生成AI時代、中小企業が大企業に勝つ方法――「幸福の多様化」が生む新たな市場機会
目次
経営者がぶつかる、維持か成長か、という問い
会社を起業し、日々、現場で売上をつくるために社長自身が奔走している規模の会社では、ある段階で大きな壁にぶつかります。
それは、「社長の気力と体力だけでは、会社を支えきれなくなる」という壁です。
会社員の立場から見ると、自由に働く起業家やアントレプレナーは、羨ましく映るかもしれません。しかし、実際に起業して会社を経営すると、会社員のように、決められた時間を働けばよいという世界ではなくなります。
売上があっても、固定費は毎月発生します。家賃、人件費、外注費、通信費、システム利用料、借入金の返済、税金、社会保険料など、経営者が意識しているかどうかにかかわらず、会社の支出は刻々と発生します。
会社の売上を伸ばす営業活動や、商品の仕入れ、サービス品質の維持に加え、会計、労務、人材採用、資金繰り、顧客対応、クレーム対応まで、経営者は全方位に意識を向けなければなりません。
小規模企業ほど、社長が担う範囲は広くなります。
その状態で経営を続けていると、どこかの段階で、社長自身の気力が続かなくなる時期が訪れます。
かつては、「会社を大きくしたい」「もっと成長させたい」と考えていた経営者であっても、いつしか、その夢が遠のき、「まずは会社を維持するだけで精一杯だ」という状態に入っていきます。
会社を成長させるのではなく、惰性で会社を維持する経営になってしまうのです。
そして、その中で、ふと、こう考え始めます。
「会社は、いまの規模を維持できればよいのではないか。
無理に大きく成長させる必要はないのではないか。
自分には、急成長を目指す経営は向いていないのではないか。」
このように、経営者が「成長」ではなく「維持」を選びたくなる瞬間があります。
しかし、ここに会社経営の大きな落とし穴があります。
維持を選ぶと、維持ができないのが会社経営だ
経営者が成長への意欲を失い、会社を維持するだけでよいと考え始めた時、実は、その会社はすでに大きな危機の入口に立っている可能性があります。
会社を経営するために必要な経費には、勘定科目の名称にかかわらず、固定費と変動費があります。
固定費とは、売上の増減に関係なく発生する費用です。家賃、人件費、保険料、システム利用料、リース料、借入金返済などが代表的です。一方、変動費とは、売上や販売数量に応じて増減する費用です。商品の仕入れ、材料費、販売手数料などがこれにあたります。
中小企業の経営で怖いのは、会社の存続年数が長くなるほど、知らないうちに固定費が増えていくことです。
社員が増える。事務所が広くなる。管理コストが増える。取引先が増える。会計・労務・法務・システム対応が複雑になる。金融機関との付き合いも増える。
これらは、会社が一定期間、事業を続けてきた証でもあります。しかし同時に、会社の損益分岐点を引き上げる要因にもなります。
売上が前年並みに維持されていても、固定費が増えていれば、利益は減少します。利益が減少すれば、キャッシュフローは悪化します。キャッシュフローが悪化すれば、資金繰りの余裕がなくなり、経営者の判断の自由度も低下します。
つまり、会社は、売上を維持しているだけでは、実質的には後退している場合があるのです。
会社というものは、成長させない限り、維持することさえ難しくなる。
これが、会社経営の厳しい現実です。
成長をあきらめ、ただ維持しようという発想に立った会社は、いずれ、その維持のために必要な利益とキャッシュフローを失っていきます。
会社経営において、「維持」は安全策ではありません。
むしろ、成長戦略を持たない維持経営こそ、最も危険な経営判断になり得るのです。
どこを目指して成長するかは、経営者が選ぶエグジットで決まる
では、会社を成長させるとは、具体的に何を意味するのでしょうか。
経営者の中には、「会社を成長させる」と言われても、それが売上の拡大を意味するのか、利益の拡大を意味するのか、従業員数の増加を意味するのか、あるいは資産規模の拡大を意味するのか、明確に整理できていない方も少なくありません。
成長とは、売上の拡大をいうのか?利益の拡大か?
従業員を増やすことなのか?
固定資産や減価償却資産の拡大なのか?
純資産の拡大なのか?
この問いに対する答えは、会社ごとに異なります。
なぜなら、会社がどこを目指して成長すべきかは、その経営者が会社の最終的な出口、すなわちエグジットをどこに置くかによって変わるからです。
その経営者が、会社のエグジットをどこに置くかによって、会社の成長のさせ方は異なる。
エグジットとは、「出口戦略」という意味です。
会社を、最終的にどうしたいのか。
自分は、経営者としてどのような形で会社との関係を終えるのか。
会社そのものを、どのような状態にして次の世代や次の所有者に渡すのか。
この問いを、経営戦略として考えることがエグジットです。
エグジットを設定していない会社は、最終的にどこへ向かうのかを決めていない会社です。そのため、日々の経営判断はしていても、会社の成長ベクトルが定まらず、経営が漂流してしまいます。
ここからは、エグジットの設定が、会社の成長ベクトルとどのように関係するのかについて、考えていきます。
多くの戦略なき経営者が陥る、「黒字廃業」という最低の選択
エグジットを考えていない会社の経営者は、最後にどうなるのでしょうか。
その典型的な結末の一つが、「黒字廃業」です。
赤字廃業や倒産は、事業継続が困難になり、資金繰りや収益力の限界によって会社を畳むことです。
これに対して、黒字廃業とは、会社は黒字であり、事業としては今後も存続できる可能性があるにもかかわらず、経営者の高齢化、健康不安、後継者不在、気力の低下などによって、事業を続けられなくなり、やむを得ず廃業することをいいます。
現在の日本では、中小企業経営者の高齢化と後継者不足が深刻な課題となっています。会社そのものには価値があり、顧客も従業員も技術も残っているにもかかわらず、承継先がないために会社を閉じざるを得ないケースが増えています。
この黒字廃業をすると、税務上・資産承継上、経営者にとって大きな問題が発生する可能性があります。
まず、長年黒字を続けてきた会社には、利益剰余金が蓄積されています。これは、会社が利益を上げ、その利益に対して法人税等を支払った後に、会社内部に残してきた資金です。
しかし、会社を廃業し、清算する場合、会社という器を閉じることになります。会社に残った財産は、最終的に株主であるオーナー経営者に分配されます。
このとき、分配の内容や会社の資本構成によって、みなし配当や譲渡所得などの課税問題が発生します。長年利益を蓄積してきた会社ほど、清算時に大きな税負担が発生する可能性があります。
さらに、その後、オーナー経営者に相続が発生すれば、相続税の問題も生じます。
つまり、黒字廃業は、単に会社を閉じるという話ではありません。
生涯をかけて育ててきた会社の利益、顧客基盤、従業員、信用、技術、ノウハウが、次の成長に活かされることなく消滅し、さらに税負担によって経営者個人に残る資産も大きく毀損する可能性があるのです。
エグジットを考えていない経営者の最後は、生涯をかけて創ってきた会社の価値を、十分に活かせないまま失う結果になりかねない。
この結果を避けるために、経営者は、会社が元気なうちからエグジットを考えておく必要があります。
IPO 理想ではあるが、その壁は、どんどん高くなっている目標
エグジットの選択肢の中で、最も高度なものの一つが、株式上場、すなわちIPOです。
株式を上場すると、会社の株式は市場で取引され、創業者だけのものではなくなります。上場会社は、多くの株主、投資家、取引先、従業員、社会全体に対して説明責任を負う存在になります。
仮に創業者が代表取締役として経営を続ける場合であっても、上場後の会社は、もはや創業者個人の所有物ではありません。会社は社会的な公器としての性格を強めます。
その意味で、IPOは、オーナー経営者にとって、会社を自分の手元から社会に開いていくエグジットの一つと位置付けられます。
会社法の理念から見ても、会社が継続企業、すなわちゴーイングコンサーンとして成長し、社会の中で存続していくことは、会社経営の一つの理想形です。
実際、日本では、2000年代から2010年代にかけて、ベンチャー企業や成長企業がIPOを目指す動きが広がりました。
しかし、2020年代に入り、東京証券取引所の市場区分は大きく見直されました。プライム市場、スタンダード市場、グロース市場という新たな市場区分のもとで、上場会社には、より厳格な上場維持基準や市場からの評価が求められるようになっています。
その結果、IPOは、以前よりも高い経営管理体制、収益性、成長性、ガバナンス、コンプライアンスを求められる目標になっています。
また、スタンダード市場やグロース市場に上場したとしても、株式の流動性や資金調達力が十分に高まるとは限りません。上場後も市場から評価され続ける会社でなければ、IPOの本来のメリットを十分に享受することは難しくなっています。
中小企業がIPOをエグジットの選択肢にする場合、その難易度は高く、目指すためには相応の準備と成長投資が必要です。
それでもIPOを目指すという高い目標を持つ経営者は、会社をIPOに耐えられる水準まで引き上げることを、成長の目標に据える必要があります。
営業における売上高の強化・向上は、当然です。そして、財務における収益性や、高い流動比率の維持、生産性の向上、人事労務のコンプライアンス管理など、財務や税務・コンプライアンスに配慮した総合的に優れた会社を、IPOでは目指す必要があります。
金融機関や投資ファンドから資金を積極的に調達し、高い成長率を目指して、エクセレントな会社を創ることが、成長のベクトルになります。
事業承継 誰に承継するかは、経営者が決められない
では、IPOが現実的ではない会社の場合、従来の日本企業で多く見られた、事業承継というエグジットはどうでしょうか。
まず、自分の子供や親族に、会社をマネジメントしていく能力と意思がある場合には、その後継者を育て、時間をかけて会社を承継していくという選択肢があります。
大学卒業後に外部の会社で経験を積ませ、その後、自社に入社させ、幹部として育て、最終的に代表者として事業を承継していく。
この形を実現できる会社にとっては、親族内承継は、非常に安定したエグジットの一つです。
私自身も、創業者である経営者の方から、息子さんや娘さんが入社した後、継続的に経営を指導してほしいというご相談をいただき、後継者の顧問として支援に入るケースが少なくありません。
しかし、親族内承継は、外から見るほど簡単ではありません。
子供や親族への事業承継 簡単にみえて、これが出来れば苦労しない
子供や親族への事業承継を目指す経営者にとって、重要な経営方針の一つが、過度な借入金に依存しない経営です。
日本の中小企業金融では、金融機関からの借入に、経営者個人の保証が求められることが少なくありません。現在は、経営者保証に依存しない融資慣行を広げる方向で制度整備が進められていますが、実務上、すべての中小企業が無保証で融資を受けられるわけではありません。
金融機関は、企業の財務内容、返済能力、担保力、事業の安定性、将来性などを総合的に審査します。その結果、十分な信用力や担保力がない場合には、経営者保証を求められることがあります。
この経営者保証が、子供や親族への事業承継において、大きな障害になります。
後継者は、親の会社を継ぐことには前向きであっても、親の代でつくった借入金の連帯保証まで引き受けることには、強い抵抗を感じる場合があります。
その結果、会社を継ぐ意思があった子供や親族が、最終的に承継を断念するケースも少なくありません。
ですから、子供や親族に事業承継をする企業の場合、過度な借入に依存しない経営を行うことが、重要な経営指針になります。
しかし、無借金経営や低借入経営は、言葉でいうほど簡単ではありません。
従業員の給与をはじめとする固定費を、常に粗利益が安定的に上回る会社でなければ、運転資金を金融機関から借り入れずに経営することはできません。
そのため、子供や親族に会社を継がせる経営は、長期的な財務体質の改善と、後継者教育の両方が必要になる、非常に難易度の高いエグジットなのです。
部下に承継するなら、株式価格の戦略が必須
子供や親族に後継者がいない場合、自分と一緒に会社を支えてきてくれた役員や幹部社員に事業を継がせたいと考える経営者も少なくありません。
しかし、結論からいえば、部下への事業承継は、子供への承継以上に難しい問題を含んでいます。
借入金に経営者保証が付いている場合、その保証を誰が引き受けるのかという問題は、部下への承継でも同じように発生します。
さらに、部下への承継では、株式をどのように承継するかという難問が加わります。
子供への承継であれば、相続や贈与、事業承継税制などを含めて、一定の設計が可能な場合があります。
しかし、他人である役員や社員に株式を承継する場合、無償で株式を渡せば贈与税の問題が生じます。有償で譲渡する場合には、後継者が株式を買い取るための資金を準備しなければなりません。
ストックオプションを利用する方法も考えられますが、非上場会社の場合、株式の流動性が低く、取得した株式を市場で売却して利益を得ることが難しいという問題があります。IPO直前の会社であれば、ストックオプションは後継者や役員に大きなインセンティブを与えますが、非上場のまま継続する会社では、同じ効果を期待しにくいのです。
非上場会社の株式は、会社を支配する権利としては重要ですが、すぐに現金化できる資産ではありません。
それにもかかわらず、株式取得のための資金負担や税負担が発生し、さらに借入金の連帯保証まで引き受けることになると、部下が会社を承継するハードルは非常に高くなります。
経営者が「この部下に継がせたい」と考えても、承継する側にとって合理的な条件が整っていなければ、部下への事業承継は実現しません。
承継させる側の想いだけでは、部下への事業承継は成立しないのです。
M&Aという最終選択
以上の通り、企業のエグジットにおいて、戦略なき最終形である黒字廃業は、大きな損失を生む可能性があります。
一方で、IPOは極めて高い目標であり、子供や親族への事業承継も、部下への承継も、それぞれ大きな課題を抱えています。
そこで、現実的なエグジット策として重要になるのが、事業承継型M&Aです。
会社を第三者に譲渡し、買い手企業のもとで事業を継続させる方法です。
親族内承継の選択肢がない企業にとって、M&Aは、現時点で最も現実的かつ合理的なエグジットの一つといえます。
M&Aの場合、会社に残っている借入金や事業上の契約関係は、買い手企業が承継する会社の中に残ります。従業員の雇用を維持できる可能性も高まり、取引先や顧客との関係も継続しやすくなります。
オーナー経営者にとっては、それまで積み上げてきた利益剰余金、顧客基盤、事業ノウハウ、組織力、将来の収益力を、株式価値として評価してもらうことができます。
会社を単に廃業するのではなく、会社の価値を第三者に承継し、その対価として株式譲渡代金を受け取ることができるのです。
また、株式譲渡による所得は、給与所得のような総合課税ではなく、原則として申告分離課税の対象となります。そのため、税務上も、廃業・清算とは異なる設計が可能になります。
もちろん、M&Aは、単に会社を売ればよいというものではありません。
買い手企業から評価される会社にしておく必要があります。財務内容を整える。粗利益率を改善する。属人的な営業を仕組みに変える。経営者がいなくても回る組織をつくる。契約書、労務、会計、税務、許認可、知的財産などの管理を整える。
このような準備を進めておくことで、会社は、M&Aにおいて高く評価される可能性が高まります。
つまり、M&Aをエグジットに置く場合の成長とは、単に売上を大きくすることではありません。
買い手企業から見て、承継したいと思われる会社に磨き上げること。
これが、M&Aを出口に置いた会社の成長戦略になります。
終わり方を目指して、会社を成長させるという発想が、経営者の幸せを呼ぶ
ここまで、エグジットの設定によって、会社の成長ベクトルが変わるということを見てきました。
逆にいえば、エグジットをどうするかという問いは、経営者自身にとって、次の問いと同じ線上にあります。
なぜ、自分は会社を起業したのか。
この会社を、最終的にどのような姿にしたいのか。
自分は、経営者として、どのような形で会社との関係を終えたいのか。
従業員、顧客、取引先、家族に、どのような会社を残したいのか。
いまの生活の糧を得るためだけに会社を経営していると、会社はいつまでも同じ領域を回り続けることになります。
その間にも、外部環境は変化します。競合は強くなります。人材採用は難しくなります。原材料費や人件費は上昇します。金融機関の姿勢も変わります。AIやDXによって、業界構造そのものが変わることもあります。
経営者が会社の未来を決めなければ、会社は外部環境に流されていきます。
自分は何故、あえて会社を創ったのか?
自分の会社を、最終的にどのようなカタチにもっていきたいのか?
そのエグジットに応じた成長を、どう遂げてゆくのか?
この問いを立てることで、会社の成長ベクトルは明確になります。
会社を維持するためにも、成長は必要です。
そして、成長の方向性は、経営者が選ぶエグジットによって決まります。
IPOを目指すのか。
子供や親族に事業承継するのか。
幹部社員に承継するのか。
第三者へのM&Aによって、会社の未来を次の経営者に託すのか。
どの道を選ぶにしても、重要なのは、経営者が元気なうちに、会社の出口戦略を考え、その出口から逆算して会社を成長させることです。
松本尚典の中小企業経営者支援コンサルティングでは、会社の現状分析、成長戦略、財務改善、後継者育成、事業承継、M&A準備まで、経営者の出口戦略から逆算した支援を行っています。
また、URVグローバルグループの「成長企業M&Aアドバイザリー」では、単なる会社売却ではなく、成長企業として企業価値を高めたうえで、より良い承継先・資本提携先・M&Aの可能性を検討する支援を行っています。
会社をただ維持するのではなく、将来のエグジットから逆算して、いま何を整えるべきか。
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