【不貞慰謝料】どこの裁判所になるのか|管轄の基本
結婚に合わせて仕事を辞めたあとに婚約を破棄されると、気持ちの痛手に加えて、収入が途絶えたという現実の問題が残ります。「相手の希望で退職したのに」「遠方に引っ越すために辞めたのに」という場合、失った収入を相手に負担してもらえるのかは、多くの方が最初に気にされる点です。
この記事では、婚約中の退職による損失が婚約破棄の賠償に含まれるのか、含まれるとしたらどのように考えられているのかを、請求する側・請求された側の双方の視点から整理します。
本記事は、2026年10月時点の法令と、裁判例・実務の一般的な傾向をもとにした解説です。婚約の成立や破棄の理由、退職の経緯によって結論は大きく変わりますので、個別の判断は弁護士にご相談ください。
退職による損失は、賠償の対象に含まれる余地がある
正当な理由のない婚約破棄では、破棄した側に、精神的な苦痛に対する慰謝料のほか、結婚に向けて支出した費用などの財産的損害の賠償が問題になります。法的には、婚約という約束を守らなかった責任(民法415条)や、不法行為の責任(民法709条)として整理されます。
財産的損害として典型的なのは、結婚式場のキャンセル料、新居の初期費用、新婚旅行のキャンセル料などです。そして、結婚のために仕事を辞めたことで得られなくなった収入も、いわゆる逸失利益(本来得られたはずの利益)として、賠償の対象に含める考え方があります。
ただし、退職の損失は、式場のキャンセル料のように金額がはっきりしている出費とは性質が異なります。「辞めなければいくら稼げたのか」「いつまで影響が続いたといえるのか」という見込みの問題を含むため、認められ方には幅があり、請求額がそのまま認められるとは限りません。
請求の前提となる3つの条件
婚約が成立していたこと
まず、婚約が成立していたことが前提になります。婚約は口約束でも成立し得ますが、相手が「婚約していない」と争う場合には、両家へのあいさつ、婚約指輪の授受、式場の予約、周囲への報告といった事情から、結婚の合意があったことを示す必要があります。交際していただけと判断されると、退職の損失を相手に求めることは難しくなります。
婚約破棄に正当な理由がないこと
次に、破棄に正当な理由がないことが必要です。請求する側に暴力や不貞、重大な事実の隠し事など、婚約を続けられない原因があった場合は、賠償が否定されたり、減らされたりすることがあります。どちらが先に「やめたい」と言ったかという形式よりも、実質的にどちらに解消の原因があったかが見られます。
退職が結婚のためのものだったこと
3つ目が、退職と婚約との結びつきです。逸失利益として請求するには、結婚するために辞めたといえる関係が必要です。もともと転職を考えていた、職場の人間関係が理由で辞めた、といった事情があると、婚約破棄による損害とは評価されにくくなります。
「退職の損失」はどのように計算されるのか
逸失利益の考え方は、退職しなかった場合に得られたはずの収入と、実際に得た収入との差額を出発点にします。一般には、退職前1年程度の給与・賞与などを基準にし、実際に得た収入には、その後の勤務先からの給与や受け取った失業給付が含まれます。
| 項目 | 考え方の目安 |
|---|---|
| 本来得られた収入 | 退職前1年程度の給与・賞与・手当をもとに見込む |
| 実際に得た収入 | 再就職先の給与、受給した失業給付などを含める |
| 対象となる期間 | 次の仕事に就くまでに通常必要な期間を個別に判断する |
| 差し引きの結果 | 上記の差額が逸失利益の候補になる |
対象となる期間について、過去の裁判例の解説では、1年から2年程度の収入差を目安とする例が紹介されることがあります。たとえば、婚約後に退職した女性がその1年後に正社員として再就職した事案で、1年分の収入の減少を損害として認めた裁判例(徳島地裁昭和57年6月21日)があります。
一方で、近年は雇用の流動化が進み、次の仕事に就くかどうかは本人の選択による部分も大きいとして、逸失利益としては認めず、慰謝料の額を決める際の事情として考慮するにとどめる例もあると指摘されています。退職の損失を独立した項目として請求しても、最終的には慰謝料の中で評価される、という着地もあり得ることを念頭に置いておくとよいでしょう。
認められやすさを左右する事情
退職の損失がどの程度考慮されるかは、次のような事情によって変わります。
- 相手から退職を求められた、または相手の住む地域へ転居するために辞めざるを得なかったか。
- 退職したのが婚約の成立後で、結婚の時期や新生活の準備が具体的に進んでいたか。
- 相手が退職の事実やその理由を知っていたか。
- 退職前の仕事が正社員などで、続けていれば安定した収入が見込めたか。
- 年齢や職歴、地域の求人状況からみて、再就職にどの程度の期間がかかるといえるか。
- 婚約破棄の後、再就職に向けて活動していたか。
特に、相手が「結婚したら仕事を辞めてほしい」と求めていた場合や、遠方での新生活のために退職した場合は、退職と婚約との結びつきが説明しやすくなります。反対に、退職を自分だけで決め、相手に相談していなかった場合や、婚約が具体化する前に辞めていた場合は、相手に負担を求める理由が弱くなります。
婚約の解消に正当な理由があった場合や、合意で解消した場合
婚約の解消に正当な理由がある場合や、話し合いのうえ双方の合意で解消した場合は、慰謝料が否定されることがあります。それでも、結婚式場のキャンセル料など、二人の結婚に向けて共同で支出した費用については、収入などに応じて分担すべきとする考え方があり、双方に相応の収入がある事案で折半としたものもあります(東京地裁平成28年12月7日)。
これに対し、退職の損失は、本人の仕事に関する個人的な事情という面が強いため、正当な理由のある解消や合意による解消の場面で相手に負担を求めることは、一般に難しくなります。もっとも、相手の強い求めで退職したなどの事情があれば、解消の条件を話し合う際に考慮を求めることは考えられます。
請求された側として確認しておきたいこと
反対に、婚約を解消した相手から「退職した分の給料を払ってほしい」と求められている方もいらっしゃいます。慰謝料とあわせて、1年分や2年分の収入をまとめて請求されると、金額の大きさに戸惑うことも少なくありません。
請求を受けた場合は、すぐに支払いや減額の約束をするのではなく、次の点を確かめることが大切です。
- そもそも婚約が成立していたといえるか。
- 解消の原因がどちらにあったか。
- 退職が結婚のためのものだったか、本人の事情によるものだったか。
- 退職の時期が婚約の前か後か。
- 請求されている期間や金額の根拠が示されているか。
- 失業給付や再就職後の収入が差し引かれているか。
これらを一つずつ確かめると、請求額のうち根拠の乏しい部分が見えてくることがあります。相手と直接やり取りを続けると感情的な対立が深まりやすいため、早めに弁護士を窓口にすることも一つの方法です。
請求する前に整理しておきたい記録
退職の損失を請求するときは、「婚約していたこと」「結婚のために辞めたこと」「どれだけ収入が減ったか」を、記録で裏付けられるかが重要になります。
- 婚約指輪の購入記録、式場の予約書類、両家顔合わせの日程が分かるやり取り。
- 退職を求められた、または退職を相談したことが分かるLINEやメールなどのメッセージ。
- 退職届の控えや退職証明書など、退職の時期と理由が分かる書類。
- 退職前の源泉徴収票や給与明細。
- 失業給付の受給記録や再就職先の雇用条件が分かる書類。
- 求人への応募や面接など、再就職に向けた活動の記録。
- 転居のために支出した引っ越し費用などの領収書。
特に、相手とのメッセージは削除されたり機種変更で失われたりしやすいため、早めにスクリーンショットなどで保存しておくと安心です。
請求の進め方と期限
請求は、まず相手との話し合いから始めるのが一般的です。話し合いで折り合わない場合は、内容証明郵便で請求の内容を伝えたり、家庭裁判所の調停を利用したりすることが考えられ、それでもまとまらなければ訴訟で判断を求めることになります。
請求には期限がある点にも注意が必要です。不法行為として請求する場合は、損害と相手を知った時から原則3年、婚約上の約束を守らなかった責任として請求する場合は、権利を行使できることを知った時から原則5年で時効を迎えます。どちらの構成で考えるかによって期限が変わるため、時間がたっている場合は早めに確認しておくことをおすすめします。
よくあるご質問
婚約前に退職していた場合も請求できますか
婚約が成立する前に退職していた場合、退職と婚約破棄との結びつきを示すことは難しくなります。ただし、結婚の話が具体的に進んでいて、そのために退職したといえる事情があれば、慰謝料の額を考える際の事情として主張する余地はあります。
自分から退職を申し出た場合はどうなりますか
自分から申し出た場合でも、遠方への転居など結婚のために辞めることが避けられない状況だったのであれば、結婚のための退職と評価される可能性があります。相手が退職を知りながら結婚の準備を進めていたかどうかも、判断の材料になります。
すでに再就職した場合は請求できませんか
再就職した場合でも、退職から再就職までの期間に収入が減っていれば、その差額が問題になり得ます。再就職先の給与が以前より低い場合も、どの期間まで考慮されるかは事案によって異なります。
引っ越しにかかった費用も請求できますか
結婚後の生活のために転居した費用は、結婚に向けた支出として、財産的損害に含めて考えられることがあります。退職の損失とあわせて、何にいくら支出したかを領収書などで整理しておくとよいでしょう。
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婚約中の退職による損失は、婚約の成立、破棄の理由、退職の経緯という複数の事情が重なって判断されるため、同じように仕事を辞めた場合でも結論が分かれます。請求する側であれば記録をそろえて根拠を示すこと、請求された側であれば金額の根拠を一つずつ確かめることが、話し合いを落ち着いて進める土台になります。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
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