【親子問題】診断書はいつ取るべきか|傷害の立証
本記事は2026年9月時点の法令に基づいて解説しています。制度や運用は改正等により変わることがありますので、実際の対応にあたっては最新の情報をご確認ください。
「息子が暴れている。今110番をしてよいのか、それとも家庭内のことだから呼ぶべきではないのか」。当事務所には、実際に手が出てしまった夜に、こうしたご相談が寄せられます。一方で、「一度呼んだが、警察官は話を聞いて帰っただけだった。もう呼んでも同じではないか」というお声も届きます。
インターネット上には「身の危険を感じたらためらわず110番を」という説明が数多くあります。それ自体は誤りではありません。ただ、受話器を取る側が本当に知りたいのは、どの程度なら呼んでよいのか、何をどう伝えれば状況が伝わるのか、そして警察官が来た後に何が起きるのか、という点ではないでしょうか。ここが曖昧なままでは、その場で判断することは難しいはずです。
本記事では、同居する子から親が暴力を受けている場面を想定し、110番と警察相談ダイヤルの使い分け、通報時に伝える情報の型、臨場した警察官が法律上とることのできる措置、そして通報の後に何が残るのかを整理します。罪名ごとの当てはめや被害届の判断は別の記事に譲り、ここでは「呼ぶかどうか」と「その場で何を伝えるか」に絞ります。
110番と#9110は役割が違う
最初に押さえておきたいのは、警察への連絡先が一つではないという点です。ここを取り違えると、急いでいるのに話が進まない、あるいは相談したいのに慌ただしく切られてしまう、ということが起こります。
110番は「すぐ来てほしい」ときの番号
警視庁は、110番について、警察官にすぐ現場に駆けつけてほしい事件や事故のときに使う緊急時のダイヤルであると説明しています。裏を返せば、今その場で起きていること、あるいは今まさに危険が差し迫っていることを伝える番号だということです。
同庁によれば、110番の受理件数は年間で約211万件にのぼり、そのうち約33万件が問合せや相談など緊急性のないものだとされています。緊急でない用件で回線がふさがれることが課題になっている一方で、身体に危険が及んでいる場面は、まさに110番が想定している場面にあたります。
緊急でない相談は#9110と警察署の窓口
犯罪や事故が今起きているわけではないけれども警察に相談したいことがある、という場合のために、警察相談ダイヤル#9110が用意されています。相談内容に応じて窓口の案内を受けることができ、最寄りの警察署でも直接相談を受け付けています。
親子の問題では、「昨夜の暴力について話を聞いてほしい」「金銭の要求が続いていて、いつか手が出そうで怖い」といったご相談がこちらにあたります。緊急の通報と日常的な相談を分けておくことで、いざ110番をしたときに状況が伝わりやすくなる、という実務上の利点もあります。
迷ったときに呼んでよいか
「この程度で呼んでよいのだろうか」と迷ううちに時間が過ぎてしまった、というお話は少なくありません。身体への危険があると感じているのであれば、通報をためらう必要はありません。事件として扱うかどうか、どのような措置をとるかを判断するのは、通報を受けた係員と現場に臨場した警察官です。通報する側が、あらかじめ罪名や事件性を見極めておかなければならないわけではありません。
もっとも、伝え方によって受け取られ方が変わるのも事実です。次の章で、その型を具体的に見ていきます。
呼ぶかどうかを分ける4つの事実
通報するかどうかを感情の強さで決めようとすると、その場では判断がつきません。判断を助けるのは、次のような客観的な事実です。
身体への危険があるか
殴る、蹴る、首を絞める、突き飛ばすといった行為があった場合、けがの有無にかかわらず暴行にあたり得ます。けががあれば傷害の問題になります。刃物や工具など凶器になり得るものが持ち出されている場合、あるいは逃げ場のない部屋に押し込められている場合は、危険の度合いが大きく変わります。
どの行為がどの罪名にあたるかについては、押した・つかんだだけで暴行罪になるのか|「有形力の行使」の範囲や家庭内で手が出た|家族間の暴行・傷害とDV法の関係もあわせてご覧ください。
今起きているのか、終わったことか
今まさに続いている、あるいはついさっき起きたばかりで相手が同じ家の中にいる、という状況は110番が想定する場面です。他方、数日前の出来事について処罰や記録を求めたいのであれば、110番ではなく警察署の窓口で相談する方が、落ち着いて話を聞いてもらえます。
繰り返されているか
一度きりの出来事と、月に何度も繰り返されている出来事とでは、警察の受け止め方も変わります。繰り返しの経過は、その日の通報だけでは伝わりません。日付と内容を書き留めた記録や、過去に相談した警察署名があれば、通報の際に短く添えるだけで状況の深刻さが伝わりやすくなります。記録の残し方は証拠の残し方|あとで警察・弁護士に通用する記録とはで詳しく扱っています。
避難できる場所があるか
通報と同時に考えたいのが、その夜をどこで過ごすかです。警察官が帰った後も同じ家に二人きりで残るのであれば、危険が完全になくなるわけではありません。近隣の親族宅やホテルなど、一時的に離れられる場所を先に思い浮かべておくことをおすすめします。
| 場面 | まず使う窓口 |
|---|---|
| 今まさに暴力を受けている、けががある、凶器が持ち出された | 110番 |
| 物が壊されていて、次に自分に向かうおそれを感じる | 110番 |
| 昨夜の出来事について相談したい、今は落ち着いている | #9110または警察署の窓口 |
| 暴力はないが金銭の要求が続いている | #9110または警察署の窓口、弁護士 |
| 65歳以上の親が子から被害を受けている | 市区町村の高齢者虐待対応窓口、地域包括支援センター(緊急時は110番と並行) |
110番で何を伝えるか
通報したものの、動揺していて事情をうまく話せなかった、というお話をよく伺います。実際には、係員の側から順番に質問がありますので、それに答えていけば必要な情報は伝わります。あらかじめ質問項目を知っておくと、落ち着いて答えられます。
係員が尋ねる5つの項目
警視庁は、110番通報の際に係員から次のようなことを質問すると案内しています。
- 何があったのか。
- 通報の何分前のことか。
- 場所はどこか。住所のほか、目標となる店舗や建物、階数など。
- 被害や目撃の状況、けが人はいるか。
- 犯人を覚えているか。性別、人数、年齢、服装や逃走方向など。
親子の場面では、最後の項目は「誰が」にあたります。氏名、年齢、続柄、今どの部屋にいるかを答えられるようにしておけば足ります。
親子の場面に置き換えた言い方
実際の通報では、たとえば次のように短く伝えれば、必要な情報はおおむね揃います。
「息子に殴られました。五分ほど前です。○○区○○町○丁目○番○号、○○マンション○階の自宅です。顔を叩かれて口の中が切れています。息子は四十二歳で、今もリビングにいます。私は寝室に入って鍵をかけています」
場所を市区町村名から伝えること、今どこにいるかと相手がどこにいるかを分けて伝えること、この二点を意識するだけで、臨場する警察官の動き方が変わります。携帯電話から通報した場合、場所の確認のために折り返しの電話が入ることがありますので、通報後も電源は入れたままにしておいてください。
伝え方で気をつけたいこと
ひとつは、事実と評価を分けて話すことです。「ずっと苦しめられてきた」という表現は気持ちとしては正確でも、係員が必要としている情報にはなりません。何をされたのかを、行為として短く伝えることが優先されます。
もうひとつは、経緯をこちらから「親子喧嘩」とまとめてしまわないことです。実際には一方的に暴力を受けている場面であっても、そう要約すると双方の言い分がある口論として扱われ、対応が変わることがあります。起きた事実をそのまま伝えれば足ります。
なお、警察が扱うのは今起きている危険です。事実と異なることを伝えることは、当然ながら避けなければなりません。
臨場した警察官は何ができるのか
通報の判断を難しくしているのは、「呼んでも何もしてもらえないのではないか」という懸念だと思います。ここは、警察官職務執行法という法律にどう書かれているかを確認しておくと、見通しが立ちやすくなります。
制止と立入
同法5条は、警察官が、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは、予防のために関係者へ必要な警告を発することができ、その行為により人の生命もしくは身体に危険が及び、または財産に重大な損害を受けるおそれがあって急を要する場合には、その行為を制止することができると定めています。
また同法6条1項は、こうした危険な事態が発生して人の生命、身体または財産に危害が切迫した場合において、危害を予防し、損害の拡大を防ぎ、または被害者を救助するためにやむを得ないと認めるときは、合理的に必要と判断される限度で他人の土地、建物などに立ち入ることができると定めています。家庭の中であっても、危害が切迫している場面では立入りの根拠が置かれているということです。
保護という枠組み
同法3条1項は、精神錯乱または泥酔のため自己または他人の生命、身体もしくは財産に危害を及ぼすおそれのある者などを発見し、応急の救護を要すると信ずるに足りる相当な理由があるときは、警察署、病院、救護施設等の適当な場所で保護しなければならないと定めています。この保護は原則として24時間を超えることができず、延長には簡易裁判所の裁判官の許可状が必要で、延長期間は通じて5日を超えられません(同条3項、4項)。
つまり、保護は一晩程度その場の危険を断つための枠組みであり、長期的な解決の手段ではありません。ここを期待しすぎると、翌日に元の状態へ戻ったときの落胆が大きくなります。
逮捕されるとは限らない
現行犯人は逮捕状なしに逮捕することができ(刑事訴訟法213条)、これは警察官に限られません。もっとも、私人が現行犯逮捕をした場合は直ちに引き渡す必要があり(同法214条)、けがや別のトラブルにつながるおそれもありますので、親の側が自ら取り押さえることは現実的な選択とはいえません。この点はその場で腕をつかまれた|私人による現行犯逮捕と初動対応でも触れています。
実際の現場では、警察官が到着した時点で相手が落ち着いており、注意や指導にとどまることは珍しくありません。逮捕するかどうかは、行為の内容、けがの程度、逃亡や証拠隠滅のおそれなどを踏まえた判断になるためです。一度の通報で状況が変わることを前提にせず、記録として積み重ねるという発想を持っておくと、次の手が打ちやすくなります。
自傷他害のおそれが認められる場合
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律23条は、警察官が職務を執行するにあたり、異常な挙動その他周囲の事情から判断して、精神障害のために自身を傷つけまたは他人に害を及ぼすおそれがあると認められる者を発見したときは、直ちに最寄りの保健所長を経て都道府県知事に通報しなければならないと定めています。その先には指定医の診察(同法27条)や措置入院(同法29条)の手続が置かれています。
もっとも、これは要件を満たす場合の制度であり、家庭内の暴力があれば当然に適用されるものではありません。親族や一般の方からの申請の制度も設けられていますので(同法22条)、医療につなげたいという希望がある場合は、保健所や精神保健福祉センターへの相談も並行して検討することになります。
警察官が帰った後に残るもの
通報の意味は、その夜の安全を確保することだけではありません。後の手続で使える記録が残ることにも意味があります。
通報と相談の記録
110番通報や警察署への相談は、警察内部の記録として残ります。後に被害届を出す場合や、接近を止めるための民事保全の手続を検討する場合に、繰り返しが続いていたことを示す資料として機能する場面があります。何度目かの通報でようやく捜査が動き出す、という経過をたどるケースも実際にあります。
「家庭の問題だから」と言われて話が進まなかったという場合の受け止め方については、脅迫の被害届は受理されるのか|「民事不介入」と言われたときの再挑戦や警察に相談しても動いてくれないとき|弁護士ができることもご参照ください。
けがの記録は当日のうちに
けががある場合は、その日のうちに医療機関を受診し、診断書を取得しておくことをおすすめします。時間が経ってからでは、いつ、どのようにして生じた傷なのかの説明が難しくなります。あざや腫れは日付の分かる形で撮影しておくと、後から経過を示しやすくなります。診断書の位置づけについては「全治○週間」と言われた|診断書と傷害の重さの評価で扱っています。
財産の被害は扱いが別になる
現金や通帳を持ち出された、といった財産に関する被害は、暴力とは別の整理が必要です。刑法244条1項は、配偶者、直系血族または同居の親族との間で窃盗等の罪を犯した者について刑を免除すると定めており、同居する子による持ち出しはこの規定の適用を受け得ます。暴行や傷害、脅迫にはこのような規定がありません。詳しくは同居の家族の物を持ち出した|親族相盗例で処罰されない範囲をご覧ください。
高齢の親が被害を受けている場合
被害を受けているのが65歳以上の方である場合、警察とは別に、市区町村という並行ルートがあります。
高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律7条1項は、養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者について、その高齢者の生命または身体に重大な危険が生じている場合には、速やかに市町村へ通報しなければならないと定めています。それ以外の場合も、速やかに通報するよう努めなければならないとされています(同条2項)。ご本人が自ら届け出ることもできます。通報や届出を受けた市町村は、安全の確認や事実確認のための措置をとることになります(同法9条)。
厚生労働省の令和6年度の調査では、養護者による高齢者虐待の相談・通報件数は41,814件で、12年連続の増加となりました。虐待をした人の続柄では息子が38.9%と最も多く、相談・通報者としては警察が35.6%と最も多くなっています。110番が、結果として行政の支援につながる入口になっていることがうかがえます。
他方、同じ調査では、被害者と虐待をした人を分離した事例は19.0%にとどまっています。通報すれば自動的に住まいが分かれるわけではない、という現実も併せて知っておく必要があります。
通報を一度きりで終わらせないために
110番は、その場の危険を止めるための手段としては有効です。ただ、翌朝には同じ家に同じ二人が残るのであれば、状況そのものは変わりません。当事務所にご相談をいただく親御さんの多くが、この「繰り返し」に疲れておられます。
私たちは、親御さんの代理人として弁護士がお子さんと向き合い、民間の自立支援カウンセラーがお子さん側の生活の立て直しを担う形で対応しています。住まいを探す、仕事を探す、必要に応じて生活保護の受給申請を支える、日々の金銭管理を手伝うといった支援を継続することで、物理的な距離をつくることを目指します。結果を保証できるものではありませんが、距離が変わるだけで双方に変化が生じる場面は少なくありません。近すぎる距離と、そこから生まれる相互の依存が、問題の一因になっていると考えています。
よくあるご質問
通報すると、子どもに前科がついてしまいますか
通報したからといって、直ちに前科がつくわけではありません。臨場した警察官が注意や指導にとどめることもあれば、事件として扱われた場合でも、処分に至るまでには捜査と検察官の判断という段階があります。前科がつくのは、有罪の裁判が確定した場合や、略式手続で罰金が科された場合です。通報を避ける理由としては、必ずしも当たらないとお考えください。
何度も呼ぶのは迷惑ではないでしょうか
身体への危険がある場面であれば、回数を理由にためらう必要はありません。緊急でない相談は#9110や警察署の窓口を使い、その場の危険は110番で伝える、という使い分けをしていただくのがよいと思います。
警察に頼んで、子どもを家から出してもらえますか
警察官が住居からの退去を命じたり、住まいを分けたりする権限はありません。同居を解消するには、居住関係を法的に整理したうえで明渡しを求めるという、別の手続が必要になります。この点は改めて別の記事で扱います。
まとめ
- 110番は、警察官にすぐ駆けつけてほしい場面のための緊急ダイヤルであり、緊急でない相談には#9110や警察署の窓口が用意されている。
- 呼ぶかどうかは、身体への危険の有無、今起きていることか、繰り返されているか、避難先があるか、という事実で判断する。
- 通報では、何があったか、何分前か、場所、けがの有無、相手が誰でどこにいるかを、事実として短く伝える。
- 臨場した警察官には、警告と制止(警察官職務執行法5条)、危害が切迫した場合の立入(同法6条1項)、応急の救護を要する場合の保護(同法3条1項)といった権限がある。
- 保護は原則24時間までで(同条3項)、長期的な解決の手段ではない。
- 現行犯逮捕は制度としては存在するが(刑事訴訟法213条)、通報が常に逮捕につながるわけではなく、記録を積み重ねる視点が必要になる。
- 被害者が65歳以上の場合は、高齢者虐待防止法7条に基づく市町村への通報という並行ルートがある。
親子の問題でお悩みの方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、親子の問題に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。お子さんからの暴力や金銭の要求が続いている、警察に相談したものの状況が変わらない、どこに相談すればよいのか分からない、といった段階からのご相談で構いません。
当事務所は、北海道から沖縄まで、全国のご家庭の親子の問題に5年以上にわたって取り組んできました。ご家庭ごとに事情は異なりますので、まずは経過をお聞かせいただき、とり得る手段を一緒に整理させていただければと思います。
お一人で抱え込まず、まずはご相談ください。ご相談の内容が、ご本人であるお子さんに直接伝わることはありません。


