【親子問題】「家庭の問題」と言われて警察が動かないのはなぜか
子どもからの暴力についてご相談を受けるとき、「どうすればこの子を家から出せますか」と尋ねられることがよくあります。ただ、同居している人に退去を求める手続には時間がかかります。一方で、危険は今日そこにあります。この時間差を埋める手立てとして当事務所がまず検討していただくのが、親の側が一時的に家を離れるという選択です。
本記事は2026年9月時点の法令・制度に基づいて解説しています。支援制度の運用は自治体や警察署によって異なることがありますので、実際の手続は窓口でご確認ください。
「出ていかせる」より先に「出る」を検討する理由
同居している子に家から出てもらうには、話し合いがまとまらなければ、建物明渡しの訴訟を起こし、判決を得たうえで強制執行に進みます。順調に運んでも数か月、争いが生じればさらに長くかかります。この手続の重さは【男女トラブル】同棲していた部屋から相手が出ていかない|名義を貸した側にできることでも触れています。
これに対して、親の側が家を離れる方法には、相手の同意も裁判所の判断も要りません。荷物をまとめて出れば、その日のうちに距離ができます。近すぎる距離で互いに離れられなくなっている状態が問題を長引かせていることも多く、離れるだけで双方の受け止め方が変わることがあります。
家を離れても、家についての権利は失われない
「家を出たら、家を取られてしまうのではないか」という心配をよく伺います。持ち家であれば住まいを離れても所有権は変わりませんし、賃貸で契約者が親であれば賃借人としての地位も変わりません。住民票を移しても、それで所有権や賃借権が失われることはありません。賃貸住宅では、無断で第三者を住まわせていると受け取られないよう、貸主に事情を伝えておく進め方もあります。
また、民法が同居・協力・扶助の義務を定めているのは夫婦についてであり(民法752条)、親子の間に同居を義務づけた規定はありません。直系血族としての扶養義務(民法877条1項)は残りますが、これは経済的に支える義務であって、同居して身の回りの世話をすることまでを当然に意味しません。扶養の程度や方法は協議で決め、調わないときは家庭裁判所が定めます(民法879条)。この点の考え方は【不当要求対応】親族からの金銭要求|扶養義務はどこまでかで整理しています。
避難を検討する目安
どの時点で家を離れるかに決まった基準はありません。ご相談を伺うなかで判断の材料として挙げていただくことが多いのは、次のような事情です。
- 刃物や工具など、けがにつながりかねない物が持ち出される場面があったこと。
- 暴力が一度きりではなく、間隔が短くなってきていること。
- 逃げ場のない部屋や時間帯を選んで迫られること。
- 止めに入った別の家族にも被害が及んでいること。
- 医師の診察を受けるほどのけがが生じたこと。
- 夜間に眠れない状態が続き、体調に影響が出ていること。
一つ当てはまれば直ちに避難すべきだという性質のものではありません。ただ、複数が重なっている場合や同じことが繰り返されている場合には、いったん距離を置くことを現実的な選択肢としてお考えください。
出る前に持ち出すもの
準備が整うまで待てるとは限りませんが、時間が取れる場合は次の順番で用意しておくと、後の手続が進めやすくなります。
- 健康保険証、マイナンバーカード、運転免許証などの本人確認書類。
- 預貯金の通帳、届出印、キャッシュカード。
- 常用している薬とお薬手帳。
- 年金や公的給付の通知など、入金先が分かる書類。
- 登記事項証明書や賃貸借契約書など、住まいについての権利を示す書類。
- これまでの経緯について残してきた写真、録音、診断書、メモ。
すべてそろわなくても構いません。危険が迫っているときは、本人確認書類と薬だけを持って出る判断もあります。特に気をつけたいのが通帳と届出印、キャッシュカードです。同居する親族の間での財産の持ち出しは、刑法の親族相盗例により刑が免除される場合があり、警察の手続で取り戻すことが難しくなります(同居の家族の物を持ち出した|親族相盗例で処罰されない範囲)。財産にはこうした特例がある一方、暴行や傷害に同じ特例はありません(家庭内で手が出た|家族間の暴行・傷害とDV法の関係)。
避難先の選択肢と、それぞれの限界
| 避難先 | 向いている場面 | あらかじめ考えておきたい点 |
|---|---|---|
| 親族・知人の家 | 数日から数週間の短期 | 最初に探される場所になりやすい |
| ホテル・ウィークリーマンション | とにかく今日移動したい場面 | 費用が継続してかかる |
| 新たに借りる住まい | 長期化が見込まれる場面 | 初期費用と保証の手当てが要る |
| 市町村による保護 | 親が65歳以上で危険が大きい場面 | 市町村の判断と手続が前提になる |
配偶者からの暴力であれば配偶者暴力相談支援センターという窓口がありますが、子からの暴力はこの制度の対象ではありません。避難のしかた自体の考え方は交際相手から避難したい|安全な別居・避難と保護の手続きと重なりますので、取り入れられる点はご参照ください。
親が65歳以上の場合に使える枠組み
高齢者虐待防止法は、養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した人に市町村への通報を求めており(同法7条)、被害を受けた高齢者自身が届け出ることもできます(同法9条1項)。通報や届出を受けた市町村は事実の確認を行い、生命または身体に重大な危険が生じているおそれがあると認められる場合には、老人福祉法10条の4第1項や11条1項の措置により、高齢者を一時的に施設へ入所させるなどの対応をとるものとされています(高齢者虐待防止法9条2項)。市町村はこの措置に必要な居室を確保する措置を講ずるものとされ(同法10条)、措置後は虐待を行った養護者との面会を制限することもできます(同法13条)。入口としては地域包括支援センターへの相談が現実的です。
「養護者ではない」と言われた場合の考え方
注意が必要なのは、この法律が対象としているのが「養護者」による虐待だという点です。養護者とは高齢者を現に養護する者をいい(高齢者虐待防止法2条2項)、親が子を経済的に支えているいわゆる8050の状態では、子が養護者に当たらないと整理されることがあります。
もっとも、厚生労働省の対応マニュアルは、高齢者が何らかの権利侵害を受けている場合には、介護保険法の権利擁護事業や老人福祉法上の措置等によりこの法律の取扱いに準じた対応をすることが求められるとしています。窓口で「養護者による虐待には当たらない」と言われて話を終わらせず、権利擁護の枠組みで相談できないかを確認してください。
親が65歳未満の場合
65歳未満の方が子からの暴力で避難する場合、正面から使える公的な保護の制度は限られます。自治体の福祉相談窓口や社会福祉協議会に相談する道はありますが、自分で避難先を確保することが中心になるため、費用と期間の見通しを先に立てておく必要があります。警察に相談しても踏み込んだ対応を得られないという声も少なくありません。その場合の動き方は警察に相談しても動いてくれないとき|弁護士ができることをご覧ください。
住所を知られないための手当て
避難先が分かってしまえば、距離を取った意味が薄れます。住民基本台帳の制度には、住民票の写しなどの交付を制限する支援措置があります。総務省の説明によれば、申し出ることができるのは、配偶者からの暴力の被害者、ストーカー行為等の被害者、児童虐待を受けた児童である被害者のほか、これらに準ずる方とされており、子からの暴力はこの「準ずる方」として位置づけられる余地があります。
手順としては、まず警察などの相談機関に被害を相談し、住民票のある市区町村に支援措置申出書を提出します。市区町村が相談機関の意見を聴くなどして必要性を確認すると、相手方からの住民基本台帳の一部の写しの閲覧、住民票の写し等の交付、戸籍の附票の写しの交付が制限されます。期間は結果の連絡を受けた日から1年で、終了の1か月前から延長を申し出ることができます。ただし、これは書類の交付を制限する措置であって、身体の安全を守る措置ではありません。生活の本拠を移すのであれば転入の届出が必要ですので(住民基本台帳法22条)、住民票を移す場合はあわせて検討してください。
住所が伝わる経路は住民票だけではない
支援措置を申し出ても、別の経路から避難先が分かってしまうことがあります。
- 郵便物の転送の手続。
- 通信販売や宅配サービスに登録している住所。
- 金融機関や保険会社、携帯電話会社から届く郵便物。
- 家族で共有している位置情報やクラウド上のアルバム。
- 写真の背景や投稿の時間から場所が推測されるSNS。
- 通院先や職場を経由した連絡。
郵便には補足が必要です。日本郵便に転居届を出すと旧住所あての郵便物が転送されますが、日本郵便は転居の事実を確認するため、社員が現地を訪問する、転居者が不在のときに同居人などに居住の事実を確認する、旧住所あてに確認書を送るといった方法をとる場合があるとしています。旧住所あての確認書は、受付時に窓口で本人の確認と旧住所の記載内容の確認ができた場合には行わないとされていますので、郵便局の窓口で手続をしておくほうが確実です。
子が行方不明者届を出した場合
避難した後、子が警察に行方不明者届を出すことがあります。届出は親族などから受理される扱いですので、子から親についての届出もあり得ます。もっとも、行方不明者発見活動に関する規則は、発見したときは届出人に日時や場所などを通知するのを原則としつつ、行方不明者の意思その他の事情を考慮して適当と認めるときは、通知をしないこと、または通知する事項を限ることができると定めています(同規則26条1項)。ストーカー行為や配偶者からの暴力の被害を受けていた場合は、本人の同意がない限り通知しないという明文の定めもあります(同規則26条2項)。子からの暴力はこの明文の対象に挙がっていませんので、避難した経緯をあらかじめ警察に伝えておくことに意味があります。
家を空けている間の扱いと、戻るための条件
避難した後も、所有者や契約者としての負担は続きます。家賃、管理費、固定資産税、住宅ローンの支払いを止めると、住まいそのものを失いかねません。ライフラインを止める、鍵を替えるといった対応も、裁判所の手続を経ずに実力で相手の生活の基盤を奪う行為は原則として許されないと考えられており、かえってこちらが責任を問われることがあります。家財が壊される状況が続く場合は、写真と日付を残してください。なお、一時的に家を離れても所有者としての権利が弱まるわけではなく、後に退去を求める場面で避難したこと自体が妨げになるとは考えにくいところです。
避難それ自体は解決ではありません。大切なのは「いつ戻るか」ではなく「何が整ったら戻るか」を先に決めておくことです。決めないまま離れると時間だけが過ぎ、結局は元の同居に戻ってしまうことが少なくありません。
この局面で弁護士が入る意味は、親が直接やり取りをする相手から外れることにあります。窓口が代理人に移れば、親は求めに応じてその場で返事をする必要がなくなります。当事務所では、親側の代理人として子と向き合う一方、民間の自立支援カウンセラーとチームを組み、子の側の住まい探し、仕事探し、生活保護の申請支援、金銭管理などをカウンセラーが担う形をとっています。子の側を孤立させるだけでは自立は実現しないと考えているためです。ご本人が話し合いに応じない段階でのご家族からのご相談は、本人が事実を認めない・家族と話さない|家族が相談できる範囲もご参照ください。
家を出ると、親としての責任を放棄したことになるのか
同居をやめること自体が責任の放棄になるわけではありません。扶養義務は残りますが、その内容は経済的な支援であり、同居や身の回りの世話を当然に含みません。ただし、子に病気や障害があり自分で生活を維持することが難しい場合は別の配慮が必要です。支援をどこに引き継ぐかを整理しないまま生活の支えを断つと別の問題が生じることがありますので、避難と同時に福祉の窓口につなぐ段取りを考えます。
まずは状況の整理から
家を出る判断は、追い詰められて仕方なく選ぶものと受け取られがちですが、実際には安全を確保しながら次の手を打つ時間をつくる方法です。何を持って出るか、どこに行くか、住所をどう守るか、どうなったら戻るか。この4つを決めるだけでも、その後の進み方は変わります。相談前の整理のしかたは、法律相談の前に用意する資料チェックリスト|手元に何もない場合はどうするかも参考にしていただけます。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


