優れた経営者に共通する育成手腕
人材育成のポイントは「実践」
公益財団法人経営者顕彰財団(理事長、久保田勇夫西日本シティ銀行頭取)が先月9日に発表した、九州・山口の優れた企業家を表彰する第41回経営者賞。今回は外食チェーン「ウエスト」(福岡市博多区)の境豊作名誉会長(88)ら3人が選ばれました。こうした素晴らしい経営者は、独特の発想や経営手腕はもちろん、人を育てることにも長けているからこそ、大きく発展することができるのではないでしょうか。
社会保険労務士という立場から様々な会社を見て感じることですが、優れた経営者に共通する人材育成のポイントは「実践」という観点から大きく二つ挙げられます。
「顧客」を体験することで得られる気づきが創意工夫に
一つは、顧客視点から見た実践です。「お客様のために」 「患者の立場になって」。お客様至上主義の現場では、このような言葉が日々飛び交っています。経営理念として掲げ、朝礼などで繰り返し強調して話す経営者も少なくありませんが、言葉だけではなく、真の意味でこれを実践するとは、どういうことでしょうか。
新入社員に利用者体験の研修を義務づけている老人介護施設があります。介助無しに自分では動けない、会話もうまくできないという前提で、実際に車椅子に乗り、食事や入浴の介助を受け、その施設で寝泊まりします。新入社員は、真に利用者の立場で体験をすることで、多くの学びを得ていきます。体験後の総括では、このような意見や改善点が出ました。
■車椅子に乗ったまま30分以上も放置され不安だった
→常に目配り気配りを心掛けよう
■ベッドに寝ている時に上から冷たく見下ろされるのは思ったより怖い
→ 利用者は見ているので、いつも笑顔でいよう
■どろどろの嚥下食はマズい
→見た目も本物そっくりの美味しいミキサー食を作ろう
介護職は仕事の過酷さの割に他業種と比べて賃金が低く、離職率の高さや労使紛争などで頭を抱える経営者は多いようですが、この介護事業所でも数年前まで離職率の高さに悩んでいました。「誇りのある職場」を目指して様々な取組みを実践する中で、このように顧客視点から見た体験研修は、功を奏しました。利用者や家族から喜ばれ、働く人たちのモチベーションもが高まることで、さらなる創意工夫が生まれて、今では口コミで遠方からの入社希望者が絶えなくなったそうです。
人材育成に優れた経営者ほど自らが率先して実践
二つ目は、社員視点から見た実践です。前述の会社の経営者は、真っ先にこの利用者体験をしています。「用便は老人用オムツに」という徹底ぶりで、実際に尿漏れが起こり、オムツメーカーにクレームを入れたところ「年齢による尿の勢いと量の違い」と説明され納得したということです。
環境保全の商品を取り扱っているのに経営者がゴミのポイ捨てをする。「社員が大事」と言いながら未払い残業を強要する。社員は経営者を見ています。「俺の背中を見て育て」とは言いますが、人材育成に優れた経営者ほど自らが率先して実践することで、社員との信頼関係も構築できています。ちなみに、産業能率大学の調査「新入社員の理想の上司」で常に上位のイチロー選手。「態度や姿勢が手本になる」というのが一番の理由のようです。