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香川県「ゲーム規制条例」今夏提訴へ 弁護士会も廃止を要求、同条例は違憲なのか

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香川県で2020年4月1日から施行された「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(以下ゲーム条例)」。報道によると、県内に住む高校生と母親が「憲法に反している」として、今夏をめどに、香川県に対して賠償を求める訴訟の準備を進めていることを、代理人弁護士が明らかにしました。さらに、5月25日に香川県弁護士会が、条例の廃止などを求めた声明を発表。施行後も大きな議論を呼んでいます。

条例では、1日60分(休日90分)など、子どものゲーム時間の目安などを規定し、努力義務を課しています。弁護士会の声明では、時間規定が、憲法13条の定める、子どもと保護者の「自己決定権」を侵害する恐れがあると指摘。声明に対して、香川県議会は反論する見解を発表しています。ゲーム条例は違憲にあたるのでしょうか。弁護士の片島由賀さんに聞きました。

努力義務では「権利を制限している」とみなされず、違憲にあたらない可能性がある。条例化する必要性があったかどうかが大きな争点

Q:香川県が「ネット・ゲーム依存症対策条例」を制定した背景は?
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香川県議会が6月2日に公表した、「香川県弁護士会長声明に対する見解」によると、制定の背景には、世界保健機関(WHO)が「ゲーム障害」を疾病として認定し、ゲームの過剰な利用が世界的に問題になっていることがあります。

2019年、WHOが、長期間にわたってゲームの習慣をコントロールできず、現実に悪影響を及ぼしてもゲームをやめられない状態を「ゲーム障害」と定義しました。2022年から、疾病として適用されます。

また、18歳未満の未成年者が、人格形成の途中であり、ゲームを長時間利用することによる影響を受けやすいことから、未成年者の健全な育成を図るため条例制定に至ったとしています。

Q:高校生、弁護士会の両者が特に問題視しているのは、条例で家庭でのゲームの利用時間の目安が規定されていることです。憲法が保障する基本的人権の侵害にあたると言えますか?
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両者ともに、条例でゲームの利用時間の目安を規定することが、憲法13条が保障する「幸福追求権」の侵害にあたると主張しています。幸福追求権の一部に、私的な事柄を権力に介入・干渉されることなく、個人が自由に決めることができる「自己決定権」が含まれると考えられています。自己決定権の侵害が指摘された過去の事例では、生徒の服装や髪型を規制する学校の校則などがあります。ゲームの利用時間についても、「私生活上の自由」と考えられるため、地方自治体という公権力が介入することは不当であると指摘しています。

また、1989年に国連総会で採択され、1994年に日本でも批准された「子どもの権利条約」31条が保障する、児童が、余暇、遊び、レクリエーション活動、文化的生活および芸術的活動を自由に行う権利も損なうとしています。ただ、利用時間の目安を定めた18条の見出しは、「家庭におけるルールづくり」となっており、保護者に対して罰則規定はなく「努力義務」を求めるものです。そのため権利を「制限しているものではない」とみなされる可能性はあります。

Q:ゲーム依存症の防止について3月に、政府が「ゲーム時間の制限の有効性、科学的根拠は承知していない」と見解を示しました。国との見解の相違や、科学的根拠がないことは問題なのでしょうか?
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条例を制定する必要性、すなわち「立法事実」に関わるため、大きな問題となるでしょう。香川県議会の声明では、「教育の現場で、臨床的に未成年者のゲーム依存が、学力・体力・精神に悪影響を及ぼすことが認知されている」ことが立法事実となる、という見解を示しています。

香川県の担当課も、ゲームの利用時間の目安づくりの根拠を次のように示しています(香川県ホームページ「県民の声一覧」より一部抜粋)。一つは、国立病院機構久里浜医療センターの全国調査結果からの「平日のゲームの使用時間が1時間を超えると学業成績の低下が顕著になる(「ネット・ゲーム使用と生活習慣についてのアンケート結果」、2019年11月)」。

また、香川県教育委員会「平成30年度香川県学習状況調査」による「スマートフォンなどの使用時間が1時間を超えると、使用時間が長い児童生徒ほど平均正答率が低い傾向にある」という結果を参考にしたと言います。

ただいずれも、この調査結果だけで、時間制限が有効かを示すとまでは言えないなど、疑問が残る点もあります。また政府の見解から、国がゲーム依存症防止のために、時間制限を定めた法律を制定する予定は当面ないと言えます。国が法律化しない中、あえて県が独自で条例を制定する必要があるのかという根拠は明らかにされていません。

もちろん国が法律化していない分野でも、地域の特殊性によって、地方自治体が独自に条例を制定するケースはあります。例えば、観光地の京都では、まちの美観推進のために規定された、いわゆる「美化推進条例」などがあります。

一方、ゲーム条例について「ゲームを過剰に利用する未成年者が全国で最も多い」など、香川県のみの特殊な事情があるとは考えにくく、その点で明確な必要性が示されていないと言えます。

Q:条例をめぐって、パブリックコメントに寄せられた賛成意見の多くに、似た表現があったことが成立後に判明し、問題になりました。裁判での争点になると考えられますか?
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「パブリックコメント」制度とは、行政機関が政策を実施する上で、必要な政令や省令などを決める際に、その案を公表し広く一般からも意見を募り、より良い内容にするための制度です。地方自治体の条例制定では、実施が義務付けられておらず「努力規定」となります。

ゲーム条例では、県民のほかに、11条で協力・対策を求めるゲームなどの事業者に対してもパブリックコメントを行っています。自治体にとって努力義務であるパブリックコメントを行ったなら、本来は、集まった意見を十分に審議し、条文に反映することで意味を成すと思います。

ただ、十分に審議されなかったとしても違法とはなりません。また、多数決をとるものではないため、賛成意見が同一であっても直接的な問題とはならないでしょう。

ゲーム条例は、全国で先がけて条例化した事例のため、今後、他の自治体からも注目される可能性があります。その場合の参考となるよう、反対意見も含め、より丁寧に一つ一つ検討する必要はあったのではないでしょうか。

Q:同様の条例の制定を目指していた秋田県大館市教育委員会が、訴訟の動きを受けて、条例化を一時凍結する方針を示しています。裁判でも違憲と判断された場合、条例はどうなると考えられますか?
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条例は、利用時間の規定を「努力義務」として求めているため、憲法で保障される権利を「制限していない」とみなされ、違憲とはならない可能性があります。

また、「ゲーム障害」が社会問題となっていることは事実であるため、子どもへの対策として、ある一定の評価はできるでしょう。そのため、私見ではありますが、条例が全面的に廃止となることはないと考えます。

報道によると、高校生側は県を相手に、権利侵害に対する損害賠償請求を行う予定だと言います。実際には、憲法が保障する「自己決定権」の侵害を具体的に証明すること自体、ハードルが高いと言わざるを得ません。それでも裁判を行うことは、社会に対する問題提起となるため、条文の部分的な見直しにつながる可能性はあります。

最大の争点は、条例の立法事実があったかどうかです。条例が裁判となるリスクが明らかにされた現時点では、同様の条例が他県で制定されることはないと考えられますが、2022年のWHOによる「ゲーム障害」の疾病適用に伴い、国の動きも含めて流れが変わるかもしれません。今後、裁判となった場合、その判断が注目されます。

逆風を追い風に変える弁護のプロ

片島由賀さん(勁草法律事務所)

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