「I.Wターキー!」―青春のほろ苦きバルボンの思ひ出―
今日の目次
・真っ暗闇、轟音の中の航海
・ここで漁をするんですか?
・魚のコツ、早く教えてよ!
・船酔いの末、釣果は15匹
・なんとも不愛想、ここは日本か?!?
真っ暗闇、轟音の中の航海
初めての体験、漁船を使っての夜のトビウオ漁。いろいろあったけれど、とにかくなんとか出航にこぎつけた私たち一家。
この小さくてかなり年季の入った漁船は、屋根などなくすべてがむき出しなので、エンジン音と船の後方にあがるスクリューの波しぶきの音には結構すごいものがありました。バシンバシンと舳先を波に打ちつけながら、港の外へと船は走ります。いつもはキャアキャアと賑やかな二人の孫たちも、あまりの異体験に声も出せないでいました。
下の男の子はちょっと怖いのか、青白い顔をして黙りこくっていました。「おい、怖いか?大丈夫か?」あんなに無口だった船長が少し笑いながら声をかけます。
なんというか、このすべてむき出しのオンボロ小舟で夜の外海へと漕ぎ出すのは、これまでいろいろ見聞きさせてきた孫たちにとっても、異体験中の異体験といえるかも知れないな、と思いました。昔、ちょっとダイビングなどやっていた私は、こんな船にも慣れていたので平気です。
そこで、目を凝らし改めて自分たちの位置を確認してみました。暗闇に目が慣れてくると、港を囲む半島のシルエットがうっすらと見えてきます。
ここで漁をするんですか?
もう少しで湾の外に出るかな、と思ったそのとき、いきなり船は止まりました。途端に、バシンバシンと激しいたて揺れだった船が、ゆらゆらとした横揺れに変わります。
漁場に着いたのかどうかわかりません。「あのう、ここですか?」と聞くと「ああ、ここで漁をする。」という返事でした。コミュ不足は相変わらずです。
どうするのかと見ていると、船長は、やおら太い電気コードの先に筒状の灯りらしいものがついた「装置」を取り出しました。それを船尾から海中1メートルくらいの深さに投入します。電気のスイッチを入れるとその装置は、眩しい光を放ち始めました。海中で怪しく光っています。
『なるほど、この灯りに魚が寄ってくるわけね。』と、ようやく合点がいきました。とはいえ、その間、別に何の説明もありません。そうしていると、ホイホイと一人に一本ずつ口の広い網が配られました。これで魚を捕らえるということなのでしょう。
魚のコツ、早く教えてよ!
網を手にして、灯りの近くの海中にじっと目を凝らしていたら、そのうちキラリと魚影が見えてきました。「あっ、飛魚だ!」と、みんな興奮します。
スルスルと船に近づいてきた一匹がいたので、捕らえてやろうと網を水中に突っ込んでみます。しかし、広口の網にもかかわらず、スルッと逃げられて全く捕えることができません。
そうやって、苦戦しながら少し経った頃、船長さんが「飛魚は真っ直ぐ前にしか進めないから、魚の前に網を持ってくると捕まえやすい。」と教えてくれました。だったら、始まる前に教えてよ、と思ったのですが、この人の場合まあ仕方がない、と諦めます。
更に何回か失敗するうちに、魚たちは見た目よりも、やや深い場所を泳いでいることがわかりました。水中おける光の屈折率の関係なのでしょう。
そこのコツがわかったので、見た感じよりも深く水中に網を突っ込んでみたら、まず一匹捕まえることができました。そうこうしているうちに、娘や孫たちもコツがつかめたのか一匹二匹と捕え始めたのです。獲れるたびに歓声が上がります。
船長さんがときどき船の位置を変えながら、捕まえやすいようにリードしてくれます。取った魚を放り込むブリキの大きめの缶は、次第に捕れた飛魚でいっぱいになってきます。
船酔いの末、釣果は15匹
水中に網を突っ込んで振り回す行為は思ったよりも重労働で、やがて身体中が汗ばんできます。『こりゃあ、明日の筋肉痛が恐いな。』との思いが頭をかすめます。
私は四苦八苦しながらも、水中の魚と格闘していたのですが、ふと男の子の孫を見ると、青い顔をしてペタンと座り込んでしまっています。船を止めたあとの横揺れに、どうやら船酔いをしたようです。
少し時間的には早いかな、と思いましたが、陸へと引き上げることにします。飛魚は缶の中に20匹くらいは取れたでしょうか。漁をしていたのは、時間にして30分くらいでした。
船は踵を巡らして、また大音量のもと港へと向かいます。バシンバシンとたて揺れがしばらく続いた後、静かに最初係留されていた場所へと戻りました。
この夜、とれた魚は全部で15匹くらいだった。それをビニール袋に移し、今回の料金を払います。ホームページには1万円と書いてあったらしいが、払う段になったら1万2千円ということでした。この辺も実に緩いのです。
なんとも不愛想、ここは日本か?!?
こうして、夜の異体験航海を無事終えることができた私たちは、真っ暗な田舎道を帰路へとついたのでした。今回の飛魚漁体験で印象に残ったのは、魚を捕る瞬間の面白さもさることながら、船長さんとバイク親父のあまりにも日本人離れした異質性でした。
なんか、本当にサモア人とかポリネシア人とかに会ったら、まさにこんな感じかな、と思わされたのです。しかしこれって彼らに失礼かな、とも思います。彼らだって、もっと愛想があるかも知れません。
船長さんは、長女が思わず『コミュ障かしら。』と思ったくらい、愛想も何もなかったのですが、別にすごく不快だったというわけではありません。あまりの商売っ気の無さにいささか呆れたというだけで、まああんなもんかな・・と、最後は妙に合点したのでありました。
寡黙な船長と手持ち無沙汰な孫たち
おしまい



