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宮本章太郎

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宮本章太郎(みやもとしょうたろう)

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コラム

究極解説!!宇宙の始まりと終わりについて ~そしてそこに我々が生きる意味~

相対性心理学・時間・空間学(時空学)

2013年4月20日 / 2013年7月16日更新

宇宙は終わるのではなく、次の宇宙の始まりなのではないでしょうか?

例えば爆発とは、ビッグバンにせよ何にせよ
突き詰めて言えば、原子の分離、素粒子の急速な分離である。

という事はつまり、その瞬間に核反応が起こるという事。
核反応が起こるとは、莫大なエネルギーが生まれるという事であり
宇宙規模でそれが起こると、想像を絶するほどのエネルギーが生まれる。

エネルギー、それは熱を持つという事であります。

それまではずっと膨張を続けてたこの宇宙ですが
膨張も、一瞬の出来事として見れば、爆発の最中であると捉えられます。
我々が生きてる感覚と同じ規模で見るから、膨張してるのだと錯覚してるだけであって
宇宙規模の出来事で見れば、それは長い時間をかけた爆発であると言えます。

爆発とは核反応であり、素粒子の分離であるから
現在我々の生きてる感覚としては、徐々にエネルギーが失われ
熱すら存在の出来ない、無の世界へ向かってるように感じますが(絶対零度)
この出来事を客観的に見た場合、やはり爆発である事には変わらず
エネルギーを生み出してる事に繋がるわけです。

そして爆発が究極のところまで到達すると、宇宙の終わり
つまり、これが次のビッグバンの瞬間であると同時に
新たな宇宙の始まりなのではないかと、私はこのように推測してみました。

要約すると、ビッグバンは、ビッグバン(爆発)そのものをエネルギー源とした
次の新たなビッグバンであり
核の連鎖反応のようなもの、と言えばわかりやすいかもしれません。
核分裂の繰り返しにより、エネルギーが生み出され続ける仕組みと同様である。

更に難しい言葉で表現するなら
ビッグバンがビッグバンを生み出してるというのか
ビッグバンはビッグバンそのものであると。
次もそれ以前もないわけです。

爆発と言うと、我々の感覚では一瞬の出来事だけど
観点はそのままに、感覚を宇宙規模にまで拡大して見た場合
ほんとは爆発という一瞬の出来事でも、我々と宇宙の時間の流れ方の違いから
現在を生きる我々からしたら、膨張してるように感じるというわけ。

その次元の中で、単に我々人間が、勝手に生きる意味を見出したり、意味付けをしてるだけであって
我々が生きてるという事、存在してる事そのものに意味なんてものがあるのではなく
この意味付けという行為が、学問としての哲学であり、心理学であるとも思うのです。

我々は単に、その行程(爆発の最中)の中に存在してるだけだと。

現在我々の生きてる、この宇宙そのものは、何か意味があって存在してるわけではなく
時空や次元、時間の概念をも超えた、ビッグバンの連続(重なり)とでも言うのでしょうか。
単にその過程の最中であると、私はこのように考えています。

つまりは、そもそも宇宙の誕生(存在)に理屈すら存在せず
始まりは始まりでしかなく、終わりは次の始まりであり
永劫回帰、終わりなんてないという事ですね。

宇宙の年齢は、現在138億歳とも言われてますが
実際には我々と同じ感覚で見た場合
この長い長い年月も、一瞬の出来事でしかないわけです。

宇宙の始まりとされるビッグバンですが
ビッグバンも、爆発という単なる一つの現象、一つの出来事でしかなく
一つの現象としての、爆発に終わりはあっても
その出来事が終わったからといって
その周りで起こってる出来事の、全てが終わるわけではないですよね。

これはビッグバンも、爆発(一つの宇宙の誕生=一つの現象)という、一出来事に過ぎず
その一つの現象が終わったからといって、宇宙の存在そのものが終わるのではなく
これが私が先程も述べたような、一つの終わりは次の新しい始まりであり
ビッグバンはビッグバンそのものであるという事に繋がるわけです。

ですから宇宙に、これといった終わりなんてないんですね。
これぞまさに、永劫回帰といわれる現象ではないでしょうか。


そしてもう一つ私の考えの中に
この宇宙は、人体で言うところの、一つの細胞のようなものではないかとも考えます。

宇宙の外に?この宇宙の存在を客観的に捉えられる、何らかの大きな存在があり
この宇宙も、その大きな存在の細胞の一部であると
このようにも思うんですね。
(例えば宗教の考え方で言えば、神様とか仏様といった、大いなる存在。
しかし人体のような、何か生物的な実体のあるものではなく
その存在はもう一つ別の宇宙なのかもしれませんし、それが何なのかまではわかりません)

この考え自体に根拠はないですが
この考えの中から、何かの手掛かりに繋がるのではないかと
物事の捉え方や発想の面で見れば、何かに役立てられるのではないかと
個人的には考えてますね。


今回の私の話は、何か科学的な根拠があるわけではありません。
科学というのは、証明してこそ科学なのであって
いくらそれが真実であったとしても、証明するまではあくまで仮説であり、虚言でしかなく
検証やデータに基づいた、事実としての立証・証明が出来なければ、それは科学とは言えません。

さしあたり私のする話は、何かの参考にしたり
皆さんそれぞれが、人生の中で何かを学ぶためや
それこそ何か意味を見出すための、ヒントにしていただければ幸いです。



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