【親子問題】相談の前に整理しておきたい5つの情報
本記事は2026年9月時点で公表されている法令・通知・統計に基づいて記載しています。制度の運用には自治体ごとの差があり、内容も見直されることがあります。実際にご判断される際は、最新の情報をあわせてご確認ください。
ひきこもりの状態が長く続いているご家庭からご相談をお受けすると、多くの親御さんが最初に同じことをおっしゃいます。働けるようになってほしい、せめて家の外に出てほしい、という願いです。
その願い自体は、決して間違ったものではありません。ただ、支援の現場では、そこを唯一のゴールに置いたことで話が前に進まなくなる場面が繰り返し起きています。国が令和7年1月に出した指針も、就労や社会参加だけをゴールにしない考え方を正面から示しました。
本記事では、「自立」と「自律」という二つの言葉の違いを手がかりに、ご家庭が支援のゴールをどこに置くと現実的なのかを整理します。あわせて、法律上の「自立」がどう定義されているかと、ゴールを考える前に片づけておくべき場面についても触れます。
「働くこと」だけをゴールに置くと何が起きるか
ひきこもりの状態にある方の支援は、長くその状態の解消と就労を目標として行われてきました。相談に来られるご家族の多くも、早く外に出てほしい、就労して自立してほしいという希望を支援機関に伝えます。
一方で、ご本人は、その状態に至るまでの経緯の中で自尊心や自己肯定感が損なわれていることが少なくありません。厚生労働省の指針は、そうした状態にある方に外に出ることや働くことを求めても、すぐには実現しにくいと指摘しています。むしろ、求められること自体が新たな傷つきになり、支援から遠ざかったり、相談したご家族との距離まで開いたりする例が見られるとされています。
よかれと思って重ねた説得や助言が、結果としてご本人の力を奪ってしまうことがあります。これは支援者向けの指針に書かれている指摘ですが、ご家庭の中でも同じことが起きます。親御さんからすれば当然の心配でも、受け取る側には評価と要求として届くためです。
もう一つの問題は、ゴールが遠いほど、親子の距離が縮みすぎることです。就労という一点だけを見ていると、日々の小さな変化が「まだ足りないもの」としてしか見えなくなり、親が管理を強め、子がそれに反発するという循環に入りやすくなります。当事務所が親子の問題で最初に物理的な距離を検討するのは、この循環を一度止める意味があるからです。
国の指針が示した「自立ではなく自律」という整理
厚生労働省は令和7年1月、「ひきこもり支援ハンドブック〜寄り添うための羅針盤〜」を作成しました。平成22年の「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」以来、約15年ぶりにまとめられた支援の基本的な考え方です。
このハンドブックは、支援が目指す姿を「自立ではなく自律」と表現しました。ここでいう自律とは、本人やそのご家族が、自分の意思で、これからの生き方や社会との関わり方を決めていけるようになることを指します。自分を肯定し、主体的に決められる状態、と言い換えられています。
注意したいのは、これが就労や社会参加を否定する考え方ではないという点です。ハンドブックは、自律に向けた具体的な取組の中に社会参加や就労も含まれるとしています。つまり、働くことはゴールから外されたのではなく、ゴールの位置から手段の位置へ移されたと理解するのが正確です。ご本人が自分で選んだ結果として就労に向かう例は少なくない、とも書かれています。
支援の対象についても整理が加えられました。従来は「6か月以上」といった期間の目安が一人歩きし、相談窓口で期間を理由に待たされる例があったことを踏まえ、ハンドブックは支援を必要とする状態にある方とご家族を対象とし、その状態にある期間は問わないとしています。相談が早すぎるということはない、という前提に立った整理です。
制度上の「自立」も、就労だけを指していない
「自立」という言葉は日常会話では経済的な自立とほぼ同義に使われますが、福祉の制度はもう少し広く捉えています。
生活保護法1条は、最低限度の生活の保障とあわせて、自立の助長を制度の目的に掲げています。この「自立」の中身について、厚生労働省は平成17年度の自立支援プログラムの基本方針で三つの側面に分けて整理し、以後の生活困窮者支援にも引き継がれています。
| 自立の側面 | 内容の目安 |
|---|---|
| 日常生活自立 | 生活リズムや健康の管理を、社会生活を送れる程度に自分で行える |
| 社会生活自立 | 他者や社会とのつながりを、支障のない範囲でゆるやかに保てる |
| 経済的自立(就労自立) | 本人の状況に応じて、経済状況を安定させられる |
この三つについて、厚生労働省の研修資料は、段階ではないと明記しています。日常生活が整ったら次は社会生活、その次は就労、という順番でクリアしていくものではない、という意味です。同時に進むこともあれば、経済的自立だけが当面見込めないまま、他の二つで生活が安定することもあります。
生活困窮者自立支援制度の理念では、この三つの自立の土台に自己決定・自己選択が置かれています。本人が自分の意思で動こうとすること、その主体性を確保することが前提にあるという整理です。ここでも、国の制度が想定する到達点は「働いている状態」そのものではないことが分かります。
ゴールは、家族の側にも必要になる
ハンドブックには、ご家族についての一文があります。家族はご本人の自律を支える役割だけを担うのではなく、家族自身も自律することが望ましい、という趣旨の記載です。
これは、ご家庭の実情に照らすと重い指摘です。ひきこもりの状態が長期化したご家庭では、親御さんの生活設計が子の状態に丸ごと結びついていることがあります。子が働き始めたら安心して老後の計画を立てる、子が落ち着いたら自分の通院を再開する、という形です。順番をこうして組んでしまうと、親御さん自身のゴールが、自分では動かせない場所に預けられたままになります。
そこで、ゴールを一本ではなく二本立てるという考え方があります。ご本人のゴールとは別に、親御さん自身のゴールを言葉にしておく、という進め方です。
- 親御さん自身の安全が確保された状態を保つこと。
- 自分の年金や資産の使い道を、自分で決められる状態に戻すこと。
- 必要な通院や介護の準備を、子の状況と切り離して進めること。
- 連絡や報告の形を決め、日常のやり取りに消耗しない状態をつくること。
この二本目のゴールは、ご本人の状態にかかわらず、今日から動かせます。そして実務上は、親御さんの生活が安定することが、結果としてご本人の側の変化につながる場面も多く見られます。
ゴールの言葉を置き換えてみる
ゴールを見直すといっても、抽象的な話にとどまると家庭では使えません。実際には、これまで使っていた言葉を具体的な状態に置き換える作業になります。
| よく使われる表現 | 置き換えた状態の例 |
|---|---|
| 自立してほしい | お金や時間の使い方を、本人が自分で決める場面が増えている |
| 働いてほしい | 生活時間と体調が整い、外部の支援者と継続して会える |
| 部屋から出てほしい | 家の中で必要なやり取りができ、生活の様子が把握できる |
| 迷惑をかけないでほしい | 金銭の出入りが見える形になり、約束した範囲に収まっている |
置き換えるときの目安をいくつか挙げます。
- 期限は切らないようにします。「今年中に」といった区切りは、達成できなかったときに双方の消耗だけが残りやすくなります。
- 他のご家庭とは比べないようにします。ご本人の背景も年齢も異なるため、比較そのものが判断を狂わせます。
- 後戻りを失敗として扱わないようにします。いったん動いたあとに止まる時期があるのは、珍しいことではありません。
- 親御さんが一人で抱え込まないようにします。ゴールの見直しは、第三者と一緒に行うほうが現実的な水準に落ち着きます。
ゴールを考える前に片づける必要がある場面
もっとも、どのご家庭でもゴールの設定から始められるわけではありません。次のような状況がある場合は、それが先になります。
一つ目は、暴力や脅しがある場合です。殴られる、物を壊される、怒鳴られて要求に応じざるを得ない、という状態が続いているのであれば、支援のゴールを話し合う前に、安全の確保と記録が先になります。親族間であっても、暴行や傷害、脅迫については刑法上の特例は及びません。詳しくは【親子問題】子から暴力を受けている|まず確保すべき安全と記録で整理しています。
二つ目は、医療につなぐ必要が疑われる場合です。背景に精神疾患があるときは、支援のゴール設定よりも先に、医療の見立てを得られるかどうかが分かれ目になります。ご本人の受診が難しい段階でも、ご家族だけで医療機関や保健所に相談できる場合があります。
三つ目は、時間の制約が明確な場合です。親御さんの年齢や資産の残り、住まいの事情から、動ける時期が限られているご家庭があります。この場合は、ゴールを理想の形で設定するより、期限までに確保すべき生活の土台を逆算するほうが現実的です。
弁護士が関わるとき、ゴールをどこに置くか
当事務所は、親子の問題について、親御さん側の代理人として関与しています。金銭の要求や暴力が続く場面では、窓口を代理人に移し、ご本人と直接やり取りをする負担をいったん切り離します。
ただし、法的な手続はゴールではありません。通知を出すこと、話し合いの場を設けること、必要に応じて住まいを分けることは、いずれもご本人とご家族が自分で決められる状態に近づくための手段です。当事務所が民間の自立支援カウンセラーとチームを組み、親御さん側は弁護士、ご本人側は日常の生活支援という形で役割を分けているのも、片方だけを孤立させると状況が動きにくいためです。
結果を保証することはできません。人が関わる問題である以上、見込みどおりに進まないこともあります。それでも、親子の物理的な距離が変わるだけで、双方の状態に変化が生まれる例は少なくありません。
親御さんが法的にどこまで関与できるのかという点は【親子問題】成人した子の問題に親が介入できる法的な範囲、費用の負担をどこまで続ける義務があるのかという点は【親子問題】親の扶養義務はどこまでか|成人した子を養う義務はあるのかで、それぞれ詳しく解説しています。当事務所の取り組み全体は【親子問題】弁護士が「親の代理人」として親子問題に介入するサービス|家庭内暴力・ひきこもりに悩むご家庭へ、自立支援カウンセラーとチームで対応をご覧ください。
よくあるご質問
就労を目指すこと自体がよくないのでしょうか
そうではありません。国の指針も、自律に向けた取組の中に就労や社会参加を含めています。問題になるのは、就労だけを唯一の到達点に置き、そこに至らない状態をすべて失敗として扱ってしまう見方です。順番としては、生活時間や体調、他者との関わりが整うことが先に来るご家庭が多いといえます。
ゴールは本人と共有しないといけませんか
共有できるのであれば、それに越したことはありません。ただ、会話が成り立ちにくい段階で無理に伝えると、要求として受け取られることがあります。その段階では、ご家族の側のゴール、つまり親御さん自身の生活や安全に関する目標を先に立てておく方法があります。
どのくらいの期間を見込めばよいですか
一律の目安はありません。ご本人の年齢、経緯、健康状態、親御さんの資力によって大きく変わります。一方で、親御さんの側には年齢や資産という時間の制約があります。期間の見通しが立たないからこそ、早い段階で状況を整理しておく意味があります。
相談の前に整理しておきたいこと
ゴールの置き方を見直す作業は、ご家庭の中だけで完結させるのが難しい場面もあります。その場合は、これまでの経緯を第三者に説明できる形にしておくと、話が早く進みます。同居の状況、金銭の流れ、暴力の有無と時期、これまでの相談歴、親御さんの資力という五点が、最初の手がかりになります。具体的な整理の仕方は【親子問題】相談の前に整理しておきたい5つの情報にまとめました。
どの窓口に何を頼めるのかが分からないという段階であれば、【親子問題】親子の問題はどこに相談すればよいのか|警察・行政・弁護士の役割分担もあわせてご確認ください。
支援のゴールをどこに置くかは、ご家庭ごとに異なります。就労という一点に絞らず、ご本人が自分で決められる場面を増やすこと、そして親御さん自身の生活を取り戻すことを、それぞれ別の目標として立て直すところから始められます。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


