独立し起業して成功するヒトは、リスク覚悟で、何に突き動かされて動くのか?

松本尚典

松本尚典

テーマ:副業 起業 独立


1、独立起業で成功するヒトを突き動かすのは、カネ?名誉? それとも?


「松本さんは、何故、大きな組織で役員をやっていたのに、あえて、独立したんですか?」

よく、このような質問を受けます。

僕は長年、副業で事業を構築して、最終的に独立をしたのですが、それを知らない、僕の本業でかかわっていた方から、よく受ける質問です。

僕は、アメリカのウオール街の大手金融系のファームで、シニアコンサルタントとして経営コンサルタントを2007年までしており、そこから、日本に帰国して、日本の大手企業数社に、役員として迎えられて仕事をしていましたので、それを御存知の方の中には、

「今更、独立してリスクをおって事業なんてはじめなくても、もう、このままいけば、何の不足もないだろうに。」

と、思われていた方もおられるようです。

僕をはじめとする、ヒトは、何故、リスク覚悟で、独立に動くのか?

おカネ?
自由?
社長になりたい名誉心?

もちろん、それもあると思います。

しかし、究極的には、ヒトを独立に向かわせる、もっと根源的な動機があるように、僕には感じます。それは、自分の「使命」の自覚です。

今回のコラムでは、僕自信の独立に向かったココロの動きを踏まえて、僕が、多くの、独立して成功してきた事業家の方々をみて、その共通項ともいうべき、ココロの動きを、明確に描き出してみたいと思います。

2、「運命」と「宿命」


皆さんは、運命と宿命という言葉の意味の違いが、おわかりでしょうか?

・宿命


人間には、自分のチカラではどうしょうもないことがあります。

いつか必ず死ぬ
その父親とその母親の子として生まれた


こういったことは、宿命です。社会がいかに自由になろうが、人間には、自分の自由な意志で変えられない宿命に支配されています。

僕は、まず、自分の宿命というものは、受けいれるべきものだと考えています。僕は、中央大学附属高校1年生の時、父親の経営する会社が倒産するという事態に直面しました。学費も賄えず、住んでいる自宅もなくなりました。

これは、高校生だった僕にとっては、いわば宿命です。

・運命


一方、運命とは、宿命を受け入れながら、自分のチカラと努力でそれを未来に向けて変えることが可能なことを言います。

ベートーベンは、音楽家のイノチよりも大切な聴力を失いました。これは宿命です。一方で彼は、その宿命を受け入れ、それと闘いながら、音楽を続け、第5交響曲を作曲しました。これが、「運命」交響曲です。あれは、宿命交響曲ではなく、運命交響曲なのです。

僕は、父親の会社の倒産という事態を受け入れ、何とかそれを乗り越えて大学まで自力で卒業するため、仕事を開始しました。高校生であるという年齢を偽って、学校から帰ると仕事を行い、これで中央大学を自力の経済力で卒業しました。この仕事が、僕の経営者への道の原点となりました。

僕は、自分の宿命を受け入れ、その運命を乗り越えて自力で、その環境を変えました。

3、「運命」を変えようとするヒトは「使命」を自覚して動く


ヒトは、宿命にぶつかったとき、そのヒトの真価が問われます。

宿命を嘆いて投げやりになり、そこで人生を大きく崩してしまうヒトも多いわけです。しかし、ヒトには、自分の努力ではどうにもならない宿命があります。それを嘆いても、どうにもなりません。

そんなことを嘆いている暇があるなら、宿命を受け入れ、努力で、運命を変えればよいのです。

・使命


では、このように運命と向き合えるヒトは、そうでないヒトと何が違うのでしょうか?

それは、自分の使命を自覚しているかどうか、です。

宿命を受け入れ、運命を変えようと努力をするヒトの原動力は、使命の自覚なのだと僕は思います。

4、「使命」をヒトに与えるものは、「カミ」でも「科学」でもない


人類は、中世まで、「使命」という概念を、神との関係で把握していました。神から受けるものが使命でした。近代になり、科学が宗教を乗り越えたと人類が考えるようになると、使命のようなココロの動きは、否定されるようになりました。その結果、いきついたところは、企業が国家主義と伴走し、大きな大戦を作り出し、環境を破壊する動き方でした。

起業家が、自らの欲望のままに動き、利潤最大化を目指したところにあったのは、反社会的な企業の姿でした。そして結果的に、このような利潤最大化の経営を行っても、企業は長期的継続的な存続ができないことが、次第に明らかになってきました。

企業は、社会の一員であることを自覚し、社会的な存在であり続け、その存続のために利潤の適正化を追求するのでなければ、企業は存続ができないことが、次第に明らかにされてきたのです。

では、起業家が自覚する使命は、社会性なのでしょうか?

この企業の社会性の要請と、事業家の事業を起業する動機とは、僕は、別の議論だと思っています。

事業家が、成功してメディアに語るとき、しばしば、事業の動機を社会への貢献などの社会性を、事業の動機に持ち出します。

しかし、果たして、極めて高いリスクを負った起業という行動を、社会性や社会貢献などの動機で始める聖人君子のようなヒトが、いるでしょうか?

僕を含め、僕の周辺の事業家も、メディアなどに語る、こうした社会性の動機とは別に、より自己的な動機をココロに持って、起業をしています。社会性や社会貢献は、事業が一定の軌道に乗った余裕のできた状態で発想することであって、事業家が、そのリスクを背負って、起業する段階の「使命」の自覚の段階では、このようなことは、極めて副次的な動機だと僕は、思います。

では、宗教でもなく、社会性でもない、事業家がリスクを覚悟で起業をする動機は、いったい、どこから来るのでしょうか?

5、「力への意志」という考え方


起業家の動機をかんがえる上で、参考になるのが、哲学者のニーチェの思想です。

ニーチュは、現代を代表する哲学者ですが、彼は、「神は死んだ」という表現でキリスト教によるヒトの使命の自覚がなくなった現代において、ヒトは自らの人生の使命をどう自覚して生きるのかという課題に取り組みました。

そしてニーチェは、宗教などによらずに、自らの生きる使命の自覚を、「力への意志」という概念で表現しています。

力への意志とは、ヒトが自己を成させ、より強い自分に自らを鍛え上げてゆく強い成長意欲、あるいは、他人の上にたって、より大きな仕事を仕上げてゆくことを目指す意志のことだと僕は解釈しています。

6、起業家が、何故、リスクを冒して、独立をするのか?


リスクが高いにも関わらず、起業家が事業を起業する原動力は、ニーチェのいう、力への意志だと僕は思います。

動物が、食欲や性欲などの原始的な欲求しか持たないのに対し、人間には、人間にしかない、力への意志があります。力への意志は、人間独自の成長を自分に課する意志であり、人類の成長の原動力になりました。資本主義社会は、力への意志を持つ人間によって、市場が形成されて動くことを前提にしています。

力への意志は、それが行き過ぎると暴走をすることがありますが、理性によってコントロールされる限り、それは、起業や事業のおおきな原動力になるものだと僕は、思います。

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松本尚典(経営コンサルタント)

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松本尚典プロは朝日新聞が厳正なる審査をした登録専門家です

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