インド進出の可能性とリスク|現地で合弁事業を行う経営者が語るインドビジネスの現実

松本尚典

松本尚典

テーマ:インド ビジネス 難しい


僕のインド事業の現状


今、インドは、海外市場での成長を目指す日本企業にとって、最も注目すべき市場の一つではないでしょうか。

インドでモディ政権が発足した後、僕は、インドの現地資本との合弁会社に投資し、現地で事業を構築してきました。この合弁会社では、僕が持つ海外販路への輸出を目的として、植物工場を活用した野菜の生産事業を展開しています。

日本製の植物工場システムを導入し、安定した販路に向けて輸出を行うとともに、生産効率の高い方式によって、完全無農薬で野菜を生産しています。生産拠点としてインドを選定し、現地の経営者と合弁会社を設立して、事業を運営してきました。

現在、その工場は2か所にまで拡大しています。

このように、僕は、インドで実際に事業を展開してきたため、インドを継続的に訪問し、現地の経営者や専門家と接しながら、事業環境に関する情報収集を重ねてきました。

このコラムでは、そうした実務経験を基礎として、インド市場の可能性や優位性だけでなく、日本企業がインド進出を検討する際に把握しておくべき課題、リスク、参入障壁についてもお伝えしたいと思います。

短期間の旅行や企業視察だけでは見えにくい、インドで現地企業と合弁事業を運営してきたからこそ実感できる、インドビジネスの現実についても書いて参ります。

ハイデラバードやバンガロールの街並みをみて、インドを理解するのは、大間違い


インド経済の成長に伴い、日本企業によるインドへの視察や市場調査も増えています。

その注目は、南部の主要都市に集まっており、特に、ハイデラバードやバンガロールは、IT産業やスタートアップ企業が集積する都市として高い関心を集めています。URVグローバルグループも、インドにおける現地オフィスをバンガロールに置いています。

URVグローバルグループ グローバルネットワーク
https://urv-group.com/company/global_network/


これらの都市を訪れると、それまで抱いていたインドという国への印象が、大きく変わるかもしれません。

特にバンガロールでは、グローバル企業の研究開発拠点、高度なIT人材、国際的なスタートアップ企業が集積し、そのビジネス環境は、世界の主要なテクノロジー都市と比較しても遜色のない水準に達しています。

しかし、バンガロールやハイデラバードの中心部だけをみて、インド市場全体を理解したと考えることは、非常に危険です。

インドは、一つの均質な市場ではありません。

州ごとに、言語、宗教、文化、所得水準、商習慣、行政制度、労働市場、産業構造が大きく異なります。都市部と農村部、富裕層と低所得層、英語を使う高度人材と地域言語を中心に生活する人々との間にも、大きな違いがあります。

インドは、限りない可能性を秘めた国です。URVグローバルグループも、インドにおける事業展開に加え、日本企業のインド進出支援や、インド企業の日本進出支援に力を入れています。

一方で、インドには、地域ごとに複雑な社会構造や商慣習が残り、許認可、税務、労務、契約、代金回収、現地パートナーとの関係構築など、日本企業が慎重に対応すべき事業リスクも存在します。

成長率の高さだけに目を奪われ、インドを一括りにして参入すれば、想定外のコストやトラブルを抱える可能性があります。

このコラムでは、インドに現実に進出し、現地企業との合弁事業を行ってきた僕が、その可能性だけでなく、参入時に直面するリスクや難しさについても、実務的な視点からお伝えします。

インドの可能性を見据える


インドは、既に世界有数の経済規模を持つ国へと成長し、今後も世界経済における存在感を高めていくことが予想されています。

人口規模、若い労働力、拡大する中間所得層、デジタル化、製造業振興、都市化、インフラ投資といった複数の成長要因を持ち、世界中の企業がインド市場への参入機会をうかがっています。

ただし、インド市場の成長性は、そのまま進出企業の成功を保証するものではありません。

巨大な市場の中から、自社が競争優位性を持てる地域、顧客層、事業領域を見極め、適切な進出方法を選択する必要があります。

そのインドの可能性を、主な項目別にみてゆきましょう。

インドのマクロの成長性


人口規模が大きく、若年層と生産年齢人口を豊富に抱え、経済成長を続けるインドは、将来の市場拡大という観点から、極めて重要な国であることは間違いありません。

巨大な国内需要を背景として、ITサービス、金融、通信、製造業、物流、小売、医療、食品、エネルギーなど、多様な産業に成長機会が生まれています。

モディ政権は、高額紙幣の廃止、物品・サービス税の導入、デジタル決済の普及、製造業振興、インフラ整備など、時に社会へ大きな影響を及ぼす改革を進めてきました。

こうした政策には評価が分かれる面もありますが、インド経済の形式化、デジタル化、国内市場の一体化を進める重要な契機となりました。

各州政府も、外国企業や日系企業の誘致に積極的です。ただし、インドでは州ごとに産業政策、優遇制度、行政対応、インフラ、人材の質が異なります。

したがって、日本企業がインド進出を検討する場合には、「インドへ進出する」という大きな判断だけでなく、「どの州の、どの都市に、どの事業モデルで進出するか」という具体的な選択が、事業の成否を左右します。

インドと中国の間には、国境問題などを背景とする政治的な緊張関係があります。その一方で、インド市場では、欧米企業、日系企業、韓国企業、インドの財閥企業などが激しい競争を繰り広げています。

日本企業であることだけを理由に有利になるわけではありませんが、日本企業が持つ品質管理、生産技術、食品安全、環境技術、物流管理、サービス品質などは、インド市場において大きな競争力となる可能性があります。

英語と、IT産業


インドでは、高学歴層、専門職、経営者、行政機関、グローバル企業のビジネスパーソンを中心に、英語が広く使用されています。

ただし、インドを「英語だけで事業ができる国」と理解するのは適切ではありません。

インドは、極めて多様な言語を持つ国です。連邦政府ではヒンディー語と英語が用いられ、憲法では22の指定言語が定められています。さらに、それぞれの地域では、多様な州公用語や地域言語が日常的に使われています。

大都市の経営幹部や高度人材との商談は英語で進めることができますが、工場労働者、販売員、地域の取引先、消費者などとのコミュニケーションでは、現地の言語が必要になる場合があります。

そのため、インドで組織を運営する際には、英語による本社とのコミュニケーション能力だけでなく、地域言語で現場を統率できる管理者や、信頼できる現地人材の存在が重要になります。

インドのIT産業は、欧米企業との取引、理工系教育の充実、英語を使う高度人材の蓄積、海外留学経験者や海外勤務経験者のネットワークなどを基礎として成長してきました。

現在では、単純なシステム開発の受託拠点にとどまらず、AI、クラウド、フィンテック、サイバーセキュリティ、半導体設計、データ分析、研究開発など、高度な分野にまで事業領域を広げています。

バンガロールやハイデラバードなどには、世界的なIT企業や研究開発拠点が集積しています。しかし、優秀なIT人材に対する需要は高く、人件費や離職率も上昇しています。

「インドでは優秀なIT人材を安く大量に採用できる」という過去のイメージだけで進出計画を立てることは、既に現実的ではありません。

必要な人材の能力、採用市場、報酬水準、定着施策、情報セキュリティなどを事前に調査し、実行可能な人材戦略を構築する必要があります。

経済のエンジン役を担う財閥


インド経済を理解するうえで、財閥系企業の存在を無視することはできません。

インドでは、タタ・グループ、リライアンス・インダストリーズ、アダニ・グループ、マヒンドラ・グループ、ビルラ・グループなどの巨大企業グループが、自動車、エネルギー、通信、IT、鉄鋼、金融、小売、物流、インフラなど、広範な事業を展開しています。

なかでもタタ・グループは、インドを代表する企業集団であり、IT、自動車、鉄鋼、電力、ホテル、航空など、世界規模で事業を展開しています。

リライアンス・インダストリーズは、石油化学に加え、通信、小売、デジタルサービスなどへ事業領域を拡大しています。アダニ・グループも、港湾、空港、物流、エネルギー、インフラなどを中心に、高い存在感を示しています。

これらの企業グループは、巨大な資本力と事業基盤を背景に、インド経済の成長を牽引しています。

その一方で、日本企業にとっては、財閥系企業が有力な取引先や合弁相手になる可能性があるだけでなく、強力な競争相手となる場合もあります。

インド市場への参入では、財閥系企業、州政府、地場企業、スタートアップ企業、販売代理店など、産業ごとの勢力構造を事前に把握し、自社がどの位置で事業を展開するのかを明確にすることが重要です。

インドの課題は、現在も山積している


このように、インドが非常に高い成長可能性を持つことは間違いありません。

しかし、その一方で、インフラ、行政手続、所得格差、教育格差、衛生環境、環境汚染、ジェンダー格差、複雑な商慣習など、多くの課題が残されていることも事実です。

日本企業がインド進出を検討する場合には、将来性だけを評価するのではなく、事業を阻害するリスクについても十分に検討しなければなりません。

そして、リスクを理由にインド市場を避けるのでもなく、成長性だけをみて拙速に進出するのでもなく、自社が管理できるリスクと、管理できないリスクを見極めたうえで、段階的に事業を構築していく姿勢が必要です。

カースト制度や女性差別


インド憲法は、カーストを理由とする差別を禁止し、不可触民制を廃止しています。

一方、現実の社会生活や地域社会、人間関係、婚姻、教育、雇用などには、歴史的な社会階層の影響が残っていると指摘されています。

ただし、インド社会は地域、世代、教育、職業、所得によって大きく異なり、カーストだけですべてを説明することはできません。

僕たち外国人が、インドで個人的に接する相手に対して、
「あなたは、どこのカーストに属する方ですか?」
と尋ねることは、極めて慎重であるべきです。

まして、企業の採用面接において、応募者のカーストを質問し、採否や処遇に反映させるような行為は、決して行ってはなりません。

日本企業がインドで事業を展開する場合には、出身地域、宗教、カースト、性別などに関する先入観を持ち込まず、能力、経験、職務適性に基づいた公正な採用と人事評価を徹底する必要があります。

また、インドには、女性の教育、就業、管理職登用、安全確保などに関して、地域や業界による差が残っています。

しかし、「女性はインド赴任に向かない」と一律に判断することは適切ではありません。

実際に、インド国内では、多くの女性が経営者、専門職、管理職、技術者として活躍しています。日本企業から赴任する女性もいます。

重要なのは、性別を理由に機会を制限することではなく、赴任地域の治安、移動手段、住居、勤務時間、緊急連絡体制、ハラスメント対策、医療環境などを調査し、男女を問わず安全に勤務できる体制を整備することです。

地域によっては、夜間の単独行動を避ける、信頼できる運転手を確保する、住居や移動経路を慎重に選ぶなど、日本以上に厳格な安全管理が必要になります。

日本企業は、インド社会の現状を正確に理解したうえで、自社の人権方針やコンプライアンス基準を下げるのではなく、現地で実行可能な形に落とし込んでいく必要があります。

環境汚染や、不衛生な食材


インドを実際に訪れると、地域によっては、深刻な大気汚染や水質、廃棄物処理、衛生環境の問題を目の当たりにします。

特にデリー首都圏をはじめとする一部の都市では、PM2.5などによる大気汚染が深刻であり、駐在員や出張者の健康管理に影響を及ぼす可能性があります。

大気汚染の状況は、都市、地域、季節によって大きく異なります。工場や事務所の立地を決める際には、賃料や交通利便性だけでなく、大気の状態、通勤時間、医療機関へのアクセス、住環境なども確認する必要があります。

また、食品や飲料水についても、地域や流通経路によって、衛生管理の水準に差があります。

これは、「インド産の食材はすべて危険である」という意味ではありません。インドには、国際的な品質管理基準に対応した食品メーカー、農場、加工施設、ホテル、飲食店も数多く存在します。

問題は、品質や衛生管理の水準に大きなばらつきがあり、日本と同じ感覚で仕入先や飲食店を選ぶと、食中毒や感染症などのリスクが高まる可能性があることです。

食品事業を展開する企業は、原材料の産地、農薬管理、飼育環境、加工工程、保管温度、輸送方法、水質、従業員教育などを確認し、信頼できるサプライチェーンを構築しなければなりません。

駐在員や出張者についても、飲料水、生もの、加熱状態、保管環境などに注意し、必要に応じて現地の医療機関や専門家から情報を得ることが重要です。

インドの経済規模が拡大しても、環境や衛生に関する問題が自動的に解決されるわけではありません。

一方で、この課題は、日本企業にとって事業機会にもなります。

水処理、廃棄物処理、大気汚染対策、食品衛生、低温物流、品質管理、環境計測、再生可能エネルギーなど、日本企業が技術や運営ノウハウを発揮できる分野は、非常に大きいと考えられます。

インドの課題を単にリスクとしてみるのではなく、社会課題の解決と事業成長を両立できる市場として捉える視点が重要です。

僕は、インド市場に、こう向き合う


以上、インドは、非常に大きな成長可能性を持つ一方で、多くの課題と複雑性を抱える国であることをみてきました。

だからこそ、インドビジネスには、大きな魅力があります。

市場が巨大で成長していても、簡単には参入できない国だからこそ、現地の事情を理解し、長期的な視点で事業基盤を構築した企業には、大きな先行者利益が生まれる可能性があります。

インドへの進出形態には、合弁会社だけでなく、独資による現地法人、支店、駐在員事務所、販売代理店との提携、ライセンス契約、業務提携、M&Aなど、複数の選択肢があります。

業種や規制によって利用できる方法は異なりますが、重要なのは、最初から特定の進出形態を前提にするのではなく、自社の目的、投資規模、現地で担う機能、リスク許容度に合わせて、最も適切な方法を選ぶことです。

現地企業との合弁事業では、日本企業とインド企業との間に、意思決定の速度、契約への考え方、品質基準、雇用慣行、資金管理、利益配分などの違いが生じることがあります。

その結果、現地の駐在責任者が、日本本社とインド側のパートナーとの間に立ち、難しい調整を迫られることも少なくありません。

合弁契約を締結する前に、出資比率、取締役の選任、重要事項の決議方法、追加出資、知的財産、競業避止、配当、株式譲渡、紛争解決、合弁解消時の手続などを明確にしておくことが重要です。

また、日本側が、自社の企業文化や意思決定方法を、そのままインドへ持ち込めばよいとは限りません。

現地の文化や商慣習を尊重する柔軟性を持ちながらも、品質、会計、コンプライアンス、情報管理など、譲ることのできない経営基準を明確にする必要があります。

インド進出の第一歩は、信頼できる現地パートナーを探すことだけではありません。

まず、自社がインドで何を実現したいのか、どの顧客に、どの価値を提供するのか、どこで利益を生み出すのかを明確にすることです。

そのうえで、市場調査、地域選定、競合分析、規制確認、事業計画、現地パートナーの信用調査、人材採用、資金計画、撤退条件までを、一つの経営戦略として設計する必要があります。

インド市場は、日本企業にとって、決して容易な市場ではありません。

しかし、難しい市場であることと、参入すべきではない市場であることは、まったく異なります。

現地の複雑性を理解し、適切な専門家やパートナーと連携しながら、長期的な視点で取り組むことができれば、インドは、日本企業にとって、次の成長を生み出す極めて魅力的な市場になり得ます。

URVグローバルグループでは、インドでの合弁事業運営と現地ネットワークを基礎として、インド市場への進出を検討する企業に対し、市場調査、進出戦略の策定、現地パートナー候補の調査、事業計画の作成、現地拠点の構築、進出後の経営支援まで、実務に即した海外進出支援を行っています。

インドへの進出を漠然と検討している段階でも、既に現地で課題を抱えている段階でも、まずは、自社にとってインド市場が本当に適切な市場なのかを見極めることが重要です。

インド進出を、単なる海外拠点の設置ではなく、企業の次の成長を生み出す経営戦略として検討される場合には、以下の海外進出支援事業をご参照ください。

URVグローバルグループ 海外進出支援事業
https://urv-group.com/services/global-management-consulting/


また、インド進出を含む海外事業を、既存事業の成長戦略、資金計画、組織体制、事業承継、M&Aなどと一体的に検討したい中小企業経営者の方には、経営全体を対象としたコンサルティングを行っています。

海外進出を目的にするのではなく、自社の企業価値を高めるために、海外市場をどのように活用すべきかという視点から、経営者の意思決定を支援します。

松本尚典の中小企業経営者支援コンサルティングサービス
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松本尚典(経営コンサルタント)

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