マナーうんちく話604≪武士は食わねど高楊枝≫
旬にこだわり、野菜や魚などの素材の持ち味を生かすのが日本の食文化の大きな特徴ですが、特に寒い冬は旬の野菜が活躍してくれます。
我が家の畑では大根、白菜、サトイモ、蕪などが旬を迎えていますが、寒い夜は体の底から温まる「風呂吹き大根」は逸品で、しかも熱燗と相性がいいのがたまりません。
我が家では味噌も手作りするので、庭先の柚子でゆず味噌を作り楽しみます。
ちなみに「風呂吹き大根」は江戸時代から冬の定番料理として大変人気があったようですが、その名前の由来は、当時の蒸し風呂にあります。
蒸し風呂で肌に息を吹きかけることを「風呂吹き」といい、暑い大根をフーフーと言いながら息を吹きかけて食す様子が、風呂吹きと大変似ているからついた名前だそうです。
また大根は体にも優しく手ごろな値段で手に入るので、気軽に食すことができ「不老富貴」になるからという説もあります。
名前の由来はもとをたどれば様々な物語が込められていますが、いずれにせよ寒い夜、温かいご馳走が不自由なく頂けることは本当にありがたいことですね。
ところで「食事五観」という言葉をご存じでしょうか?
和食と洋食のテーブルマナーに30年以上携わってきたものとして、いつも心にとめている言葉です。
昨夜の我が家の夜の食卓は「風呂吹き大根」「酒のかす汁」「炊き込みご飯」「焼き魚」「漬物」そして日本酒でしたが、これらの料理が口に入るまでには実に多くの人々が関わっています。
まず炊き込みご飯の米は、苗を作った人、田植えをした人、収穫した人、運搬した人、精米した人、耕運機を作った人、耕運機を設計した人、肥料を作った人、肥料の原料を作った人、茶碗を作った人、茶碗の土づくりをした人、絵柄を書いた人、販売した人、電気窯を作った人、調味料を作った人などなど、数えればきりがないくらい多くの人が関わっています。
さらに縄文、弥生と時をさかのぼり、日本に米を伝えた人、田んぼを切り開いた人、水を通わせた人、栽培方法を研究した人、品種改良した人、それらを伝えた人の存在もあります。
大根も酒かすも魚などもしかりです。
恐らく完璧には数えきれないと思いますが、それくらい多くのご縁や苦労があって私たちの胃袋を満たしてくれるわけです。
だからそこに思いを巡らせ、常に感謝の気持ちを忘れず、謙虚、清廉潔白な心などを持つことの大切さを5か条にしたためたものが「食事五観文」です。
心身を健全に保つとともに、自分の本分をなすために食すことも必要です。
今さら考えてみると「SDGs」などと言いながら、日本は6割以上の食料を外国に依存しているのが現状です。
にもかかわらず世界屈指の「美食の国」「飽食の国」です。
売れなくなった弁当などは平気で処分します。
私たちが幼かったころには、卵を産めなくなった鶏しか処分しませんでした。
だから鶏の肉は固いものだと思っていましたし、当時の「親子どんぶり」はとてもよくかんでいただいた記憶があります。
貧しかったから仕方ないといえばそれまでですが、一方貧しいながら生き物に対する最低限の礼儀作法をわきまえていたのだと思います。
でも当時は今のように自殺する人は少なかった気がしますし、サザエさんの食卓にみられるように、家庭の食卓には温かい会話もありました。
今は豊かになりすぎ美食ばかり追求し、それでいてSDGsなどといっていますが、その大前提は感謝や謙虚の気持ち、そして人や自然への思いやりだと思います。
日本には「いただきます」という食前に発する感謝の言葉があります。
「私の命を長らえるためにあなたの命をいただく」という感謝の気持ちですが、口先だけではいけません。
常にいろいろな生き物の命をいただかないと、生きていけないという謙虚な気持ちを持つことが大切ではないでしょうか。
そして生き物の命を食して生きていく以上は常に清く正しくありたいものですね。
選挙のたびに思うわけですが、日本の食料自給率をせめて5割くらいにあげるという公約を掲げる人がいないのが不思議です。