脅迫の被害届は受理されるのか|「民事不介入」と言われたときの再挑戦

若井亮

若井亮

テーマ:不当要求

 「殺すぞ」「家族がどうなってもいいのか」「会社にバラす」——こうした言葉を告げられて警察署に足を運んだのに、その場で被害届の用紙が出てこなかった。「民事の話なので」「まずは当事者で話し合ってください」と言われて帰ってきた。そうしたご相談は少なくありません。

 被害届の受理については、警察内部に「受理しなければならない」というルールがあります。それでも窓口で止まってしまうことがあるのはなぜか、そして一度断られた後にどう組み立て直せばよいのかを整理します。

1|被害届には「受理しなければならない」というルールがある

 警察の捜査手続を定めた犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)61条1項は、次のように定めています

警察官は、犯罪による被害の届出をする者があつたときは、その届出に係る事件が管轄区域の事件であるかどうかを問わず、これを受理しなければならない。

 管轄区域の内外を問わない点まで明記されています。さらに警察庁は、各都道府県警察に対して**「迅速・確実な被害の届出の受理等について」(令和6年3月22日付け警察庁丙刑企発第35号)**を発出し、次の運用を求めています。

  • 被害の届出に対しては、被害者等の立場に立って対応し、その内容が明白な虚偽又は著しく合理性を欠くものである場合を除き、即時受理すること
  • 「明白な虚偽又は著しく合理性を欠くものである場合」とは、届出人から聴取した届出内容から容易に判断し得るものをいい、改めて捜査又は調査を行い検討することを意味するものではないこと
  • こうした判断により受理しなかったものについては、届出の内容・状況等を記録化し、所属長に報告すること
  • 管轄区域外の事件であっても、被害の届出は即時受理すること

 つまり、「証拠が足りないから」「事件になるか分からないから」という理由は、本来は受理そのものを見送る理由として想定されていません。証拠の十分性は、受理した後の捜査で判断される事柄だからです。

 ただし、ルールがあることと、窓口で必ずその場で受理されることは別です。実際には、相談として丁寧に話を聞いてもらえたものの、被害届の作成には至らなかった、という経過をたどる方が一定数おられます。ここで諦めてしまう必要はなく、整え直して出し直すことができます。

2|「民事不介入」と言われる場面を正確に理解する

「民事不介入」は条文の言葉ではない

 「民事不介入の原則」は広く使われる言い方ですが、そう書かれた明文の根拠規定があるわけではありません。警察の責務を定めた警察法2条1項は、警察の責務として「個人の生命、身体及び財産の保護」と「犯罪の予防、鎮圧及び捜査」等を挙げ、同条2項でその活動は責務の範囲に限られると定めています。私人間の権利義務そのものの当否は裁判所が判断する事柄であり、そこには警察は立ち入らない——この運用上の考え方が「民事不介入」と呼ばれています。

正しく働く場面と、そうでない場面

 「貸したお金を返してもらえない」「慰謝料をいくら払うべきか」といった、権利義務の当否そのものを判断してほしいという相談であれば、警察ではなく民事の手続で解決することになります。これは筋の通った説明です。

 一方で、その紛争の過程で害悪の告知があった場合、それは刑法222条(脅迫罪)の問題です。背景に金銭トラブルや男女間のトラブルがあることは、脅迫罪が成立するかどうかとは別の話です。同じように、金銭の要求とセットであれば恐喝罪(249条)、義務のないことを行わせようとしていれば強要罪(223条)という枠組みで評価されます。

なぜ民事の枠に押し込まれやすいのか

 窓口で「民事の話」と受け取られやすい最大の理由は、多くの方が紛争の説明から入ってしまうことにあります。「不当な請求をされている」「言いがかりをつけられている」という話し方は、内容としては民事の主張です。伝えるべきなのは、請求の当否ではなく、いつ、誰が、どの言葉で、何をすると告げたかという一点です。ここを分けて話すだけで、窓口での受け止められ方は変わり得ます。

3|脅迫の申告が通りにくくなりやすい4つの理由

 脅迫罪は、被害の「物」が残らない類型です。そのため、次のような点でつまずくことがあります。

① 告知された文言が特定されていない
 「脅された」「怖い思いをした」という要約だけでは、犯罪事実が特定されません。被害届には日時・場所・行為の内容を書くことになりますから、可能な限り原文のままの言葉が必要です。

② 告げた人物が特定できていない
 匿名アカウントや非通知電話の場合、相手方の特定が課題になります。特定の手がかりが乏しいと、窓口での判断が慎重になりやすい傾向があります。

③「まだ何もされていない」と説明してしまう
 これは特に誤解の多い点です。脅迫罪は、害悪を告知した時点で成立し得る犯罪とされています。告知した内容が実際に実行されたかどうかは要件ではなく、相手が現実に恐怖を感じたかどうかも成立要件ではないと解されています(一般に人を畏怖させるに足りる程度かどうかを、当事者の関係性なども踏まえて客観的に判断します)。「まだ実害はないので大したことではないのですが」という前置きは、事実と異なる印象を与えかねません。

④ 経緯の説明が長く、犯罪事実の説明が短い
 経緯は重要ですが、窓口で最初に必要なのは犯罪事実の骨格です。経緯は時系列メモに落とし、口頭では骨格から話すほうが伝わります。

4|再挑戦の前に整える3つのこと

 一度断られた後に同じ説明を繰り返しても、結論は変わりにくいものです。何を変えれば判断材料が増えるのかという観点で準備します。

① 申告の組み立てを変える

 A4用紙1枚で構いませんので、次の順に整理したメモを用意します。

  1. 誰から(氏名・関係・不明なら連絡手段とアカウント名)
  2. いつ・どこで(日時。継続していれば回数と期間)
  3. どの言葉で(原文をそのまま。前後のやり取りも含める)
  4. 何を要求されたか(あれば)
  5. その後の状況(連絡が続いている、自宅に来た等)
  6. 手元にある資料の一覧(何が、どこに、いつの分まであるか)

② 記録を「特定できる形」で持参する

 同じスクリーンショットでも、発信者名・日時・アカウントが1画面に収まっているものと、文面だけを切り取ったものとでは、確認できる情報量が変わります。元データは削除せず残し、通話や対面のやり取りは着信履歴の画面も含めて保存しておきます。メッセージアプリの送信取消や、防犯カメラ・通信記録のように時間の経過で失われる記録もありますので、優先順位をつけて確保します。

③ 残り時間を意識する

 脅迫罪・強要罪の公訴時効は3年、恐喝罪は7年とされています。起算点は犯罪行為が終わった時で、継続している場合は最後の行為の時が基準になります。時間が経つほど記録も失われますので、整えることと動くことは並行して進めるのが現実的です。

5|再挑戦の進め方——5つの選択肢

① 被害事実を書面にして持参する

 口頭で説明するより、書面のほうが事実が特定されやすくなります。書式に決まりはありません。上記4-①の項目を時系列でまとめ、資料の写しを一覧とともに添えれば十分です。

② 相談する窓口を変える/併用する

 事件の性質によって担当部門は異なります(つきまといを伴う場合は生活安全部門、暴力・脅迫が中心であれば刑事部門など)。また、警察相談専用電話**#9110**は各都道府県警察本部等の相談窓口につながり、署の窓口とは別の入口になります。受付時間は都道府県ごとに異なりますので、事前にご確認ください。

③ 告訴に切り替える

 被害届が「犯罪事実の申告」にとどまるのに対し、告訴は申告に加えて処罰を求める意思表示です。告訴は書面でも口頭でもすることができ(刑事訴訟法230条、241条)、犯罪捜査規範63条1項も、司法警察員たる警察官は告訴をする者があったときはこれを受理しなければならないと定めています。さらに、告訴を受理した司法警察員は、速やかに書類および証拠物を検察官に送付しなければなりません(刑事訴訟法242条)。

 ただし、送致義務が生じる分、実務上は被害届より内容の作り込みを求められることが多く、受理までのハードルは高くなる傾向があります。切り替えれば通る、というものではない点はご理解ください。

④ 弁護士に相談する・同行を依頼する

 弁護士は、その言動が脅迫罪・強要罪・恐喝罪のどれにあたり得るのかを整理し、告訴状の作成や警察署への同行を行うことができます。相手方が匿名の場合には、弁護士会照会などによる特定の検討も可能です。ただし、弁護士に捜査権限はなく、受理を確約できる立場でもありません。「事実の整理と法的な位置づけを補う」役割とお考えください。

⑤ 公安委員会への苦情の申出

 警察職員の職務執行について苦情がある場合、警察法79条1項に基づき、都道府県公安委員会に対し文書で苦情を申し出ることができます。公安委員会は、これを誠実に処理し、処理の結果を文書により申出者に通知しなければならないとされています(同条3項。一定の例外あり)。受付は公安委員会の事務担当部署のほか、警察本部・警察署の苦情担当部署でも行われています。電子メールやファクシミリは「文書」に含まれない扱いとされており、様式に定めはないものの、氏名・住所・連絡先、職務執行の日時・場所・態様、受けた不利益の内容などの記載が求められます。

 もっとも、これは受理を強制したり、個別の捜査を指揮したりする制度ではありません。東京都公安委員会も、個別の犯罪捜査を直接指揮することはできない旨を明示しています。対応の経過を記録に残し、文書で回答を得るための手続だとご理解ください。

6|受理された後に起きること・起きないこと

 期待とのずれを避けるため、あらかじめ整理しておきます。

起こり得ること起こるとは限らないこと
受理直後事情聴取、資料の提出、担当者の指定直ちに捜査が開始されること
捜査相手方への出頭要請・事情聴取、警告的な接触逮捕(在宅のまま進むことが多くあります)
処分検察官への送致、その後の起訴・不起訴の判断必ず刑事処分に至ること
金銭加害者側からの示談申入れ警察が被害弁償を取り立てること

 受理は、捜査の開始や処罰を確約するものではありません。他方で、公的な記録が残ること自体には意味があります。同じ相手からの行為が続いた場合の経緯として扱われますし、その後の民事請求や接触禁止の交渉においても前提となる事実になります。

 なお、被害の回復(慰謝料の請求、返金、接触を断つ交渉)は刑事手続とは別枠です。刑事と民事を並行して進めることもできます。

7|避けたほうがよい対応

  • 相手を挑発して発言を引き出す——新たな被害を招くおそれがあるうえ、経緯によっては評価が難しくなることがあります。
  • 自分に不利に見える部分を消す——やり取りの一部だけを残すと、記録全体の見え方に影響することがあります。都合の悪い部分も含めて残してください。
  • 「被害届を出す」と相手に予告する——予告する義務はありません。証拠の保全や相手の対応という点で、必ずしも有利には働きません。
  • 一人で交渉を続ける——要求に応じても、そこで終わるとは限りません。
  • 危険が差し迫っているのに受理を待つ——自宅に来ている、危害が予告されているなど切迫した状況では、被害届の手続よりも先に110番をご検討ください。

まとめ

  • 犯罪捜査規範61条1項は、被害の届出を受理しなければならないと定めており、警察庁通達も「明白な虚偽又は著しく合理性を欠く場合を除き即時受理」との運用を求めています。
  • 「民事不介入」は、権利義務の当否そのものについて言えることであり、害悪の告知があったかどうかは別の問題です。
  • 窓口で止まりやすいのは、請求の当否から説明が始まっていたり、告知された文言が特定されていなかったりする場合です。
  • 再挑戦の際は、書面での整理、記録の特定性の確保、窓口の見直し、告訴への切替え、弁護士への相談という順で検討できます。
  • 受理は捜査や処罰を確約するものではありませんが、公的な記録が残ることには意味があります。

 一度断られたことは、その後の見通しを決めるものではありません。組み立てを変えれば結論が変わることもありますので、行き詰まりを感じられた段階で一度ご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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