マナーうんちく話2140《変わりゆく死生観と葬儀の在り方。どうする?》周囲との良好な関係を!》
四季が豊かで、国土の7割以上が山林で占められている日本では、四季折々の山の風情に大きな変化が見られます。
先人は、山の様子を人の動作に例えて擬人化して、それぞれの季節の表情に素敵な名前を付けて表現しています。
新芽が芽吹き多くの花が咲きほころぶ春は「山笑う」、緑に濃さが増しつややかな葉っぱで覆われる夏は「山滴る(やましたたる)」、葉っぱが紅葉してまるで女性がお化粧したようになる秋は「山装う」、そして木枯らしで葉っぱが舞い散り閑散とした冬は「山眠る」。
一方中国の五行思想では四季を色で分類していますが、春は青、夏は赤(朱)、冬は黒で、秋は白です。
「青い春」に対して「白い秋」と言うことです。
青い春、つまり「青春」という言葉はここからきていますが、白い秋と言えば北原白秋の白い秋もそうでしょう。
民族により色の感覚は異なると思いますが、日本人の感覚なら、秋は茶色、黄色、橙色が多いのではないでしょうか?
しかし、中国の陰陽五行説が起源だと思いますが、白は秋の季節用語で「白秋」です。
《石山の 石より白し 秋の風》という芭蕉の句があります。
ほのかに吹く秋風が、目の前の岩肌より白く感じられるという意味ですが、もちろん風が白く見えるわけではありません。
白は透き通るようなものを指し、無色透明な静寂な感じを漂わせる色とされています。
奥が深いですね。
また秋は美しい紅葉の季節ですが、美人薄命といわれるように美しい期間は短く、やがて枯れ葉となって舞い散ります。
このように秋は、もののあわれを感じる季節であり、詩情溢れる頃でもあるので、詩人が北原白秋と名付けたのは、すばらしいと思います。
ところで人の一生も、四季に例えられますが、捉え方は人により様々です。
私のように高齢期を迎えたものに対しては、「人生の秋」という言葉が使われます。
長い人生の終わる日が近くなっている状況や心境を示す言葉で、一抹の侘しさを歪めませんが、不必要にネガティブに捉えることはないと思います。
確かに体力は衰え、身体的機能も衰弱しますし、シミやシワが増え、髪は薄くなり、リアルにこれから先が懸念されます。
加えて微々たる蓄えも底をつき、親しい人の訃報もとどきます。
こうなると「もうこれで終わり?」と、多くの喪失に見舞われることになります。
しかし捉え方次第で人生は明るくなります。
秋は実りの季節であり、収穫の季節です。
高齢期は人生の実りの秋、そして収穫期の秋ともいえます。
長年生きて、様々な経験を重ね、知識や知恵を蓄えてきたからこそ、多くの実りがあります。
しかも数えきれないくらい苦労を重ねてきたので、それが肥しになっているので、「実りの質」がとてもいいのが嬉しいです。
その実りを自分自身でも楽しみ、周囲にも分かち合うことができます。
また木枯らしに吹かれて散っていく落ち葉は、来年の春に向けての準備です。
「白い秋」を前向きにとらえたいものですね。
では、どうする?
「白い秋」を迎えたら、これまでの長年の人生を見つめ直し、そして自己理解を深め、価値観を見つめ直すのもいいと思います。
日々のささやかな生活に感謝することも必要です。
白い秋こそ《幸齢期》です。
人としておだやかな空気や佇まいをみせ、人生の実りを楽しんでいただきたいものです。



