短い楕円コースなので大した距離ではありません。それでもまあまあの差をつけて2番走者にバトンを渡すことができました。こうして、この最終競技は幸いうちのチームが一番を取れたので、総合得点でのビリは何とか免れたのでした。
走ったあとは、みんなの待つ席にヨロヨロと倒れ込むように辿り着きます。とにかくコケずに済んで良かった、というのが、まず頭に浮かんだことでした。
すでにうちの若いのが一人負傷をしています。その上、私まで怪我をしたのではシャレになりません。

力を出し切るという楽しい体験

しかし、これでわかったことがあります。こういう勝ち負けのはっきりとした競争みたいなものを突きつけられると、「まだ俺は、馬鹿みたいに燃えるんだな。」ということです。
「怪我をせずにホッとした。」なんて書きましたが、実は「絶対に一番を取ってやる。」といきんで走ったのです。もし、前を走る相手がいたら、きっと全力で抜きにかかったことでしょう。
「闘争本能」って奴が、まだ私の中に残っていることが確認できました。とはいえ、こいつを発揮するのは、よくよく考えてからにした方が良さそうです。
というのは、その後何日間も筋肉痛に悩まされることになったのは言うまでもありません。どこかを痛めた、というところまではいかなかったのですが、頑張った分だけ身体に揺り戻しは確実にやってきます。回復も若い頃に比べると格段に遅くなっています。
それにしても、全力を出し切るというのはなんともか楽しい体験です。ときどきはこんな機会も、あえて作ることにしようかな、なんて企んでいる自分がいたりして。