【親子問題】ひきこもりの子が「自分の部屋は自分のもの」と言って家族を入れないときは?
精神疾患のある成人した子が、近所の人や通りがかりの人にけがをさせてしまった。そのとき、同居している親が真っ先に考えるのは「親として賠償しなければならないのか」という点ではないでしょうか。結論からいえば、成人した子の行為について、親であるというだけで当然に賠償責任を負うわけではありません。ただし、親子の関わり方や事件までの経緯によっては、親自身の責任が問われる場面もあります。この記事では、法律の仕組みと裁判例の傾向を整理し、同居の親が日頃から意識しておきたいことをご説明します。
この記事は、2026年10月時点の民法と、公表されている裁判例をもとに書いています。親の責任の有無は個別の事情によって判断が分かれるため、具体的な事案については弁護士にご相談ください。
成人した子の行為の賠償責任は、まず子本人が負う
他人にけがをさせた場合の損害賠償は、原則として、けがをさせた本人が負います(民法709条)。成人した子であれば、治療費や慰謝料などを支払う立場にあるのは、まず子本人です。
例外となるのが、精神上の障害によって自分の行為の責任を判断する能力を欠いた状態で損害を与えた場合です。この場合、本人は賠償責任を負わないとされています(民法713条)。もっとも、飲酒や薬物の使用などによって、本人が故意または過失で一時的にその状態を招いたときは、責任を免れません。
ここで注意したいのは、精神疾患があることと、責任能力がないことは同じではないという点です。統合失調症やうつ病などの診断があっても、行為の当時にある程度の判断能力が残っていれば、本人の責任は認められます。実際に、統合失調症の症状がある中での行為について、本人の責任を認めた裁判例もあります。刑事手続で「心神喪失」や「心神耗弱」とされたかどうかも参考にはなりますが、民事の賠償責任は別に判断されます。
「親だから」というだけで賠償責任を負うわけではない
本人に責任能力がない場合、民法714条1項は、その人を「監督する法定の義務を負う者」が代わりに賠償責任を負うと定めています。未成年の子であれば、親権者である親がこれに当たるのが通常です。
一方、成人した子には親権が及ばないため、親は当然には「法定の監督義務者」になりません。かつては精神保健福祉法の「保護者」制度に精神障害者の自傷他害を防ぐ監督義務が定められていましたが、この義務は1999年の法改正で削除され、保護者制度そのものも2013年の法改正で廃止されました。
最高裁判所は、認知症の男性が線路に立ち入って列車と衝突した事故について、精神障害のある人と同居する配偶者であるというだけでは、法定の監督義務者に当たらないと判断しました(最高裁平成28年3月1日判決)。この考え方からすると、同居している親であることだけを理由に、成人した子の行為の責任を負わされることにはならないと考えられます。
なお、子に成年後見人が選ばれている場合も、後見人であることだけで直ちに法定の監督義務者になるわけではないとされています。
それでも親の責任が問題になる2つの場面
監督義務を引き受けたとみるべき事情がある場合
最高裁は同じ判決の中で、法定の監督義務者に当たらない人でも、日常の関わりの実情から、単なる事実上の監督を超えて監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情があるときは、法定の監督義務者に準ずる者として民法714条の責任を問えるとしました。その判断にあたっては、次のような事情を総合的に考慮するとされています。
- その人自身の年齢や生活状況、心身の状況。
- 本人との親族関係の濃淡や同居の有無、日常的な接触の程度。
- 本人の財産管理への関与の状況。
- 本人の心身の状況や、日常生活での問題行動の有無と内容。
- これらに対応して行われている監護や介護の実態。
この最高裁の事案では、同居していた妻は高齢で自身も介護を要する状態であったこと、長男は20年以上別居していたことなどから、いずれも責任は否定されています。
子に責任能力があり、親の対応に落ち度があった場合
子本人に責任能力がある場合でも、親自身に注意義務違反があり、それと被害との間に因果関係が認められれば、親が自分の不法行為として責任を負う余地があります(民法709条)。責任能力のある未成年者について、親の監督義務違反を理由とする責任を認めた最高裁判決(最高裁昭和49年3月22日判決)の考え方を、成人の精神障害者の事案に当てはめた裁判例があります。
大阪地裁令和4年10月25日判決は、統合失調症のある成人の子が近隣の住宅に侵入して住人を殺傷した事件で、同居の母親の責任を認めました。判決は、同居の親が当然に監督義務を負うわけではないとしつつも、病院から訪問看護などの支援を繰り返し提案されながら母親がこれを断っていたこと、子が通院や服薬をやめ、刃物類を自室に置くなど病状の悪化がうかがわれる状況を母親が認識していたのに、病院へ相談しなかったことなどを重く見ています。
裁判例から見える分かれ目
成人した子が他人に危害を加えた事案で、同居の親の責任が争われた裁判例を比べると、判断を分けた事情が見えてきます。
| 事情 | 責任が否定された例(福岡高裁令和2年5月27日判決) | 責任が認められた例(大阪地裁令和4年10月25日判決) |
|---|---|---|
| 親の年齢・体力 | 両親は70代で、子から繰り返し暴力を受けていた | 母親は40代で、自営業を続けられる健康状態だった |
| 第三者への危険 | 暴力は主に両親に向けられ、事件直前に第三者への具体的な危険はうかがわれなかった | 通院中断後に病状が悪化し、刃物類を自室に置くなど危険が切迫していた |
| 専門家との関わり | 入院の多くは両親が病院や警察に援助を求めたことがきっかけだった | 病院からの訪問看護などの提案を断り、通院中断にも対応しなかった |
これらの裁判例を検討した研究では、同居の家族に過度な負担を課さないよう配慮する傾向があり、家族の責任が認められるハードルは相当高いと分析されています。一方で、第三者に危害が及ぶおそれが差し迫っていることを親が認識できたのに、医療や支援の関与を退けたまま何もしなかったと評価されると、親の責任が認められることがあります。いずれも下級審の判断であり、事情が少し違えば結論も変わり得る点には注意が必要です。
同居の親が日頃から意識しておきたいこと
裁判例が重視しているのは、親が子を家の中で抑え込んでいたかどうかではなく、医療や支援の専門家とつながり、必要なときに相談できる状態を保っていたかという点です。これは賠償責任の問題に限らず、子の病状を安定させ、家族の安全を守るうえでも大切な視点です。
- 子の治療や生活を家族だけで抱え込まず、主治医や保健所、精神保健福祉センターなどの相談先を持っておくこと。
- 病院から訪問看護や福祉サービスの利用を提案されたら、すぐに断らず、費用や不安な点も含めて相談すること。
- 通院や服薬の中断、刃物の持ち出し、近所の人への強い被害感情など、普段と違う変化に気づいたら早めに主治医へ伝えること。
- 相談した日時や伝えた内容、医療機関からの助言を簡単に記録しておくこと。
- 加入している個人賠償責任保険の内容と、補償の対象となる家族の範囲を確認しておくこと。
個人賠償責任保険の中には、責任能力のない人の監督義務者などを補償の対象に含める契約もあります。補償の範囲は保険会社や契約によって異なるため、約款や保険会社の窓口で確かめておくと安心です。
病状の見極めや医療へのつなぎ方は、【親子問題】ひきこもりと精神疾患の切り分け|医療につなぐ判断でも取り上げています。
子が他人にけがをさせてしまった後に親が気をつけること
被害に遭った方へのお見舞いや謝罪の気持ちを伝えることは、もちろん大切です。ただし、その場で「親がすべて支払います」と約束すると、法律上の義務がなかった場合でも、その約束自体が支払いの根拠になるおそれがあります。金額や支払う名目を決める前に、親に責任が生じるのかどうかを整理しておくことをおすすめします。
子が逮捕された場合は刑事手続が進みます。行為の当時に心神喪失の状態であったとされた場合には、刑事責任は問われなくても、医療観察法に基づく手続や措置入院など、医療の側の手続に移ることがあります。退院後の生活をどう支えるかも、親にとって大きな課題になります。
被害に遭った方との話し合いや示談の進め方については、【親子問題】示談金を親が払うべきか|払う場合の条件と【親子問題】被害者側への対応を親が担う場面の注意点で詳しくご説明しています。
よくあるご質問
子が別居している場合も、親は責任を問われますか
これまでの裁判例を見る限り、日常的に同居していない親が、成人した子の行為について監督義務者に準ずる者とされた例は見当たりません。最高裁の事案でも、20年以上別居していた長男の責任は否定されています。ただし、生活費や住まいの管理に深く関わっている場合など、事情によって判断が分かれる余地はあります。
子が未成年の場合は、考え方が変わりますか
未成年の子の場合、親は親権者として法定の監督義務者に当たるのが通常です。子に責任能力がなければ、親は監督義務を怠らなかったことなどを示さない限り、民法714条の責任を負います。子に責任能力がある場合でも、親の監督義務違反と被害との間に因果関係があれば、親自身の責任が問われることがあります。
被害者から親宛てに請求の書面が届いたら、どうすればよいですか
請求の相手が親になっていても、親に支払義務があるとは限りません。書面の内容を確認し、すぐに支払いや署名に応じる前に、親に責任が生じる事情があるのか、子本人の責任はどうなるのかを整理することが大切です。保険が使えるかどうかもあわせて確認しましょう。
関連する解説記事
- 【親子問題】子が近所の人とトラブルを起こした|成人した子の賠償と親の責任
- 【親子問題】成人した子の刑事事件で親ができること・できないこと
- 【親子問題】子が措置入院になった|退院後の受け入れをどうするか
- 【親子問題】医療保護入院の同意を求められた|家族が同意することの意味
ご相談について
精神疾患のある子の行為をめぐる親の責任は、同居の有無や子の病状、医療との関わり方などによって判断が大きく変わります。被害に遭った方への対応に迷っている段階でも、日頃の関わり方に不安がある段階でも、まずは状況を整理するところからお手伝いします。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


