「独身だと思っていた」場合は慰謝料を払わなくてよい?故意・過失の判断
この記事は、2020年4月に施行された改正民法を前提に、交際相手に貸したお金を銀行振込の記録で示せるかについて、一般的な考え方を整理したものです。実際の見通しは、金額や交際の経緯、手元に残っている記録によって変わります。
交際中に、相手から頼まれて何度かお金を振り込んだ。借用書は作っておらず、手元にあるのは通帳やネットバンキングの振込履歴だけ。別れた後に返してほしいと伝えたところ、「あれはもらったものだと思っていた」と言われてしまった――。男女トラブルのご相談の中でも、こうした形はよく見られます。
先にお伝えすると、銀行振込の記録は大切な証拠になります。ただし、振込記録がはっきり示しているのは「お金が相手に渡ったこと」までで、「返してもらう約束があったこと」までは、記録だけでは読み取りにくい場合があります。交際という関係の中での振込は、贈り物や生活費の負担と受け取られる余地があるためです。
この記事では、振込記録がどこまでの証明に役立つのか、ほかにどのような記録を組み合わせるとよいのか、これから補えることは何かを順に見ていきます。
振込記録が示せること
銀行振込の記録には、振り込んだ日付、金額、振込先の口座名義が残ります。手渡しと違い、金融機関という第三者が作成した記録ですから、「いつ・いくら・誰の口座へ」お金が移ったかを客観的に示すことができます。相手が「そもそも受け取っていない」と言うことは難しくなるでしょう。
また、同じ相手への振込が何度も続いている場合は、回数や合計額を一覧にして示すこともできます。どの時期に、どのくらいの頻度でお金が渡っていたかという流れは、後で説明する「貸したのか、あげたのか」の判断にも関わってきます。
振込記録だけでは足りないことがある理由
お金を貸したとして返還を求めるには、法律上、貸した側が次の2つの事実を示す必要があるとされています(民法587条)。
- 相手にお金を渡したこと(金銭の交付)。
- そのお金を返すという約束が相手との間にあったこと(返還の合意)。
振込記録は1つ目を示す有力な材料ですが、2つ目については直接には語ってくれません。交際中のお金のやり取りでは、相手から次のような言い分が出てくることがあります。
| 相手の言い分 | 主張の中身 |
|---|---|
| もらったもの | 好意で渡されたお金で、返す約束はなかった |
| デート代・生活費の負担 | 二人のために使うお金や、同棲中の生活費の分担だった |
| 立て替えの精算 | 以前に自分が払った分を返してもらっただけだった |
| 頼んでいない | 相手が自分から振り込んだもので、借りる話はしていない |
裁判所は、こうした言い分も踏まえ、金額、交際の経緯、振込の前後のやり取りなどを総合して判断するとされています。交際相手という近い関係では、面識のない人への振込と比べて「贈与だったのではないか」という見方が入りやすい点に注意が必要です。贈与と貸付の違いについては、別れた途端「これまでの金を返せ」と言われた|贈与と貸付の違いでも取り上げています。
振込記録の意味合いを左右する事情
振込記録しかない場合でも、振込の状況によって、貸付と見られやすくなることもあれば、贈与や生活費の負担と見られやすくなることもあります。主な事情を整理すると次のとおりです。
| 事情 | 貸付と見られやすい方向 | 贈与・負担と見られやすい方向 |
|---|---|---|
| 金額 | 日常の出費を超える、まとまった額 | 食事代や日用品程度の少額 |
| 振込のきっかけ | 相手の借金返済や滞納した家賃など、相手側の具体的な必要があった | 誕生日や記念日など、贈り物の機会と重なる |
| 振込までの経緯 | 相手から「貸してほしい」と頼まれた | 自分から申し出て渡した |
| 相手からの入金 | 一部でも返済として振り込まれた記録がある | 相手からの入金がまったくない |
| 振込名義欄の記載 | 「カシ」など、貸付を示すメモを入れていた | 特に記載がない |
| 二人の家計 | それぞれ別の財布で生活していた | 同棲して家計を一つにしていた |
中でも、相手から一部でも返済として振り込まれた記録は、意味の大きい材料になりえます。返す約束がなければ、返済の入金は生じにくいと考えられるためです。振込の履歴だけでなく、自分の口座への入金履歴もあわせて確認しておきましょう。
なお、振込名義欄のメモは振り込む側が自由に入力できるものですので、それだけで返還の合意が示せるわけではありません。ほかの記録と合わせて評価される一つの事情、と受け止めておくのが穏当です。
振込記録と組み合わせたい記録
振込記録で足りない部分を補うのは、返す約束があったことをうかがわせる記録です。手元に次のようなものが残っていないか、確かめてみてください。
- 相手から「貸してほしい」「必ず返す」と頼まれたLINEやメールのやり取り。
- 「来月には返す」「少しずつ返す」など、返済について相手が触れたメッセージ。
- こちらが返済を求めたのに対し、相手が金額を否定せずに返事をしているやり取り。
- 返済について話した通話や話し合いの録音。
- 貸した日や金額、理由を当時書き留めた手帳やメモ。
- お金の貸し借りを知っている友人や家族の話。
メッセージは、振込の日付と照らし合わせられる形で残っていると、どの振込についてのやり取りなのかが分かりやすくなります。画面のスクリーンショットだけでなく、トーク履歴の保存機能を使うなど、日時と相手が分かる形で保存しておくことをおすすめします。記録の残し方は、男女トラブルの証拠の集め方|LINE・録音・写真を法的に有効にするで詳しく説明しています。
記録が十分にそろっていない場合でも、それだけで請求をあきらめる必要があるとは限りません。どの記録をどう組み合わせるかによって、見通しが変わることもあります。
振込記録を手元にそろえる
まずは、振込の全体像を把握するところから始めます。紙の通帳であれば記帳を済ませ、ネットバンキングであれば取引明細をダウンロードして保存しておきましょう。ネットバンキングの画面でさかのぼれる期間には上限があることが多いため、早めに保存しておくと安心です。
通帳をなくしてしまった、古い取引が画面に出てこないといった場合は、金融機関の窓口で取引履歴(取引明細)の発行を依頼できることがあります。発行できる期間や手数料は金融機関ごとに異なりますので、事前に問い合わせてみてください。ATMで受け取った振込の控えや、アプリの利用明細が残っていれば、それも保管しておきます。
そろえた記録をもとに、次の項目で一覧表を作っておくと、後の話し合いや手続で役に立ちます。
- 振込日と金額。
- 振込先の口座名義。
- 振込の理由として相手から聞いていた内容。
- その振込に対応するメッセージの有無。
- 相手から返済の入金があった日と金額。
これから補える記録と、避けたい動き方
相手に金額を確認してもらう
相手とまだ連絡が取れる場合は、借りた金額と返済の予定を書面にしてもらうことを検討します。相手の署名がある債務承認書や返済の合意書があれば、返す約束があったことを示す有力な材料になります。書面にするのが難しい場合でも、「合計で〇万円をお貸ししています。返済の予定を教えてください」といった落ち着いた文面で確認し、相手が金額を認める返事をすれば、それ自体が記録になります。
相手が借りたことを認めることには、時効との関係でも意味があります。貸したお金の請求権は、原則として、権利を行使できることを知った時から5年で時効にかかるとされています(民法166条1項)。相手が借金を認めたり、一部を返済したりすると時効は更新され、そこから改めて期間が進みます(民法152条1項)。いつから数えるかは返済時期の約束の有無などによって変わるため、数年前の振込が含まれている場合は、早めに確認しておくと安心です。時効の目安は、男女トラブルの時効早見表|請求の種類別に何年で消えるかにまとめています。
避けたい動き方
返してもらえないことへの怒りや焦りから、次のような行動をとってしまうと、かえって立場が悪くなるおそれがあります。
- 相手の勤務先や家族に連絡して返済を迫ること。
- SNSや共通の知人に、相手が借金を返さないと広めること。
- 深夜を含めて何度も電話やメッセージを送ること。
- 相手の自宅の前で待ち構えること。
こうした行動は、名誉毀損やつきまといとして問題にされたり、相手に「怖くて話し合いに応じられない」という理由を与えたりすることがあります。連絡は回数を絞り、用件だけを落ち着いた文面で伝えるのが基本です。
返済を求める手順
記録を整理できたら、一般的には次の順で進めていきます。
- 手元の振込記録とメッセージを一覧にして、請求する金額と根拠を整理します。
- 相手に返済を求め、返済の方法について話し合います。
- 応じてもらえない場合は、内容証明郵便などの書面で正式に請求します。
- それでも支払われない場合は、裁判所の手続を検討します。
裁判所の手続には主に次のようなものがあり、金額や相手の反応の見込みによって選び方が変わります。
| 手続 | 主な特徴 | 振込記録が中心の場合の留意点 |
|---|---|---|
| 支払督促 | 書類の審査で進み、相手が異議を出さなければ強制執行の手続に進める | 相手が異議を出すと通常の訴訟に移り、改めて貸付を立証することになる |
| 少額訴訟 | 60万円以下の金銭の請求について、原則として1回の期日で審理する | その場で調べられる証拠に限られるため、記録が整っていることが前提になる |
| 通常訴訟 | 金額の制限がなく、主張と証拠を何回かに分けて出し合う | 相手が贈与だと争う場合は、振込の経緯や前後のやり取りをていねいに示す必要がある |
相手の住所が分からない場合でも、振込先の口座などの手がかりから、弁護士会照会などの方法で調べられることがあります。どの手続が合うかは、記録の内容や相手の態度によって異なります。借用書のない貸金の回収全般については、恋人・元恋人に貸したお金が返ってこない|借用書なしでも回収できる?もあわせてご覧ください。
よくあるご質問
一部は手渡しで渡したお金も請求できますか
手渡しの分は、振込のような客観的な記録が残らないため、メッセージやメモなどで日付と金額を示せるかが鍵になります。振込で貸した分と手渡しの分が同じ流れの中で行われていたことをうかがわせるやり取りがあれば、あわせて請求を検討できることがあります。
相手の口座ではなく、相手の家賃やカード代を直接振り込んでいた場合はどうなりますか
振込先が相手本人の口座でなくても、相手の支払いを代わりに済ませたことが記録で分かれば、相手のためにお金を出したことを示す材料になります。そのうえで、貸付だったのか、立て替えだったのか、好意で負担したのかが問題になる点は、本人の口座への振込と同じです。立て替えについては、交際中に立て替えた生活費・プレゼント代は返してもらえる?でも解説しています。
振込は自分の家族の口座からしていました。請求できるのは誰ですか
お金をもともと誰が出したのか、相手と貸し借りの約束をしたのが誰なのかによって、請求する立場が変わることがあります。家族の口座を使った経緯や、そのお金の出どころもあわせて整理しておくとよいでしょう。
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振込記録しかないと感じたときに
銀行振込の記録は、お金が相手に渡ったことを示す確かな材料です。そのうえで、返す約束があったことを、メッセージや返済の入金、話し合いの記録などで補えるかが、請求の見通しを左右します。記録が少ないと感じる場合でも、振込の時期や金額、前後のやり取りを並べてみると、意味を持つ事情が見つかることがあります。手元の記録を集めたうえで、できるだけ早い段階で全体を整理しておくことをおすすめします。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
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