70歳就業法成立で「生涯現役」が可能に?アフターコロナの社会にシニアの企業経験をどう生かすか
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人生100年時代を迎え、65歳以上の高齢者の割合が全体の人口の3割に迫る日本。超高齢社会の社会保障制度の担い手を増やすため、希望する人の70歳までの就業を可能にするよう、企業に努力義務を課す「改正高年齢者雇用安定法」などの関連法が2021年4月から適用されます。
国の調査によると、60歳以上の8割は70歳以降も働くことを希望しているようです。同時に公的年金の受給年齢が段階的に引き上げられ、最終的には70歳まで年金がもらえないかもしれないという話が現実味を帯びてくるなど、厳しい見方も。
一方、努力を強いられることになる企業にしても、新型コロナの影響で厳しい経営が続く中、労働力不足の解消を疑問視する声や、社内制度の大幅な見直しが必要となるなど、「あまりに負担が大きいのでは」という戸惑いの声もあるようです。特定社会保険労務士の北村滋郎さんに聞きました。
アフターコロナを見据えた地域密着型ビジネスに、「エバンジェリスト(価値の伝道師)」としてのシニアの新しい役割に期待
Q:70歳までの就業を可能にする「改正高年齢者雇用安定法」の概要は?
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現行では65歳まで継続雇用することとしている制度を見直し、就労を希望する人が70歳まで働けるよう企業に努力義務を課すことを柱とした関連法が、2021年4月から実施されます。
改正法では、選択肢を広げる必要があるとして、
・定年廃止
・70歳までの定年延長
・継続雇用制度導入(子会社・関連会社での継続雇用を含む)
といった現行制度における選択肢に加え、
・他の企業(子会社・関連会社以外の企業)への再就職の実現
・個人とのフリーランス契約への資金提供
・個人の起業支援
・個人の社会貢献活動参加への資金提供
の選択肢を整えるとしています。
企業には7つのうちのいずれかを設けるよう努力義務を課して、どれを選ぶかは、企業と個人が話し合って選択できるような仕組みを検討するとしています。いずれにしても、定年後も何らかの形で支援する必要があるということが従来と異なるポイントです。
Q:近い将来、70歳定年ということになれば、年金の受給年齢もそれに伴って引き上げられるのでしょうか?
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現在60~70歳の間で選べる受給開始年齢の上限を、改正法では75歳までに引き上げるとしています。2013年度の年金制度改正から段階的に引き上げられてきて、2026年には原則65歳からの支給になります。
また現在、1年繰り下げで年間8.4%増額、5年繰り下げで年間42%増額とする繰り下げ制度を柔軟化、年金受給開始時期の選択肢の拡大を図っています。年金の受給をなるべく遅らせ、高齢者の働く意欲を長く持たせるということでしょう。
年金受給年齢が将来的に引き上げられることは容易に予想できます。併せて、私的年金(確定拠出年金・iDeCo)は、加入できる年齢を60歳から引き上げ、将来の年金額を増やせる仕組みも整える方向です。
Q:働きながら年金を受け取る「在職年金」は、現在でも収入が現役並みにあると受給金額が減りますが、今後はどうなりますか?
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年金を受けられる人が、就労して収入を得ながら受給する「在職年金」は、月収と、計算上本来もらえる年金月額の合計が基準額を超えると、超過額の半分を支給停止にするという減額ルールがあり、この基準額を緩和することが検討されていました。
高齢者の就労を促す狙いでしたが、「高所得者優遇」の批判が強まったため、65歳以上は昨年度の47万円を維持することとなりました。65歳未満については47万円に引き上げる見通しです。基準額を超えない範囲で収入を得ている場合は、受給金額は減額されません。
Q:企業側はこの関連法の努力義務について、さまざまな見直しを迫られるようですが、直面するであろう問題点は?
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まず、給与や社会保険料など法定福利費の会社負担額などの負担が重くのしかかります。そのため、人件費を引き下げるための「黒字リストラ」なども増え、若手従業員のキャリア志向にやる気がなくなってしまいます。
実務的には、雇用契約の見直し、就業規則の変更、その他早期退職制度、給与制度、退職金制度の見直し、役職定年制など、これまで対策を講じてこなかった企業にとっては、大幅な制度見直し等の負担増となります。
しかし、何の手だても講じないままでいると、今後の人材確保や業績向上を考える上では不利益のほうが多いでしょう。
会社の規模に限らず、古い組織の体質を久しく変えてこなかったような企業では、若い有能な人材は確実に離れてしまいますし、新たな人材も集まりにくくなります。そのため、60歳以上の高齢者には、現役の社員とは別の独自の人事制度構築が求められます。
今後の先行きが見えない経済状況で生き残るためには、1社単独で解決しようとするのは、もはや無理と言えます。ほかの企業やNPOなどと連携して、問題の解決策を講じていく時代になり、その際には、どのような企業と組んでいくか、その見極めも重要になるでしょう。
Q:新型コロナで厳しい状況でも、企業が努力義務を果たすべきメリットがあるとすれば、どのようなことでしょうか?
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企業も今後は「アフターコロナの時代」を見据えたビジネスへ、考え方を転換していかなければなりません。これまでのように、海外に市場を広げることに力を注いできたグローバル経営から、日本国内の需要に目を向けた「地域密着型」のビジネスモデルに活路を見いだす必要に迫られるでしょう。
逆の発想で国内をグローバル化するというイメージです。企業が今回の改正法を適用して、「起業支援」や「個人の社会貢献活動参加への資金提供」を行い、自社の販促活動にも発展的に運用できるビジネスモデルの一例があります。
例えば、大型商業施設の撤退や商店街の衰退で、「買い物難民」などが問題になっているような地域に、現役時代、大手スーパーで仕入れ担当をしていたシニア世代が個人事業主となって、商品説明をしながら個配で利用者に商品を提供する小規模事業所を立ち上げます。元の雇用先企業からの資金援助のほか、地元のNPOなどと協力して、雇用創出と地域貢献を担うモデルです。
これまでのような、「全消費者に向けての画一的なマスマーケティング」から、「必要とする顧客にダイレクトに商品やサービスを届ける」という戦略の一例ですが、企業としては、自社製品や会社のPRを、低予算で確実に行うことが可能になります。
こうした「エバンジェリスト(価値の伝道師)」としてシニアの存在価値は高く、企業経験を積んだシニア世代の新しい働き方としても評価されるでしょう。また、国内グローバル化という意味では、外国人労働者の受け入れ時の教育や世話係という役割も可能かと思われます。
Q:「老後レス時代」に突入していく今後、全ての労働者が心掛けておくことは?
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人生100年時代、65歳で定年を迎えたとしても、その後まだ数十年も人生は続きます。これまでのように、現役時代の貯蓄と年金で人生を逃げ切ろうという発想は通用しなくなります。
100歳まで現役で、生きがいをもって生活するために、何が必要かを考えなければなりません。定年を前にして慌てるのではなく、現役時代の早い段階から、副業や起業、フリーランスなど、自分で稼げる生業(なりわい)を身につけられる働き方を想定した準備をしましょう。
企業側も、今後は多数の従業員を抱えることの負担やリスクの軽減のために、副業の奨励や、起業に向けてのサポート、国の補助を利用したリカレント教育などを充実させる方向へ進んでいくでしょう。
これらを積極的に活用して、働き方に対する意識改革をする必要があります。
現役時代は、2回目のキャリアが当たり前になる時代に「人生を充実したものにするための知識や情報、そして経験を得るためにある」と考える必要があるでしょう。
新時代を生き抜くための人生と経営をアドバイスするプロ
北村滋郎さん(M&M企画(社会保険労務士事務所))
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