司法の場で「ノー・ニュークス権」が確立される意義
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「原子力の恐怖から免れて生きる権利」の確立を目指す動き
「ノー・ニュークス権」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「ニューク(nuke)」とは、核兵器や水爆、原子力発電所を意味し、「ノー・ニュークス権」とは「原子力の恐怖から免れて生きる権利」を指します。
その提唱者らは、これを憲法上の新しい人権として司法の場で確立されることを目指し、昨年1月に原発メーカー3社を相手に原告1人あたり慰謝料100円の損害賠償請求訴訟を提起しました。
原子力損害賠償法があるにもかかわらず、訴訟を提起する狙い
そもそも、原子力損害賠償法で損害賠償の仕組みが設けられているにもかかわらず、原発メーカー3社を相手に訴訟を提起することに意味があるのか疑問があります。しかし、これこそが「ノー・ニュークス権」の提唱者らが目的とするところなのです。
すなわち、原発事故については「当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる」(同法3条1項)として、原子力事業者(電力会社)の無過失責任を定める一方で、「(当該)原子力事業者以外の者は、その損害を賠償する責めに任じない」(同法4条1項)「製造物責任法の規定は、適用しない」(同条3項)などと定めています。
ノー・ニュークス権を侵害する原子力損害賠償法は憲法違反と主張
いわゆる「責任の集中」ですが、提唱者らは以下のように主張しています。
「このような法律がなければ、原発事故については、原則どおり原発メーカーの責任も問い得るはずであるにもかかわらず、この法律がそのような責任追及の権利を奪ってしまっていることに問題がある。具体的には、これは憲法29条1項の定める財産権の侵害である。また、原発について製造物責任法の適用を免れさせるのは、憲法14条の定める法の下の平等に反するとともに、憲法32条の裁判を受ける権利をも奪っている。そもそも、憲法13条の幸福追求権や同25条の生存権からは『原子力の恐怖から免れて生きる権利』(ノー・ニュークス権)が導かれるはずで、『責任の集中』を定める原子力損害賠償法は、このノー・ニュークス権を侵害する。以上により、同法は憲法に違反するものとして無効である。そうであれば、製造物責任法等を根拠に原発メーカーに対し責任追及し得るはずだ」。
このような主張があり、裁判所にノー・ニュークス権というものを認めてもらうことを目的に原発メーカーを相手に訴訟をしているわけです。
人権として確立されると、原発そのものを肯定することは困難に
もしも、司法の場でノー・ニュークス権が認められ、憲法上の新たな人権として確立されると、核兵器や原子力発電所の存在そのものを肯定することは困難となります。
そうすると、憲法尊重擁護義務を負う政府としては、国民のノー・ニュークス権を侵害する行為は許されなくなり、このことを前提にエネルギー政策を進めていかざるを得なくなると考えられます。ノー・ニュークス権の確立は、ここに意義があると言えるでしょう。
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