マナーうんちく話604≪武士は食わねど高楊枝≫
松の内も過ぎ、歳神様が人間の世界から次第に遠ざかれるにつれ、正月気分も薄らいできた感があります。
ところで日本の正月といえば「餅」ですが、餅は非常に長い歴史があり、稲作を中心とした農耕文化で栄えた日本における「ハレ」の日の特別な食べ物です。
もともと日本人には稲作信仰があり、稲には霊魂が宿ると信じられていました。
ちなみに餅の原型は今から2000年以上前の、縄文時代後期からだと考えられています。
すでに、その頃から、米で作った餅には霊力があり、それを食すことで大きな生命力を頂けると考えられていたのでしょう。
1月11日は「鏡開き」の日で、鏡餅を「ぜんざい」や「しるこ」や「雑煮」にしていただくのは、まさにこの理由からです。
そして平安時代には餅は、宮中行事や様々な儀式でお供え物として、さらに祝い料理としての地位を確立していったようです。
それが室町時代から江戸時代になると武家社会に広がり、やがて庶民にも普及したわけです。
この時期に相応しい「搗いた餅より心持ち」という言葉があります。
日本人にとって餅は非常に大事な食べ物で、それを頂戴すること自体大変ありがたいのですが、それよりもさらに「その気持ち」が嬉しいという意味です。
自分の事を思って、手間暇かけて作ってくれた、その優しくて、心のこもった行動に感動した経験をお持ちの方も多いと思います。
「餅」と「持ち」をかけた言葉です。
ただ優しい気持ちも、状況次第で、多様性を重んじる今では、いろいろな捉え方があります。
「お情けより樽の酒」という言葉もあります。
「情け」の「さけ」より樽(酒屋)の「さけ」という意味です。
上辺だけ、口先だけの気持ちよりも、実際に役に立つ品物や援助の方がありがたいということです。
例えば災害時などは先ず食べ物や暖房器具などがありがたいですね。
「同情より金をくれ」という言葉がはやった時がありますが、よくわかります。
いずれにしても、いくらAIやIT全盛になっても、人の気持ちはありがたいものです。
人と人との「絆」もしかりです。
愛情や友情も、目には見えませんがとても大事です。
さらに日本人の「おもてなし」もそうです。
日本のもてなしの原型は「来訪神のもてなし」にあるといわれていますが、例えば正月に里帰りされる歳神様も目には見えません。
しかし目に見えない年神様をお迎えするために、大掃除をして部屋を清め、門松を用意し、お飾りをつけ、鏡餅を作ってお迎えします。
また、お節料理や雑煮でもてなし、「祝い箸」と呼ばれる特製の箸で、年神様と共食します。
日本独特の文化です。
一方盆には、キュウリやナスで馬や牛を作って仏様をお迎えします。
さらにほ馳走や盆踊りでおもてなしします。
このように目に見えないモノに対して、裏表なく、心を込めるのが日本のおもてなしなのです。
人はそれでも「見えないもの」より《モノ》を求めがちです。
多くのものを手に入れハッピーになればいいのですが、ものは手に入れたが心は失ってしまったということも多々あります。
心・命・神様といった、目には見えないモノも大事にしたい一年にしたいものです。



