その本は何だ?!?あわや補導の危機に・・―ある文学作品を抱えていた夜―
今日の目次
・あなたも一緒に行かない?
・初めから役割は決まっていた
・さて、孫の出番も終わったし
・とうとう最後まで聴いてしまった
・お!連弾ってカッコイイいいな
・ジィジと孫の組み合わせって・・
・儚い夢、もしもピアノが弾けたなら
あなたも一緒に行かない?
カミさんも子供たちも全員東京暮らしで、田舎に残っているのは私一人というのが我が家の現状ですので、ときどき上京して家族との時間を持つようにしています。その他、仕事が絡む場合もあり、平均すると、2ヶ月に一回くらいのペースで上京しているのです。
で、先日、東京に行ったときのことでした。上京する前の日、カミさんから電話があって、東京での最初の日曜日、孫の「ピアノの発表会があるから、あなたも一緒に行かない?」と聞いてきていたのです。
正直言いましょう。私はあんまり褒めたジィジではありません。もちろん、孫は可愛いのですが、目に入れても痛くない、みたいにデレデレと溺愛するタイプではないのです。
孫がピアノを習っているのは知っていたけれど、まだそんなに大した技量ではないのはわかっていました。どうせ聴きに行っても、孫を始め子供たちの下手な演奏を聴かされるだけだろう、とあまり乗り気にはなれなかったのです。
初めから役割は決まっていた
しかし、「俺は行かねえよ。」なんて言ったら角が立ちます。本当は大して乗り気でもないのに、そんな様子はおくびにも出さず、「ああいいよ。」と返事し、聴きに行くことにしたのです。
ところが当日になったら、ただ聴きに行くだけではなく、会場まで車の運転もお願いね、と言われるじゃありませんか。別にお安い御用ですが「なんだ、聴きに行くだけの話じゃないのかよ。」と、この日の必要メンバーにしっかり組み込まれていたことに気がつきます。
まあこれも、普段交流機会の少ないジィジの役目と心得て、ちょうど都内を横断するくらいの距離を運転しました。ちなみに私は、以前長く東京に住んでいたので、今でも都内の運転はそれほど苦ではありません。その辺を心得ているためか、うちの女性どもは、上京したときの私をこき使うことにはさして抵抗はないようなのです。
さて、孫の出番も終わったし
会場に着いて席に座り、プログラムを見てみるとうちの孫の出番は、およそ30人の演奏で3番目でした。「うへぇー、うちのお孫ちゃんのあと20人以上いるのかよ。これをずっと聴かされるとしたらたまったもんじゃないな。」と、ますます不良ジィジの我がまま心が首をもたげます。
とはいえ、とにかく今日は演奏会。大人しく聴くしかありません。
すると、最初の女の子の演奏が始まりました。初心者から順番に演奏するようです。
『いやはやこれは、つい昨日から習い始めたのかな?』と思うくらい、まだ拙い演奏です。『本人や親もちょっと恥ずかしいかもなあ・・・』などと、余計なことを考えていたら、うちの孫の演奏が始まりました。
初めから3番目の孫の演奏もまだまだの腕前ですが、何とか一曲弾き切りました。緊張していたのか、終わるとちょこんと頭を下げて、すぐに引っ込んでしまいました。
なんかあっけない感じです。私は『さて、孫の出番も終わったし、どうしようかな?』とは思ったのですが、そのあと次々出てくる子供たちの演奏につい耳を傾けてしまいました。
とうとう最後まで聴いてしまった
私が大人しく聴いている間、カミさんや娘は席を離れて子供の面倒見たり、また戻ったりとウロウロしていました。その間、なんと私だけは一歩も席を離れることなく、3時間近くみんなの演奏を聴き切ったのです。
『下手な子供の演奏など、そんなに何時間も聴いていられるわけないだろう。』と、タカをくくっていた私の思惑は、意外な形で外れてしまいました。そこでふと気がついたことがあります。結局、私はああいう音楽が好きなんだ、ということが。
拙い演奏だけれど、ほとんどの曲目はクラシックでした。まあ思い出してみると、私は、昔からクラシックは好きだったのです。聴いているうちになんだかのめり込んでいたのでした。
稚拙な演奏とはいえ、あとになるほど上手になっていきます。30人ほどの演奏中、最後の男の子と女の子の二人は卓越した技量でした。
中学生と思しきこの二人の演奏は、ただ楽譜通りにミスなく弾き切るというレベルではありません。それぞれ自分独自の演奏スタイルがあり、個性を発揮して高度な次元のものでした。私は聞いていて、すっかり感心してしまいました。
で、最後の最後は、孫の通っている音楽教室の先生の演奏でした。女の先生は、演奏会用の肩を大胆に露出したドレスを身にまとって見事な腕前を見せてくれます。おまけになかなかの美人なので、不良ジィジは観ていてワクワクするのでした。
お!連弾ってカッコイイいいな
30人ほどの演奏中、途中「連弾」のコーナーがありました。これは一台のピアノの高音部分と低音部分を二人並んで座って弾くスタイルです。
女の子と母親の組み合わせが多く、女の子と先生の組み合わせもいくつかありました。ところが一組だけ、女の子と父親の連弾があったのです。
私はこれを見ていて、なんだか自分の中で燃え上がるものを感じました。『な、なんかカッコイイ。これっていいな!』と思ったのです。
この父親と子供のポジションを「ジィジと孫」に置き換えてみたら、意外性があってもっとカッコいいんじゃないか、と夢想したのです。そんなことを思い描きながら、演奏会が終わってロビーに出ると、先ほど連弾をした父親と娘、その一家らしき人たちが談笑していました。
ジィジと孫の組み合わせって・・
私は思わず声をかけました。「あのぉ、先ほどの演奏とても素晴らしかったです。お父さんは以前からピアノをやってらしたのですか?それとも、今日のために練習されたとか?」すると「ああ、どうもありがとうございます。実は私の母がピアノの教師で以前からやっておりまして・・」との返事。
すると、すぐお隣りにいた年配のご婦人が「ええ、私がピアノ教室で教えているもんですから。オホホ」と私の方を見ながら笑いかけます。その他、奥さんやおじいちゃんもいて、何とも上品な一家に見えました。
「パパと娘の連弾て、いいですね。あれを拝見していて、孫とジィジの連弾なんてやったら、なんか気持ちいいだろうな、なんて想像したりして・・」と、頭にあった妄想を伝えます。
すると、ピアノ教師のお母さまが「まあ、その組み合わせはまだ見たことがありませんわ。実現したらステキですこと。ぜひ挑戦なさいませよ。」と勧めてくれたのです。私が「とはいえ、まだ全然弾けないので、これから習わなきゃいけないのですが。」というと、さらに「ぜひぜひ。」と勧められました。
儚い夢、もしもピアノが弾けたなら
と、まあ、そんな会話も交わしたりして、当初予測していたよりは「ピアノ発表会」って奴は、私にとって結構楽しい時間になったのでした。「所詮、子供の下手なお稽古ごとだろ。」タカをくくっていたのが、見るべきところはそれなりにあったということです。
実は、昔からおぼろげながらではありますが、『ピアノが弾けたらなあ・・』というのは、私の儚い希望でもあるのです。楽器は何も弾けないけれど、やるとすればピアノがいいな、とは思っていました。
この日、「連弾」という、その姿を具体的に想定できる私の中では新しい演奏スタイルも目の前で見せてもらいました。そんなこんなで、やってみるかどうか、今、ちょっと心の中で迷っているところなのです。
あっという間の演奏でした



