婚約を一方的に破棄された|慰謝料を請求できるケース・できないケース
婚約が解消されたとき、当事者の間で最後まで残りやすいのが「渡したお金をどうするか」という問題です。結納金、婚約指輪、新居の費用、家電の購入代金——結婚するという前提があったからこそ動いたお金は、その前提がなくなった以上、当然に戻ってくるようにも思えます。
しかし実際には、「返してもらえる場合」と「返してもらえない場合」があり、その分かれ目は何の目的で渡したお金なのかと婚約解消の原因がどちら側にあるのかの2点にあります。ここを取り違えたまま請求すると、話し合いが感情的にこじれ、かえって解決が遠のくことも少なくありません。
この記事では、結納金をはじめとする「結婚を前提に渡したお金」の返還請求について、法律上の考え方と実務上の注意点を、請求する側・請求される側の双方の視点から整理します。
1. 結納金・婚約指輪は、なぜ「返すのが原則」とされるのか
「ただの贈り物」ではないと考えられている
結納金は、婚約が成立したことを確かめ合い、あわせて結婚後の両家の関係を円満にする趣旨で授受される、日本の慣行に基づく金銭です。婚約指輪も同様に、婚約の証として渡されます。
法律上、これらを渡す行為は贈与にあたりますが、単なる無償の贈り物ではなく、「将来結婚すること」を目的・条件とした贈与と理解されています。大正期の大審院判決以来、結納は「他日婚姻が成立することを予想して授受される一種の贈与」であり、婚姻が成立しなかった場合には給付の目的を達することができないため、受け取った側がこれを手元に置いておく法律上の原因を欠く、という考え方が示されてきました。
法律構成は「不当利得」
したがって、婚約が解消されて結婚に至らなかった場合、受け取った側は法律上の原因なく利益を保持していることになり、渡した側は**不当利得の返還請求(民法703条)**として返還を求めることができる、というのが基本的な整理です。
なお、婚姻届が出されていなくても、事実上の夫婦としての生活が始まっていた場合には、結納の目的は一応達せられたと評価され、返還の問題は生じにくいと考えられています。「入籍したかどうか」だけで機械的に決まるわけではない、という点は押さえておくとよいでしょう。
双方の合意で解消した場合
どちらかに落ち度があるわけではなく、話し合いのうえで婚約を解消した場合は、結婚という前提が失われたことに変わりはありませんので、原則として返還の対象になると考えられています。
2. 返還請求が認められにくくなる場合
原則は返還ですが、これには重要な例外があります。渡した側自身が婚約解消の原因をつくっている場合です。
渡した側に原因がある場合
自ら婚約を壊しておきながら、渡した金銭だけは返せと求めるのは、信義誠実の原則(民法1条2項)や権利濫用の考え方に照らして認められない——これが裁判例の基本的な立場です。
大阪地方裁判所昭和41年1月18日の裁判例は、破約の原因がもっぱら結納を交付した側にある事案について、破約に対する制裁として、その側は結納の返還を請求する権利を有しないとすることが信義誠実の原則等に照らして当事者の意思に合致するという趣旨を述べています。同様の判断をした事例は複数あります。
たとえば、渡した側の不貞、暴力、重大な事実の秘匿などが解消の直接の原因になっているようなケースでは、返還請求は通りにくくなります。
双方に原因がある場合は「責任の重さ」で判断される
現実の婚約解消は、どちらか一方だけが100%悪いという形になることのほうが少ないかもしれません。
この点について、福岡地方裁判所小倉支部昭和48年2月26日の裁判例は、双方に婚約解消についての責任がある場合には、信義則ないし権利濫用の法理から、渡した側の責任が受け取った側の責任より重くないときに限って返還を認め、より重いときは返還を請求できないという趣旨の判断を示しています。ここでいう責任は、必ずしも法律上の債務不履行や不法行為にあたる責任に限られず、道義的・倫理的な責任を含むものとされています。
つまり、「相手にも非があったのだから返してもらえるはずだ」と単純には言えず、どちらの落ち度がより重いかという比較が結論を左右します。この評価は事案ごとに分かれるところで、当事者同士の話し合いで折り合いがつきにくい典型的な論点です。
3. 結納金以外の「結婚を前提に渡したお金」はどう扱われるか
相談の現場でより多いのは、正式な結納ではなく、次のような形で動いたお金です。目的によって扱いが変わります。
結婚資金・新居費用として渡したお金
「新居の敷金礼金に充ててほしい」「家具・家電を揃えるために」といった形で、結婚準備という目的を明示して渡した金銭は、結納金と近い性質をもつものとして、返還が問題になりうる類型です。もっとも、結納のような確立した慣行がない分、「何のために渡したのか」が争点になりやすく、渡した側がその目的と金額を客観的に示せるかどうかが実務上の分かれ目になります。
振込の記録、やり取りしたメッセージ、見積書や領収書などが手元にあるかどうかで、見通しは大きく変わります。
デート代・プレゼント・日常的な生活費の援助
これらは、結婚を前提としていたとしても、その都度渡し切り・使い切りの贈与と評価されるのが原則です。すでに履行が終わった贈与は、後から一方的に解除して取り戻すことが難しく(民法549条、550条)、婚約解消を理由に返還を求めるのはハードルが高くなります。
「貸した」お金
返す約束をして渡したのであれば、そもそも贈与ではなく金銭消費貸借(民法587条)の問題です。借用書がなくても契約自体は成立しますが、「貸したこと」を証明する責任は貸した側にあります。
そもそも婚約が成立していなかった場合
「結婚しようね」という会話はあったものの、両家の顔合わせも指輪も式場の予約もない——こうしたケースでは、そもそも婚約の成立自体が争われます。婚約が成立していなければ、「結婚を目的とした贈与だった」という主張の土台が弱くなり、通常の贈与として扱われる可能性が高まります。
4. 実務でつまずきやすい3つの論点
実際の交渉では次の3点が結論を左右します。
① 誰が誰に請求するのか
結納は、本来は両家の間で取り交わされる儀礼という位置づけです。そのため、「親が出したお金を、子が相手方本人に請求できるのか」「相手の親に請求できるのか」が問題になることがあります。
実際には当事者間で清算されることが多いものの、出したお金の名義と実際に負担した人が違う場合は、誰の権利として請求するのかを最初に整理しておかないと、後から「あなたには請求する立場がない」と反論される余地を残します。
② すでに使ってしまった場合
不当利得の返還義務は、条文上「その利益の存する限度において」とされています(民法703条)。受け取った側が家財道具の購入や結婚準備に使ってしまった場合、どこまでが「残っている利益」といえるかが争いになります。
一方、返還すべきものだと知りながら利益を保持していた場合(悪意の受益者)は、利息を付けて返還する義務を負うとされています(民法704条)。
「もう使ってしまったから返せない」という主張が常に通るわけではありませんが、逆に渡した全額がそのまま戻ってくるとも限らない、という点は現実的な見通しとして知っておく必要があります。
③ 慰謝料請求と相殺・清算される場合がある
婚約解消の原因が渡した側にある場合、受け取った側からは婚約破棄の慰謝料を請求できる余地があります。この場合、返還請求と慰謝料請求が正面からぶつかり、実務上は互いの請求を差し引きして一括で清算する形で決着することが少なくありません。
「結納金を返せ」という一点だけを切り出して争っても、全体を見ると得策でないことがあるのはこのためです。
5. いつまで請求できるか(時効)
不当利得返還請求権は、次のいずれか早いほうの経過で時効により消滅します(民法166条1項)。
- 権利を行使することができることを知った時から5年
- 権利を行使することができる時から10年
婚約解消から年単位で時間が経ってしまうケースもありますので、心当たりがある場合は早めに確認しておくことをおすすめします。なお、不法行為として損害賠償を構成する場合は、知った時から3年・行為の時から20年という別の期間になります(民法724条)。
6. 当初から結婚する意思がなかったと疑われる場合
「結婚するから」と言われて多額の金銭を渡したものの、相手に最初から結婚する意思がなく、金銭の交付そのものが目的だったと疑われるケースもあります。
この場合は、婚約解消の清算とは別に、詐欺による取消し(民法96条)を前提とした返還請求や、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)を検討する余地があります。
ただし、「当初から欺くつもりだった」という相手の内心を立証するのは容易ではなく、心変わりや事情の変化と区別がつきにくいのが実情です。安易に「結婚詐欺だ」と決めつけて相手を追及すると、かえってこちらの立場を悪くすることもあります。
7. 請求する側・請求される側それぞれの初動
請求する側
- 渡した目的と金額を示す資料を集める(振込明細、メッセージ、領収書、結納の写真や記録など)
- 婚約解消に至った経緯を時系列で整理する——原因がどちら側にあるかが結論を左右するため
- 感情的な取り立てを避ける。度を越えた要求や害悪を告げる言動は、こちらが恐喝罪(刑法249条)や脅迫罪(同222条)を問われかねません
請求される側
- その場で「返します」と即答しない。返還義務の有無は経緯によって変わります
- 一部でも支払うと、義務を認めたと評価される可能性がある点に注意する
- やり取りの記録を自分から消さない。解消の原因がどちらにあったかを示す資料になります
- 請求書や内容証明が届いた場合も、記載された金額がそのまま支払義務の額とは限りません
どちらの立場でも共通するのは、婚約解消の原因という評価が絡む以上、当事者だけの話し合いでは結論が出にくいということです。金額が大きい場合や、相手が代理人を立ててきた場合は、早い段階で弁護士に相談し、窓口を一本化したほうが結果的に負担が軽くなることが多いといえます。
まとめ
- 結納金や婚約指輪は「結婚すること」を目的とした贈与と理解され、婚姻に至らなければ原則として不当利得として返還の対象になります
- ただし、婚約解消の原因が渡した側にある場合は、信義則・権利濫用の観点から返還請求が制限されます
- 双方に落ち度がある場合は、どちらの責任がより重いかという比較で結論が分かれます
- 結納金以外の金銭は、渡した目的(結婚準備/贈与/貸付)ごとに扱いが異なります
- 使ってしまった分の扱い、請求の当事者、慰謝料との清算といった実務論点が結論を左右します
婚約解消をめぐるお金の問題は、法律上の整理と当事者の感情が最も交錯しやすい場面です。どちらが正しいかを言い争う前に、ご自身の請求(あるいは相手の請求)にどれだけの根拠があるのかを冷静に確認することが、早期解決への近道になります。
当事務所では、男女間のトラブルについてのご相談を承っています。請求する側・請求される側のいずれのお立場でも、まずはお気軽にご相談ください。


