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プロレスラー木村花さん急逝 SNSの誹謗中傷に対して法的にできることとは

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法律関連

女子プロレスラーの木村花さんが22歳の若さで、5月23日に死去したことをきっかけに、ネット上での中傷が大きな議論を呼んでいます。因果関係は明らかにされていませんが、木村さんは、出演していた動画配信サービス、Netflixでの恋愛リアリティ番組「テラスハウス(フジテレビ系)」内の言動により、SNSで誹謗(ひぼう)中傷を受けていました。

多くの著名人から、SNSでの中傷を法で取り締まる必要性を訴える声が広がり、5月26日に高市早苗総務大臣が「制度改正を含めた対応をする」といった考えを示しました。

総務省では、4月から有識者会議を設け、匿名発信者の情報開示手続きの見直しを検討していました。他者を誹謗中傷する行為は犯罪に当たるのでしょうか。法的に対処できることとは。弁護士の半田望さんに聞きました。

投稿の削除や匿名発信者を特定した上で、民事上の損害賠償請求や刑事告訴を行うことができる。発信者の特定には時間と費用がかかり、被害者の負担は大きい

Q:SNSの普及に伴い、ネット上の中傷は年々増えていると言われます。実際はどうですか?
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ネット上の中傷による人権侵害は以前から数多くあり、社会問題となっています。

以前は、「2ちゃんねる(5ちゃんねる)」や「爆サイ」などの匿名掲示板への書き込みが主流でしたが、SNSの普及に伴い、書き込まれた内容が被害者に直接届きやすくなり、より被害が可視化されるようになったと言えます。匿名だから「バレない」「何を書いても大丈夫」と、問題のある書き込みが後を絶ちません。

ネット上の不適切な投稿は、学校トラブル、近所トラブル、ストーカー、接客クレームなど、日常のあらゆる場面で起こっています。学校での「ネットいじめ」は10年前頃から問題になっており、「学校裏サイト」のような掲示板のほか、LINE(ライン)などクローズ型のSNSでのトラブルも増えています。

投稿する側の特徴として、10代・20代などの若年層では、周囲の雰囲気に流されて、人を傷つけるような内容を気軽に書き込んでしまう傾向があるといえます。怨恨や悪意などで意図的に相手を陥れるような投稿を行うのは、もう少し年齢が高い印象があります。

Q:ネット上で他者を誹謗中傷する行為は犯罪に当たりますか?具体的にどのような書き込みが法律違反の対象となると考えられますか?
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犯罪に当たるかどうかは、誹謗中傷の内容や回数にもよります。

例えばSNS上で、実名を挙げるなど本人を特定できる形で「不倫をしている」とか「愛人がいる」と投稿することは、内容が真実であるかどうかに関わらず、その人の社会的評価を下げるとして名誉毀損罪にあたる可能性があります。刑法第230条で、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」と規定されています。

一方、事実の摘示ではなく、「バカ」「キモい」などの悪口を投稿した場合は、名誉毀損には当たりませんが、侮辱罪に当たる場合があります。ただ、侮辱罪の刑罰は、「拘留(30日未満の身柄拘束)または科料(1万円未満の金銭支払い)」と名誉毀損より軽く、違法行為の抑止としては不十分と思われます。

そのほか、飲食店などに対して「あの店では食中毒が出た」など、事実と異なる情報を拡散した場合は業務妨害罪に、「殺す」「死ね」など危害を加えることをほのめかす書き込みは脅迫罪に当たる可能性があります。なお、「氏ね」や「タヒね」などのネットスラングを使った場合でも危害をほのめかす内容であれば脅迫罪に当たりうると考えます。

悪質なケースについては、警察が捜査し立件されることもありますが、全てのケースについて警察が立件できていないため、違法な書き込みが後を絶たない状態が続いています。

いずれの場合にも民事上の責任として、誹謗中傷による社会的評価の低下や精神的苦痛に対して、慰謝料や損害賠償の請求を行うことは可能ですが、実際に裁判を行うためのハードルはかなり高いのが実情です。

Q:これまで、誹謗中傷の被害を受け、裁判で責任が認められた事例はありますか?
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匿名の投稿者に対する損害賠償請求で、高額な賠償金が認められた例があります。

ライターの女性が、Twitter(ツイッター)上で、2017年から「淫売」「旦那は強姦魔」などの、事実無根の内容を繰り返し投稿した発信者に対する損害賠償を求めて訴訟を行いました。2019年7月に、さいたま地方裁判所は投稿者に約264万円の支払いを命じました。

また、第三者の投稿を転載する「リツイート」に、名誉毀損罪が成立した例として、2019年9月の大阪地方裁判所の判決があります。元大阪府知事の橋下徹さんが、ツイッター上で、府知事在任時の言動を批判した第三者の投稿をリツイートしたジャーナリストに対し、損害賠償請求を行いました。裁判所は、社会的評価を下げたと判断し、ジャーナリストに33万円の慰謝料支払い命令を下しました。情報が拡散される点で、リツイートした人にも責任があると言えます。

そのほかにも、刑事事件として、名誉毀損や脅迫などで、書き込んだ犯人が逮捕され、刑事罰を受ける事案がいくつも報道されています。

Q:誹謗中傷を受けた場合、どのような対処法がありますか?
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サイトの管理者に対して、書き込みの削除を求める
サイトが定めるガイドラインや利用規約に沿って、削除の可否が判断されます。ただし、削除に応じるかどうかは企業により対応の差があり、海外の事業者は任意の削除に応じてくれない場合もあります。
任意の削除に応じてくれない場合は、裁判所に削除を申し立てることになりますが、事業者(コンテンツプロバイダ)の特定や手続きに専門性が要求されるため、容易ではありません。

民事上の損害賠償を求める
投稿をした相手方に対して損害賠償をするという方法もありますが、匿名の投稿者に対し損害賠償請求をするためには、投稿者を特定する必要があります。
特定には、まずサイトの管理者に、投稿者の「IPアドレス」の情報開示請求を行います。次に、入手したIPアドレスをもとに、プロバイダや携帯電話会社に対して契約者の情報開示請求を行います。
事業者が任意で応じてくれなければ、それぞれ裁判が必要となり、損害賠償の訴訟を含めると裁判が最大3回となり、時間的にも費用的にもハードルが高いと言えます。

さらに、SNSや匿名掲示板の運営会社が海外の企業の場合、当該企業に対して裁判手続きを行うには現地の法人登記を取り寄せるなど、複雑な手続きが必要となります。そのため、これらの手続きを専門に扱う弁護士は多くありません。

刑事告訴をする
刑事告訴をして刑事事件として立件されている場合、捜査の過程で投稿者が特定されているため、捜査記録を入手できると、上記の裁判をしなくても投稿者が特定されます。ただ、実際に立件されるかどうかは警察や検察の判断に委ねられるほか、不起訴となった場合には、捜査記録の開示が受けられない可能性もあるため、不確実性が高いと言わざるを得ません。

このように、実際の対処にはいくつものハードルがあるのですが、被害を受けた場合に弁護士や警察に早めに相談することで、対応が可能となる場合もあります。
また、被害の証拠として、問題のある投稿内容(相手のIDや文面、投稿日時、URLなど)を保存しておくとよいでしょう。スクリーンショットや画面の撮影でも大丈夫です。

Q:総務省では、匿名の発信者情報が開示されやすくする仕組みなどを検討し、今夏をめどに方針を示すようです。現状での問題点や、これから期待されることはありますか?
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現状では、誹謗中傷を発信した匿名の相手を簡単に特定できないことが、大きなハードルとなっています。

発信者(投稿者)の情報開示は、「プロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)」で定められていますが、手続きが煩雑で専門性が必要なため、被害を受けた人が発信者情報の開示を受けやすくするための法改正が必要なのではないでしょうか。

ただ、憲法第21条で保障されている「通信の秘密」の保護も尊重されなければならない権利です。違法な表現か否かが容易に判断できない場合にも、発信者の責任を安易に認める方向に進むことは、「ネットの監視」にもつながりかねません。表現の自由や通信の秘密と、名誉・プライバシーとの折り合いをつけて、規制の強化を進めることは簡単なことではないと思います。

ネット上の誹謗中傷は、一度、世界中に発信されてしまうと、後から削除しても、投稿者をブロックしても、それを「なかったこと」にはできません。削除や賠償金請求など、被害を受けてからの対策のみに目を向けるのではなく、誹謗中傷を「させない」ようにする予防策にも力を入れるべきだと思います。

そのためには、学校などで「ネットリテラシー教育」を行うなど地道な取り組みが大切です。

ネット上で発信する内容については、発信した本人に責任があります。「匿名だから逃げられる」と思っていても、その気になれば特定することは可能です。普段から、「人を傷つけるような投稿は許されない」という意識を一人一人が持てるような、啓発活動の機会を増やすことが必要なのではないでしょうか。

半田望

市民の法律問題を一緒に解決する法律のプロ

弁護士

半田望さん(半田法律事務所)

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