【親子問題】「自立」と「自律」|支援のゴールをどこに置くか
ひきこもりの状態にある子のことで市役所に相談したものの、「高齢福祉の窓口ではない」「手帳がないと障害の窓口では扱えない」といった案内が続き、結局どこにもつながらなかった。親子の問題でご相談をいただくとき、こうした経過をうかがうことは少なくありません。この「制度の狭間」を埋めるために設けられたのが、重層的支援体制整備事業です。本記事では、この事業がどのような仕組みなのか、親の立場からどう使えばよいのかを整理します。
本記事は2026年9月時点の法令および公表資料に基づく一般的な説明です。事業の実施状況や窓口の名称は市町村によって異なりますので、実際の手続ではお住まいの市町村の案内をあわせてご確認ください。
重層的支援体制整備事業とは何か
重層的支援体制整備事業(以下「重層事業」といいます)は、令和2年の社会福祉法改正で創設され、令和3年4月から始まった市町村の事業です。根拠は社会福祉法106条の4に置かれています。高齢・障害・こども・生活困窮といった分野ごとの支援体制では受け止めきれない相談を、属性や年代を問わず一体的に受け止める体制をつくることを目的としています。
ひきこもりの状態が長く続く世帯は、この「分野ごとの窓口では収まりにくい」典型にあたります。子が40代であれば高齢福祉でもこども施策でもなく、診断や手帳がなければ障害福祉の枠にも入らず、親に年金や資産があれば生活困窮の枠からも外れることがあります。重層事業は、こうした世帯をまずどの窓口でも受け止めたうえで、関係する機関が役割を分担する形をつくろうとするものです。
六つの事業を一体で行う
社会福祉法106条の4第2項は、重層事業の内容を次の六つに分けて定めています。
| 条文 | 事業の内容 | 親子の問題での使われ方 |
|---|---|---|
| 1号 | 属性を問わず相談を包括的に受け止め、情報提供や関係機関との連絡調整を行う | 最初の入口。分野を問われずに話を聞いてもらえる |
| 2号 | 活動の機会の提供や訪問による助言など、社会参加の便宜を提供する | 居場所や軽作業など、就労の前段階の場につなぐ |
| 3号 | 交流の拠点の開設など、地域の中に参加の場をつくる | 家族会など、家族側の居場所にもなりうる |
| 4号 | 孤立が長期にわたる世帯を訪問し、状況を把握したうえで継続的に関わる | 本人が窓口に出てこられない段階での訪問支援 |
| 5号 | 複数の機関が関わる世帯について、役割分担と支援の方向を整理する | 福祉・医療・就労の担当者が集まって方針を決める |
| 6号 | 支援が必要と認めた方について、支援の種類と内容を記載した計画を作成する | 誰が何を担当するかを文書の形にする |
ひきこもりの相談が結びつきやすい理由
注目していただきたいのは4号です。条文は対象を「地域社会からの孤立が長期にわたる者その他の継続的な支援を必要とする地域住民及びその世帯」と書いたうえで、「訪問により状況を把握した上で相談に応じ」と定めています。本人が窓口に出向けない状態が続いていることを前提に、行政の側から出向いて関わることが事業の一つとして位置づけられているわけです。
ひきこもりの相談でつまずきやすいのが、「本人が来てくれないと動けない」と言われる場面です。重層事業を実施している市町村であれば、その段階から関わる枠組みが用意されています。ただし訪問は本人との関係づくりのために慎重に進められるもので、申し出れば直ちに始まるものではありません。
親が相談者になれるのか
最も多くいただく質問が、「本人ではなく親が相談してよいのか」というものです。この点は条文がはっきり答えています。106条の4第2項1号は、相談の受け手を「地域生活課題を抱える地域住民及びその家族その他の関係者」と定めており、家族からの相談を正面から想定しています。本人が望まない段階で家族だけが動くことに後ろめたさを感じる方もいらっしゃいますが、まずは親の相談として持ち込んで差し支えありません。
本人の同意がない段階での情報共有
もう一つ気にされるのが、「相談した内容が本人に伝わるのか」という点です。重層事業では、二種類の会議が使い分けられています。
| 項目 | 支援会議 | 重層的支援会議 |
|---|---|---|
| 根拠 | 社会福祉法106条の6 | 法律上の規定はなく、事業の運用として開かれる |
| 本人の同意 | 要件とされていない | 同意を得たうえで行う |
| 主な目的 | 支援が届いていない世帯の情報共有と支援体制の検討 | 支援プランの共有と、その内容の検討 |
| 守秘義務 | 構成員に課されている(同条5項) | 会議自体についての規定はない |
支援会議は、令和2年の改正で新たに設けられた会議です。分野ごとの守秘義務があるために本人の同意がないと機関どうしで情報を共有しにくい、という課題を踏まえ、構成員に守秘義務を課したうえで同意前でも情報共有ができる仕組みとして整えられました。心配な点があれば、相談の冒頭で「本人には現時点で伝えないでほしい」という希望を伝え、共有の範囲を確認しておくことをおすすめします。
【親子問題】相談内容は子に伝わるのか|守秘義務と連絡の取り方では、弁護士に相談する場合の守秘義務と連絡方法を整理しています。
お住まいの市町村が実施しているとは限らない
ここが重層事業のわかりにくいところです。社会福祉法106条の3は、包括的な支援体制の整備をすべての市町村の努力義務としていますが、その手段の一つである重層事業については、106条の4が「行うことができる」と定めています。手挙げによる任意事業であり、実施するかどうかは市町村の判断にゆだねられているということです。
厚生労働省の資料によれば、令和7年度に重層事業を実施する予定の市町村は471市町村で、制度が始まった令和3年度の42市町村と比べて約10倍になりました。伸びは大きいものの、全国1,741市町村に対する実施率は27.1%にとどまります。
人口規模による差
同じ資料では、人口規模が大きい市町村ほど実施率が高い傾向も示されています。
| 市町村の人口規模 | 実施率 |
|---|---|
| 1万人未満 | 9.2% |
| 5万人以上10万人未満 | 44.3% |
| 20万人以上30万人未満 | 64.6% |
| 40万人以上50万人未満 | 94.7% |
| 全市町村(1,741市町村) | 27.1% |
この差は、市町村の姿勢というより、専門職の確保や委託先となる団体の有無といった事情によるところが大きいと考えられます。自分の市町村がどちらなのかを先に確かめておくと、遠回りを減らせます。
ひきこもりに特化した事業の実施状況
重層事業とは別に、ひきこもりに特化した事業もあります。厚生労働省の公表によれば、ひきこもり地域支援センターは平成30年4月までにすべての都道府県および指定都市(67自治体)に設置され、令和4年度からは設置主体が市町村にも拡大されました(令和7年度で47自治体)。相談支援・居場所づくり・ネットワークづくりを一体的に行うひきこもり支援ステーション事業は129自治体、八つのメニューから選んで実施するひきこもりサポート事業は164自治体です(いずれも令和7年度)。都道府県・指定都市のセンターは全国に行き渡っている一方、市町村レベルの窓口には地域差があります。
実施していない場合に当たれる窓口
重層事業を実施していない市町村でも、相談先がないわけではありません。
- 生活困窮者自立支援法に基づく自立相談支援の窓口(福祉事務所を置く自治体の必須事業で、社会福祉協議会などへの委託もあります)。
- 都道府県・指定都市のひきこもり地域支援センター。
- 医療との関わりが論点になる場合は、保健所や精神保健福祉センター。
- 親御さん自身に介護や健康の課題がある場合は、地域包括支援センター。
担当がはっきりしない段階では、市町村の福祉の総合窓口に「分野をまたぐ相談をしたい」と伝えるところから始めるのが現実的です。窓口ごとの守備範囲は、【親子問題】親子の問題はどこに相談すればよいのか|警察・行政・弁護士の役割分担で整理しています。
市町村窓口の使い方
制度があっても、伝え方によって受け止められ方は変わります。実務上、次の手順をおすすめしています。
- 市町村のウェブサイトで「重層的支援体制整備事業」「包括的な相談支援」といった語を検索し、担当課と窓口の名称を確認する。106条の5に基づく実施計画を公表している市町村もあります。
- 窓口が社会福祉協議会などに委託されている場合がある点を知っておく。106条の4第5項が委託を認め、同条6項で受託者にも守秘義務を課しています。
- 最初に伝える内容を、世帯の構成・現在困っていること・これまでの相談先の三点に絞って整理しておく。
- 一回の相談で終わらせず、継続して関わる担当者を決めてもらえないかを確認する。
- 相談した日付、担当者名、示された方針をその都度記録に残す。
相談前に整理しておく内容は、市町村の窓口でも弁護士への相談でも大きく変わりません。詳しくは【親子問題】相談の前に整理しておきたい5つの情報をご覧ください。
重層事業でできないこと
重層事業は福祉の事業であり、権利義務の争いを処理する手続ではありません。次のような場面では、別の手段を併せて考える必要があります。
- 子に家を出てもらう、同居を解消するといった、法律上の権利関係の整理を伴う対応。
- 金銭の要求や借金の肩代わりを求められた場面で、支払いを断る立場を明確にする対応。
- 暴力や器物の損壊が現に起きている場面での、その場の安全確保。
暴力が生じている場合は、福祉の相談とは別に、安全の確保と記録が先に来ます。この点は【親子問題】子から暴力を受けている|まず確保すべき安全と記録を、警察の対応が思うように進まない理由については【親子問題】「家庭の問題」と言われて警察が動かないのはなぜかをご覧ください。親御さん自身が高齢で被害を受けている場合には、高齢者虐待の枠組みで市町村が動く仕組みがあり、【親子問題】高齢の親が被害者の場合|行政が動く仕組みで説明しています。
弁護士が関わると何が変わるのかは、【親子問題】弁護士に頼むと何が変わるのか|窓口を代えるという選択で整理しています。福祉の支援と弁護士の関与は、どちらかを選ぶものではなく、担う部分が異なるものとお考えください。
よくあるご質問
重層事業を実施していない市町村では相談できないのでしょうか
相談自体はできます。実施していない市町村でも、生活困窮者自立支援法に基づく自立相談支援の窓口など既存の枠組みがあります。分野をまたぐ調整が一つの窓口で完結しにくい場合があるため、経過を記録し、必要に応じて都道府県のひきこもり地域支援センターにも当たっておくとよいでしょう。
本人に知られずに相談を始められますか
相談の入口では、家族だけで話を持ち込むことができます。ただし支援が具体的に進む段階では、本人との接点をどう作るかという問題が必ず出てきます。いつまで本人に伏せておくかは、最初の相談で担当者と話しておくべき論点です。
費用はかかりますか
市町村の相談窓口に相談すること自体に費用が生じるのが通常ではありません。その後に利用する個別のサービスは、それぞれの制度のルールに従って負担が生じる場合があります。民間の支援事業者を紹介された場合は、契約の内容と費用を書面で確認してください。
弁護士にはどの段階で相談すればよいですか
福祉の相談と同時並行で差し支えありません。暴力や金銭の要求が続いている場合、家の明渡しや生活費の負担が争点になっている場合は、早い段階で法的な整理をしておくと、福祉側の支援も組み立てやすくなります。
親と子の双方に道筋をつくるために
重層事業は、ひきこもりや8050の問題に向き合う市町村の仕組みとして、この数年で着実に広がってきました。一方で実施状況には地域差があり、福祉の事業である以上、法律上の権利関係にまで踏み込むことはできません。当事務所では、親御さんの側の代理人として法的な整理を担い、民間の自立支援カウンセラーが子の側の日常の支援を担う形で取り組みを続けてきました。公的な窓口の利用と並行して進めることも少なくありません。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


