よくわかってないから悩む、遠慮のない人の生き方
世の中には生まれてからずっと不幸ばかりで
何をするにも恵まれずに不遇の人生を歩まれている方も沢山いらっしゃいます。
波乱に満ちた人生と言いましょうか。
ではどうしてそういう人生を生きなければならないのでしょうか?
これはもうそういう運命であるというしかないのかもしれませんが
私がこの人生を生きてきて学ばせていただいたこととして言えるのは
今の自分という人生が始まる以前からずっと続いてきた魂が(脈々と繋がってきたもの)
今のこの人生をそういうもの(不遇なり幸福なり)にしているということなんですね。
人生が不遇であるかどうかは自分が決めるものでもなければ
自分一人の努力によって変えられるものでもなく
いかに今まで自分の魂がしてきた数々の行い(魂の修行や修練の積み重ね)によって
自然に形成され変わってくるものなのです。
ですから不遇な人生を歩まなければならないのは
魂が今までしてきた行いによる結果の現れなんですね。
魂の行いとは自分という人間(あなた)がしてきた行いとは全く別のものですよ。
ここで言う魂とは自分の人生や命のことではありません。
自分とは自分のものではなく、人生もまた自分の自由意志で成り立っているものでもなく
自分の意志ではどうにもコントロールできない魂というものが
今の自分という人生を形作っているものなんです。
ですから誰が悪いのでもなければ
あなた自身の努力不足によって人生が不幸なのだということではありません。
それは今までの行いやこれからの行いによって変わっていくもの。
良くも悪くもそれだけのことでしかないのです。
今の人生で(限られた人生という期間の中で)変えられるものではありませんし
それはこれから続く魂の繋がり(宗教の言葉でいうと来世)という時間をかけて
人生がというより魂が不遇であるかどうかを形作っていくわけです。
だからこそ今この人生の中で自分の魂を磨いていかないと(魂の修行と言われます)
また魂の繋がりの先にある境遇が不遇の道しか歩めなくなってしまうんですね。
サボったらサボっただけどんどんツケが溜まっていくと言えばわかりやすいでしょうか。
愚痴や不平不満を言ってるだけなら簡単です。
楽なもんです。(修行も学びもしようとしないんですから)
しかしそれでは不遇なままの人生はこれからまた来世を迎えても何も変わらないのです。
だからそうして今まで魂がサボってきたツケが今の人生に現れているのだと
私たちは悟らなくてはなりません。
(だからといって今のあなたが人生をサボっているということではありませんよ。
もちろんあなたのこれまでの生き方や魂が悪い、いけないということでもありません)
私も心理カウンセリングの目線で世の中いろんな方々の人生を見させていただいて
どうにも何をしても不遇から逃れられずにもがいてらっしゃる、苦しんでらっしゃるお姿を見て
力不足などという人間レベルの問題(努力)ではなく
誰が何をどんなことをしてもその人の人生や運命は変えられないのだということを
しかと心得た上で私は私にさせていただける最善の力を尽くして
魂磨きのお手伝いをさせていただきたいと考えています。
そうでなければ自分の力不足だなんて自分を責めていては(落ち込んで自分の人生を呪っていては)
魂や運命というものがどういうものであるのかという本質を何も理解していないことと同じですから。
これが私の言う「人生への諦めと運命の受け入れ」であり
ではそこからこれからの人生をどう生きていくかを考えて実践していくことによって
たとえ不遇な人生であったとしても光明が見えてくるのだということを
このコラムを通して皆さんにお伝えしたかったのです。
もしかすると私がお伝えしていることの言葉の表面的なことしか捉えられずに
自分が悪くて責められてるように感じて憤慨されてる方もいるかもしれませんが
それはそれでその人の運命なのだから仕方ない(どうしようもない)のだと私は受け止めています。
これからどう生きていくか、どう魂を磨いていくか。
暗闇の中から光明を見いだせるよう学びを大切にして努力していきたいですね。