てんかん開示要請は妥当か?
無配慮な開示要請はプライバシー侵害の危険性が高い
先月末の報道によると、およそ2年前に福岡労働局が「就職を希望する『てんかん』の生徒は、主治医の意見書をハローワークに提出するよう」各高校に文書で依頼していたことが判明し、厚生労働省がかかる同労働局の対応について遺憾の意を示し、指導を行ったとのことです。
確かに、健康情報はセンシティブな情報であり、無配慮な開示要請はプライバシー侵害の危険性が高いものです。また、てんかんの症状は、きちんと薬を服用していればかなりの確率で抑えることができるものであるにも関わらず、長年、誤解と偏見にさらされてきたという経緯にかんがみれば、差別を助長しかねない行政の取り扱いは、極めて慎重になされるべきということもいえます。
裁判所が使用者に対して多額の損害賠償義務を認めたことが背景に
しかし、福岡労働局が上記のような対応をとったのは、当然、事業者側からの要望があったからと考えるべきです。そして事業者が、新卒者がてんかんに罹(り)患しているか否かを知りたかった背景には、いわゆる「鹿沼市クレーン車暴走事故」「京都祇園ワゴン車暴走事件」において、裁判所が使用者に対して多額の損害賠償義務を認めたことがあるものと思われます。
このうち、「鹿沼市クレーン車暴走事故」においては、使用者の過失の根拠は、過去に当該運転者が意識を失って救急車で搬送されたことを知っていた、あるいは当該運転者が事故の前日に嘔吐していたことを知っていたこと等に求められており、「てんかんに罹患していたことを知っていた」か否かは、判決の上では直接問題とはされていません。
しかし、使用者責任は「事実上の無過失責任」と表されることもあるくらいで、業務上の事故であることさえ立証できれば使用者責任は認められやすいという判例の傾向からすると、事案が異なれば、また違う理由で使用者に損害賠償義務が認められることは十分に想定されます。
そうであれば、事業者が、新卒者がてんかんに罹患しているか否かを把握したいと思う心情自体は、十分に理解できるところです。ましてや上出の「鹿沼市クレーン車暴走事故」では1億2500万円、「京都祇園軽ワゴン車暴走事故」では5200万円という多額の賠償義務が認められていることからすれば、できるだけリスクを未然に防ぎたいと考えることは、経営者として当然でもあります。
事業者が従業員のてんかんの有無について知っておく必要性は高い
個人的には、事業者としてのリスク云々以前に、同様の被害を二度と出さないことを最優先に考える必要があると思っています。そして、そのためには、事業者が従業員のてんかんの有無について知っておく必要性はむしろ高いと考えています。
他方で、なぜ、てんかんを隠したいと考えるのかというと、てんかんが正しく理解されていないがゆえに、就労において必要以上に不利な扱いを受けるからです。
事業者に対しては、プライバシー保護を徹底した上でてんかんの有無についての調査権を認め、また、てんかんについての啓蒙と教育を施すこと。厚生労働省が動くのであれば、ここからでなければ、根本的な解決にはつながらないように思います。
個人と中小企業を支援する法律のプロ
佐々木伸さん(平野・佐々木法律事務所)