判決に納得できない場合|控訴を検討する際の判断材料
示談の話がまとまりかけたとき、多くの方が気にするのは金額です。しかし、支払いを終えた後に本当に静かになるかどうかを左右するのは、金額そのものよりも「今後の連絡について何が書かれているか」です。ここが空欄のまま署名すると、支払いが済んでいるのに店からの着信が続いたり、別の担当者を名乗る人から連絡が来たりする状態が残ることがあります。
この記事では、性風俗の利用をめぐるトラブルを示談で終わらせる場面を想定して、示談書に入れる「接触禁止条項」の組み立て方を整理します。書き方といっても、決まった雛形を埋めれば足りるというものではありません。誰の、どの行為を、いつまで、どんな例外つきで止めるのか。この四つを一つずつ決めていく作業だと考えてください。
この記事で扱わないこと
先に射程をはっきりさせておきます。以下は本記事では触れず、それぞれ別の記事で扱います。
- 請求されている金額が妥当かどうかの判断。
- 支払方法や分割払いの取り決め方。
- 口外禁止条項(秘密保持条項)の効き方と、破られたときの対応。
- 清算条項でどこまで終わるのかという射程の問題。
- 刑事手続がすでに動いている場合の見通しや、個別の処分の予測。
もう一つ、先にお伝えしておきたいことがあります。接触禁止条項は、あくまで当事者どうしの約束です。警察や検察からの連絡、裁判所からの書類の送達といった公の手続を止める効果はありません。「条項を入れておけば何も届かなくなる」という理解で署名すると、後で落胆することになります。
接触禁止条項とは何か
法律で決まった型があるわけではない
接触禁止条項とは、示談書や合意書のなかで「特定の相手に対して、連絡や面会などをしない」と約束する条項のことです。連絡禁止条項、誓約条項などと呼ばれることもあります。
注意したいのは、何を禁止するかが法律で決まっているわけではないという点です。禁止される範囲は、当事者が話し合って合意した内容そのものです。逆にいえば、書いていない行為は禁止されていませんし、書いてしまった行為は自分にも跳ね返ってきます。雛形をそのまま写すのではなく、自分のケースに合う形にする必要があるのはこのためです。
示談でしか作れない条項である
示談は、法律上は和解契約にあたります(民法695条)。当事者が互いに譲り合って争いをやめる約束であり、その中身は合意によって決まります。
接触禁止条項は、この「合意によって決まる」という性質が特にはっきり出る条項です。仮に裁判になって判決で決着した場合、裁判官が判決文に「今後連絡してはならない」と書いてくれるわけではありません。相手からの連絡を止めるという結果は、示談という話し合いの場だからこそ取り決められるものだと考えておくとよいでしょう。
効力が生じるのは署名した時点から
条項の効力は、双方が合意して署名押印した時点から先に向かって働きます。署名前にやり取りがあったことを後から違反だと言われる筋合いはありませんし、逆に、署名前の連絡を止める効果もありません。
トラブル発生から示談成立までの間に連絡が続いてつらいという場合、その部分は条項ではなく、代理人を立てて窓口を移すという別の方法で対処することになります。
まず決めるのは「誰の、どの連絡を止めたいのか」
接触禁止条項の解説の多くは、慰謝料を請求する側が相手方を縛る条項として書かれています。しかし、風俗トラブルで請求を受けている側にとって、いちばん切実なのは自分のところに連絡が来なくなることです。ここが食い違ったまま相手方の用意した書面に署名すると、自分だけが義務を負い、相手からの連絡は止まらないという状態になりかねません。
止めたい連絡を、方向ごとに分けて考えてみてください。
| 止めたい連絡の向き | 条項に義務者として書く相手 | 書き漏らしたときに起きやすいこと |
|---|---|---|
| 店から自分への電話・メール | 店(運営会社) | 支払後も担当者から連絡が続く |
| 従業員本人から自分への連絡 | 従業員本人 | 本人のSNSアカウントから接触される |
| 自分から相手への連絡 | 自分 | 相手が不安を理由に合意に応じない |
| 自分の来店・指名 | 自分 | 系列店に行って蒸し返しの原因になる |
この四つは別々の約束です。ひとつの条項にまとめて書くこともできますが、まとめて書く場合でも「甲及び乙は、相手方に対し」というように双方が義務を負う形(相互義務)になっているかを確かめてください。店側が用意する書面は、客の側だけが義務を負う片面的な形になっていることが少なくありません。
誰を当事者にするか
風俗トラブルでは、相手方が一人ではないことがよくあります。店を運営する会社、店長や責任者といった個人、そして従業員本人。この三者は法律上は別の主体です。
条項の効力が及ぶのは、その書面に署名した当事者の間だけです。店の運営会社とだけ示談書を作った場合、従業員本人が個人的にSNSで連絡してくることを、その書面で止めることはできません。逆に、本人とだけ合意しても、店からの請求や連絡は止まりません。
どこまでを当事者に含めるかは、実際には交渉の中で決まります。本人が表に出てこないケースでは、店を通じてしか合意できないこともあるでしょう。その場合でも、店が本人を代理する権限を持っているのか、本人の意思を反映した合意なのかを確認しておくことには意味があります。権限のない人と交わした約束は、本人には効力が及ばないのが原則だからです。なお、店の従業員が報酬を得る目的で示談交渉そのものを代行することには、弁護士法との関係で問題が生じる場合があります。
止める行為を具体的に書く
「今後一切接触しない」とだけ書かれた条項は、一見すると強力に見えますが、何が違反にあたるのかがはっきりしません。後から「これは接触にあたるのか」と揉める余地を残します。
風俗トラブルの場面では、次のような項目を具体的に挙げておくことが考えられます。
- 電話、SMS、メール、LINEその他のメッセージアプリによる連絡。
- SNSでの連絡、フォロー、投稿への反応、ダイレクトメッセージ。
- 店舗への来店、その店および系列店における指名や予約。
- 予約サイト・口コミサイトへの投稿や、相手を特定できる書き込み。
- 自宅、勤務先、通学先など、生活の場への訪問や待ち伏せ。
- 第三者を介した連絡(知人に頼んで伝言する、他の従業員を通じて連絡するなど)。
このうち「来店」「指名」「予約サイトへの投稿」は、風俗トラブルに特有の項目です。そして、これらは基本的に自分の側の行動を制約する内容である点に注意してください。接触禁止条項は相手を縛る道具だと思って読み進めていると、実は自分が「もうその系列の店には行かない」と約束していた、ということが起こります。
行けなくなって困る店なのかどうかは、署名する前に一度考えておいたほうがよい論点です。
例外を先に決めておく
禁止範囲を決めたら、次は例外です。例外を書かないまま「いかなる理由があっても連絡しない」と約束すると、必要な連絡までが形式的には違反になってしまいます。
連絡が必要になる場面はある
典型的なのは次のような場面です。
- 分割払いにした場合の、入金の連絡や口座変更の通知。
- 店に忘れ物をした場合の受け渡し。
- 捜査機関や裁判所の手続の中で、事実の確認が必要になった場合。
- 示談書の記載に誤りが見つかり、訂正が必要になった場合。
こうした場面に備えて、「本件示談に関して必要な連絡は、双方の代理人を通じて行う」といった形で、連絡してよい経路を一本だけ残しておく書き方が実務ではよく使われます。すべての連絡を断つのではなく、窓口を一つに絞るという発想です。
偶然の遭遇まで禁止しない
もう一つ大切なのが、自分の意思では避けられない事態を禁止対象に含めないことです。相手から一方的に連絡が来た場合、街や施設でたまたま居合わせた場合まで違反とされる条項は、守りようがありません。
この点は、裁判の場でも意識されています。禁止の範囲を広げすぎた条項について、回避できない事態にまで責任を負わせるものだとして、その合理性が問われた例があります。条項を設計するときは、自分の意思で能動的に行う連絡や接触を禁止の対象とし、受動的・偶発的な事態は除く、という線の引き方が現実的です。
期間をどう決めるか
接触禁止条項に期間を書かなければ、期限のない約束として読まれるのが通常です。相手からの連絡を止めたい側にとっては期限がないほうが安心に見えますが、自分も同じ義務を負っている以上、無期限の約束は自分の側にも一生ついて回ります。
期間の決め方には、おおむね次の考え方があります。
- 期限を定めない。関係を完全に断ちたい場合に選ばれる。
- 支払いが完了するまでとする。金銭の清算が主眼の事案に合う。
- 一定の年数で区切る。生活圏が重なるなど、無期限では現実的でない場合に検討する。
どれが適切かは、相手方との距離や事案の内容によって変わります。無期限にするかどうかは、相手を縛る効果と、自分が縛られる期間を同時に見比べて決めることになります。
違反したらどうなるかを書いておく
違約金の定めの位置づけ
違反した場合に一定額を支払うと決めておく条項を、違約金条項といいます。違約金は、法律上は損害賠償額をあらかじめ決めておいたもの(賠償額の予定)と推定されます(民法420条3項)。
この定めがあると、違反があったときに「いくらの損害が出たか」を細かく立証しなくても、決めておいた額を請求しやすくなります。裏を返せば、自分が違反した側になったときには、その額を請求される立場になるということでもあります。
高く設定すれば強いとは限らない
違約金は高いほど抑止力が働くと考えられがちですが、そうとは限りません。裁判所は、その違反によって実際にどの程度の不利益が生じるのかを見て、金額の合理性を判断します。連絡を取っただけの違反に対して不釣り合いに高額な違約金が定められていた事案で、その一部が公序良俗に反するとして効力を否定された例もあります(民法90条)。
また、かつては違約金の額を裁判所が増減できないという規定がありましたが、この部分は法改正によって削除されています。過大な違約金は争われる余地があるという前提で読んだほうが実態に合います。
「一回」の数え方を決めておく
「違反一回につき◯万円」という書き方をする場合、何をもって一回と数えるのかが後で争いになります。メッセージ一通を一回と数えるのか、一日のやり取りをまとめて一回と数えるのか。実際にこの点が正面から争われ、裁判所が数え方を整理した事案もあります。
金額を決めるのと同じくらい、数え方を書いておくことに意味があります。
書いても実現しにくいこともある
接触禁止条項は「何かをしない」という約束です。この種の義務は、公正証書にしても、それだけで直ちに強制執行ができるわけではありません。強制執行に直結するのは、金銭の支払いのような義務に限られています。
だからこそ、違反があったときに動かせる形にするために、違約金という金銭の約束に置き換えておく設計が用いられます。ただしその場合でも、違反があったことを主張する側が、その事実を示す必要があるという点は変わりません。着信履歴やメッセージの画面といった記録を残しておく意味は、ここにあります。
広く書くほど有利、とは限らない
最後に、条項を作るときにいちばん見落とされやすい点を挙げます。禁止範囲を広くすればするほど自分が守られる、という発想は、示談書では通用しにくいということです。理由は三つあります。
- 範囲が広すぎる合意は、その効力自体が争われることがある。交際や接触を広く禁じ、あわせて高額な違約金を定めた合意について、範囲の広さと金額の重さを理由に効力が否定された例もある。
- 守りようのない内容を含めると、条項全体の説得力が下がる。相手から一方的に来た連絡まで違反とされる条項は、現実には機能しにくい。
- 広く書けば、その分だけ自分も広く縛られる。相互義務にする以上、書いた内容は自分にも返ってくる。
「関係を断つ」という目的からみて必要な範囲を、具体的に、実行できる形で書く。遠回りに見えますが、これが後から揉めにくい条項になります。
この条項では止まらない連絡
接触禁止条項を入れても、次のような連絡は止まりません。署名する前に、この線引きを理解しておいてください。
- 捜査機関からの連絡や呼び出し。示談は当事者間の民事の約束であり、捜査を止める効果はない。
- 裁判所からの書類。手続が動いていれば、示談書の有無にかかわらず送達される。
- 署名していない第三者からの連絡。他の従業員や元従業員、無関係の第三者は条項に拘束されない。
- 債権が第三者に譲渡された場合の、譲受人からの連絡。
- 噂や伝聞という形で情報が伝わる経路。人の記憶までは合意で消せない。
特に一つ目は誤解が多いところです。示談が成立していることが処分の判断において考慮されることはありますが、それは「連絡が来なくなる」という話とは別の問題です。
署名する前に確認したいこと
実際に書面を前にしたときの確認手順を挙げておきます。
- 義務者が誰になっているか。自分だけが義務を負う形になっていないか。
- 相手方として誰が署名するか。会社なのか、責任者個人なのか、本人も含まれるのか。
- 禁止される行為が具体的に書かれているか。「一切の接触」だけで終わっていないか。
- 例外が書かれているか。支払いの連絡や手続上必要な連絡ができる経路が残っているか。
- 期間が書かれているか。無期限でよいか、自分の側の負担として許容できるか。
- 違反時の定めがあるか。金額と、回数の数え方が書かれているか。
- 自分が守れる内容か。来店や指名の禁止まで含まれていないか、含まれているとして問題ないか。
その場で署名を求められても、いったん持ち帰って読み直す時間を取ってかまいません。署名した後に「そういうつもりではなかった」と主張することは、簡単ではないからです。
よくある質問
相手の示談書に接触禁止条項がありません。こちらから提案してもよいのでしょうか
提案できます。接触禁止条項は双方の合意がなければ入りませんが、それは裏返せば、こちらから求めることもできるということです。
連絡が止まることを重視するのであれば、この条項を交渉のテーブルに載せる意味は小さくありません。実務上は、こちらが今後一切関わらないと約束することが、条件面の話し合いを前に進める材料になる場面もあります。
「一切連絡しない」と書いた後で、振込の連絡をしたら違反になりますか
文言次第です。例外が書かれていなければ、形式的には違反にあたると読まれる余地が残ります。
だからこそ、条項を作る段階で例外を決めておくことが大切です。すでに署名してしまっている場合は、連絡の必要が生じた時点で、代理人を通じて連絡するなど、経路を工夫することを検討してください。
違反したと言われて追加の請求が来ました。すぐ払うべきでしょうか
まず、条項に書かれた内容と、指摘されている行為が本当に対応しているかを確認してください。禁止の対象に含まれていない行為であれば、違反にはなりません。
次に、違約金の額が、その違反の内容と釣り合っているかという点も検討の対象になります。書面を持って相談したほうがよい典型的な場面です。
相手が条項を守らず連絡してきます
まず記録を残してください。着信の履歴、メッセージの画面、日時のわかる形の保存が基本です。
そのうえで、条項が相互義務になっているか、相手が署名した当事者かを確認します。合意によらずに接近や連絡をやめさせる方法として、裁判所の手続を使う道もありますが、これは別に検討すべき手続です。
弁護士に相談する意味
接触禁止条項は、書き方ひとつで、守ってくれる約束にも、自分を縛る約束にもなります。しかも、いったん署名した後に内容を変えることは容易ではありません。
弁護士に相談することの実質的な意味は、次の三つに整理できます。一つ目は、相手が用意した書面のどこが片面的になっているかを指摘し、修正案を出せること。二つ目は、条項を作る場面で、こちらの窓口を代理人に移せること。相手からの連絡が代理人宛てになるだけで、日常の負担はかなり変わります。三つ目は、金額や条件との組み合わせで、どこを譲ってどこを取るかを判断できることです。
当事務所では、性風俗の利用に関わるご相談も、内容を他に伝えることなくお伺いしています。書面を受け取った段階、署名を求められている段階のいずれでもご相談いただけます。
まとめ
- 接触禁止条項は法律で型が決まっておらず、書いた範囲でだけ効力を持つ。
- 判決では作れず、示談という話し合いの中でしか取り決められない条項である。
- 請求を受けている側の目的は「自分への連絡が止まること」であり、片面的な条項では達成できない。
- 相手方は運営会社・責任者個人・従業員本人に分かれることがあり、署名していない人には効力が及ばない。
- 禁止する行為は具体的に列挙する。風俗トラブルでは来店や指名も対象になり得る。
- 来店や指名の禁止は、自分の側の行動を制約する内容である点に注意する。
- 支払いの連絡や手続上必要な連絡ができるよう、例外と窓口を残しておく。
- 自分の意思で避けられない偶発的な事態まで禁止対象にしない。
- 違約金は賠償額の予定と推定される。過大な額は争われる余地があり、回数の数え方も決めておく。
- 捜査機関からの連絡、裁判所からの書類、署名していない第三者からの連絡は、この条項では止まらない。


