【ストーカートラブル】好意ではなく恨みからのつきまといも、ストーカーとして扱われる?
本記事は2026年11月時点の法令に基づいています。ストーカー規制法の令和7年改正により、被害を受けている方を雇用する者も、その方への援助に努める立場に加えられました(2025年12月30日施行)。
相談の場では、「最寄り駅の改札で待たれていたので、別の駅から乗るようにしたい。ただ定期代が変わるので、会社にどう説明すればよいか分からない」という声を伺います。反対に、「会社に話すほどのことではないと思い、届け出ないまま遠回りの経路で通っている」という方もいらっしゃいます。
ストーカー被害への対策として、「通勤経路を変える」「会社に相談する」ことはよく勧められます。それ自体は大切な手段ですが、経路を変えると、通勤手当の届出をどうするか、増えた交通費を誰が負担するか、通勤中に事故に遭ったときの労災はどうなるか、といった実務上の問題が伴います。この部分は、あまり説明されていません。
この記事では、通勤経路の変更と、それに伴う交通費(通勤手当)の扱いに絞って整理します。転勤や配置換えについては【ストーカートラブル】ストーカー被害で、勤務先に転勤や配置換えを頼めるか?で、勤務地や勤務時間の変更を含めた配慮全般については【ストーカートラブル】勤務先に配慮を求める|勤務地や勤務時間の変更で説明しています。
通勤経路と交通費の変更は、会社に頼むことができる
結論からいえば、ストーカー被害を理由に、通勤経路の変更とそれに伴う交通費の変更を会社に申し出ることはできます。ただし、新しい経路の交通費がそのまま支給されるかどうかは、会社の規程と判断によって変わります。
通勤手当は会社の規程で決まる
通勤手当は、法律で支給が義務づけられている手当ではありません。支給するかどうか、どの経路の運賃を基準にするかは、就業規則や賃金規程で会社ごとに定められています。多くの会社では、従業員が通勤経路を届け出て、会社がその経路を認めたうえで定期代などを支給する仕組みをとっています。
そのため、経路を変えるときは、まず会社に新しい経路を届け出ることが出発点になります。経路の変更そのものは、引っ越しや乗換えの都合でも日常的に行われている手続であり、申し出ることに遠慮は要りません。
安全上の理由は、経路を変える理由として伝えてよい
会社は、従業員が生命や身体の安全を確保しながら働けるよう、必要な配慮をするものとされています(労働契約法5条)。また、ストーカー規制法では、被害を受けている方を雇用する者も、その方への援助に努めるものとされています(ストーカー規制法9条3項)。
通勤経路は勤務先が直接管理する場所ではありませんが、出勤や退勤の時間に合わせた待ち伏せは、勤務と切り離せない問題です。「安全のために経路を変えたい」という申し出は、私的なわがままではなく、働き続けるための相談として伝えてよいものです。
申し出ることと、差額が認められることは別
もっとも、上の規定はいずれも、会社に特定の措置を義務づけるものではありません。新しい経路が元の経路より高くなる場合、その差額を会社が負担するかどうかは、規程の内容と会社の判断によります。申し出の段階で「必ず認めてもらえる」と考えるより、認められなかった場合の負担も含めて検討しておくほうが、話を進めやすくなります。
経路を変える前に、通勤手当の規程で確かめること
経路の変更を申し出る前に、就業規則や賃金規程の通勤手当の定めを確認しておくと、会社との話がかみ合いやすくなります。
規程が経路をどう決めているか
規程の書き方は会社によって異なります。「最も経済的な経路」とあれば運賃の安さが基準になり、遠回りの経路は認められにくくなります。「経済的かつ合理的な経路」とあれば、運賃だけでなく所要時間や乗換えの事情なども考慮される余地があります。いずれの場合も、どの経路を認めるかは会社が判断するのが一般的です。
規程に「特別な事情がある場合は会社が認めた経路による」といった例外の定めがあれば、安全上の理由はその「特別な事情」として説明することが考えられます。
増える差額を誰が負担するか
経路を変えたときの通勤手当の扱いは、おおむね次のように分かれます。
| 変更の形 | 通勤手当の扱いの目安 | 注意したい点 |
|---|---|---|
| 会社に申請し、新しい経路が認められる | 新しい経路の運賃を基準に支給される | 一時的な措置とするか、見直しの時期を決めておく |
| 申請したが、差額は認められない | 元の経路の額のまま支給される | 差額は自己負担になるが、新しい経路を届け出ておく意味はある |
| 申請せずに経路を変える | 元の経路の額で支給が続く | 安い経路に変えた場合は過払いとなり、返還を求められることがある |
差額が月に数百円から数千円程度であれば、自己負担を選ぶ方もいます。その場合でも、新しい経路を会社に届け出ておくことには、後で述べる過払いや労災の問題を避けるという別の意味があります。
税金と社会保険料への影響
電車やバスで通勤する場合、通勤手当は「最も経済的かつ合理的な経路及び方法」による金額について、1か月15万円まで所得税がかからない扱いになっています。安全上の理由で選んだ遠回りの経路の運賃が、この非課税の範囲に含まれるかどうかは、会社の給与担当が判断することになり、含まれないとされた部分は給与として課税されることがあります。
また、通勤手当は社会保険料を計算する際の報酬に含まれるため、手当が増えると保険料が変わる場合があります。金額が大きく変わる場合は、給与担当者に確認しておくと安心です。
届け出ずに経路を変えることのリスク
会社に事情を話したくないあまり、届け出ないまま経路を変えてしまう方もいます。気持ちとしては自然なことですが、次の2つの点に注意が必要です。
安い経路に変えると、過払いになる
新しい経路のほうが運賃が安い場合、届け出ないまま元の経路の手当を受け取り続けると、差額を受け取りすぎている状態になります。会社から差額の返還を求められることがあり(民法703条)、規程によっては懲戒の対象として扱われるおそれもあります。安全のために変えた経路が、思わぬ形で問題を生まないよう、運賃が下がる場合こそ早めに届け出ておくことが大切です。
通勤中のけがと労災
通勤中の事故によるけがは、労災保険の通勤災害として補償を受けられることがあります。労災保険法の「通勤」は、住居と就業の場所との間を、合理的な経路及び方法により移動することとされています(労働者災害補償保険法7条2項)。
会社に届け出た経路と違うというだけで、直ちに通勤災害の対象外になるわけではありません。ただ、届け出ていない遠回りの経路では、その経路が合理的といえるかを後から説明しなければならない場面が出てきます。新しい経路を届け出て会社に把握してもらっておけば、万一のときに、その経路を使っていた理由を示しやすくなります。
会社への頼み方
経路の変更は、通常の手続の延長として申し出ることができます。被害の経緯をすべて話す必要はありません。
申請書の理由欄に何を書くか
会社の書式に理由欄がある場合、「防犯上の理由」「安全上の事情による」といった簡潔な記載で受け付けられることもあります。差額の負担や特別な扱いを求める場合は、人事担当者や直属の上司など、話す相手を一人か二人に絞ったうえで、次のような点を伝えると検討してもらいやすくなります。
- 元の経路のどこで、どのような被害や不安があるか。
- 新しく使いたい経路と、それを選んだ理由。
- 警察への相談の有無と、警告や禁止命令が出ているかどうか。
- 差額の負担について、会社に検討してほしいこと。
- 社内で事情を共有してよい範囲。
警察で警告や禁止命令が出ている場合は、警察に援助を申し出ると、その実施を明らかにする書面(行政措置実施証明書)の交付を受けられます(ストーカー規制法施行規則16条7号)。会社に事情の深刻さを示す資料として使えることがあります。会社にどこまで話すかの考え方は、【ストーカートラブル】ストーカー被害を会社に伝えるとき、どこまで話せばいい?で整理しています。
期間と見直しの時期を決めておく
経路の変更や差額の負担は、一時的な措置として始まることが多くあります。いつまで続けるのか、どの時点で見直すのかを最初に話し合っておくと、会社も応じやすくなります。口頭で相談した場合も、後からメールなどで要点を送り、会社の回答とあわせて記録に残しておくと、行き違いを防げます。
経路を変えるだけでは足りない場面
通勤経路の変更は、相手と出会う機会を減らすための手段であり、相手の行為そのものを止めるものではありません。
新しい経路を知られないために
経路を変えても、毎日同じ時刻に同じ駅を使っていれば、新しい経路を把握されるおそれがあります。乗る駅や車両、出発時刻を日によって変える、交通系ICカードや乗換えアプリの履歴、位置情報を共有する設定を見直す、SNSに駅や周辺の写真を載せない、といった工夫が考えられます。スマートフォンから居場所が伝わる経路については【ストーカートラブル】スマホや共有サービスから居場所が漏れている|位置情報以外の経路を止めるで説明しています。
経路以外の手段も組み合わせる
経路を変えるだけで不安が残る場合は、時差出勤や在宅勤務の併用、帰りだけタクシーを使う、同僚と一緒に退勤する、といった方法を会社と相談する余地があります。車や自転車での通勤に切り替える場合は、会社の許可や保険の加入が条件になっていることが多いため、規程を確認してから申し出てください。駅からの帰り道に不安を感じている方は、【ストーカートラブル】夜道でつけられている気がする|警察に相談してよい段階かもあわせてご覧ください。
相手の行為を止めるには、警察への相談や、警告・禁止命令の手続を並行して検討することになります。手続の流れは【ストーカートラブル】禁止命令を出してもらうには|申出の方法と出るまでの期間で解説しています。
増えた交通費は、相手に請求できるか
つきまといによって通勤経路を変えざるを得なくなり、交通費が増えた場合、その負担は相手に損害賠償を求める際の検討対象になることがあります(民法709条)。認められるかどうか、どこまでが相手の行為によるものといえるかは事案によって異なりますが、変更前後の運賃、定期券の領収書、ICカードの利用履歴、タクシーの領収書などを残しておくと、後の請求の材料になります。請求できる項目の考え方は【ストーカートラブル】ストーカー被害の慰謝料|請求できる項目と組み立てをご覧ください。
よくあるご質問
すでに届け出ずに経路を変えてしまいました。どうすればよいですか。
気づいた時点で、新しい経路を会社に届け出ることをおすすめします。運賃が下がっていた場合は、差額の精算について会社と話し合うことになりますが、自分から申し出たほうが、後から発覚する場合に比べて話を整理しやすくなります。
ストーカー被害のことは伏せて、経路の変更だけを申請できますか。
経路の変更を申請すること自体は、理由を詳しく説明しなくてもできる場合が多くあります。ただ、差額の負担や時差出勤など、通常とは異なる扱いを求める場合は、会社として判断の材料が必要になるため、必要な範囲で事情を伝えることになります。
帰りのタクシー代を会社に負担してもらうことはできますか。
会社に負担の義務があるわけではありませんが、危険の程度によっては、一定期間に限って負担を検討してもらえることもあります。会社が負担しない場合も、領収書は保管しておいてください。相手に損害賠償を求める際の検討材料になることがあります。
まとめ
- ストーカー被害を理由に、通勤経路と交通費の変更を会社に申し出ることはできますが、差額を会社が負担するかどうかは規程と会社の判断によります。
- 会社には従業員の安全への配慮が求められ(労働契約法5条)、勤務先は被害者への援助に努める立場とされています(ストーカー規制法9条3項)。
- 経路を変える前に、就業規則や賃金規程の通勤手当の定めを確認しておくと、話がかみ合いやすくなります。
- 届け出ずに安い経路へ変えると過払いになり、返還を求められることがあります(民法703条)。
- 通勤災害は合理的な経路による移動が対象とされており(労働者災害補償保険法7条2項)、新しい経路を届け出ておくと説明しやすくなります。
- 警告や禁止命令が出ていれば、行政措置実施証明書を会社への説明に使えることがあります(ストーカー規制法施行規則16条7号)。
- 増えた交通費は、相手に損害賠償を求める際の検討対象になることがあるため、領収書や利用履歴を残しておきます(民法709条)。
通勤経路の変更は、毎日の安全を確保するための身近な手段ですが、会社の手続や費用の負担、相手の行為を止める手続と組み合わせて考えることで、効果を発揮しやすくなります。会社への伝え方や手続の順序に迷うときは、早めにご相談ください。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


