【男女トラブル】相手が話し合いに応じない|連絡が取れないまま清算する方法
この記事は、2026年10月時点の民法・刑法に基づいて書いています。刑法の改正(2025年6月1日施行)により懲役刑と禁錮刑は「拘禁刑」に一本化されたため、刑罰は改正後の表記で記載しています。
別れ話の席で、相手から用意された文面を渡され、言われるままに誓約書を書いてしまった。ご相談の現場では、「深夜まで帰してもらえず、書くしかないと思った」という書いた側の声と、「本人が納得して書いたはずなのに、今になって無効だと言われた」という受け取った側の声の両方を伺います。
「無理やり書かされた誓約書は無効になる」という説明はよく見かけますし、それ自体が誤りというわけではありません。ただ、実際には「撤回します」と伝えるだけで書面の効力が消えるわけではなく、迫られた事情をどう示すか、いつまでに何をするかによって結果が変わります。気づかないうちに取り消す権利を失ってしまう場面もあります。
この記事では、交際の終わり際に強く迫られて書いた誓約書について、効力を争う道筋と期間、取り消す前に注意したいことを整理します。誓約書の条項ごとの効力そのものは【男女トラブル】交際相手との間で作った書面|『誓約書』『覚書』の効力、「無効」と「取消し」の理論的な違いは脅されて署名した念書・示談書は有効か|「無効」と「取消し」の違いで詳しく扱っています。
「撤回したい」は法律上どういう意味になるのか
気持ちが変わっただけでは、約束は消えない
誓約書は、一方が相手に約束を差し入れる書面です。相手がそれを受け取った時点で、約束として成立していると扱われるのが通常です。そのため、「考え直したので撤回します」と一方的に伝えても、それだけで書面の効力がなくなるわけではありません。署名した以上、内容を理解して約束したものと見られやすいという点が出発点になります。
効力を争う道は三つに分かれる
書いた側がとれる道は、大きく分けて次の三つです。
- 内容が社会的に許されないほど不当であるとして、無効を主張する(民法90条)。
- 強く迫られて書いたことなどを理由に、取消しの意思表示をする(民法96条1項・95条)。
- 相手と話し合い、書面をなかったことにする、または内容を改めて合意し直す。
別れ際の書面で中心になるのは二つ目の取消しです。以下では、迫られ方の評価と、取消しの期間・手順を中心に見ていきます。
別れ際の書面に多い「迫られ方」と、強迫にあたるかどうか
別れ話の場面で誓約書を書いたというご相談では、「書くまで帰さないと言われた」「書かないなら家族や職場に知らせると告げられた」「相手の友人や家族が同席し、数人に囲まれていた」「話し合いが深夜から明け方まで続いた」といった経緯がよく見られます。
完全に追い詰められていなくても、強迫は認められうる
強迫による取消しは、相手が害を告げるなどして恐れを抱かせ、その恐れによって意思表示をさせた場合に認められます。判例は、恐れの結果として完全に選択の自由を失ったことまでは必要ないとしています(最判昭和33年7月1日)。「書かずに帰る選択も理屈の上ではあった」というだけで、強迫が否定されるわけではありません。
一方で、強迫といえるには、相手の働きかけが違法と評価される必要があります。たとえば「約束を守らないなら裁判で請求する」と伝えること自体は、正当な権利行使として違法とされにくい傾向があります。告げられた内容、手段、要求の中身が釣り合っているかが判断の分かれ目になります。
迫ったのが相手本人でなくても取り消せる
別れ際の話し合いには、相手の家族や友人が加わることがあります。だまされた場合(詐欺)は、第三者がだましたときには相手がその事実を知っていたか知り得たときに限って取り消せる、という制限があります(民法96条2項)。これに対し、強迫にはこの制限がなく、迫ったのが同席した第三者であっても取消しの対象になります。
「その場を収めるためだけに書いた」場合
強く迫られたとまではいえず、本心ではないと分かったうえで書いたという場合もあります。本心でない意思表示は原則として有効ですが、相手が本心でないことを知っていたか、知ることができたときは無効になります(民法93条1項)。ただ、相手の認識を後から示すのは簡単ではなく、この理由だけで争うことには限界があります。
取り消せる期間と、気づかないうちに権利を失う場面
期間は「5年」と「20年」
取消しには期間の制限があります。迫られていた状況から抜け出し、取り消せることを知った時から5年、書面を書いた時から20年を過ぎると、取り消すことができなくなります(民法126条・124条1項)。期間に余裕があるように見えても、時間が経つほど当時の状況を示す材料は失われていきます。
落ち着いた後の支払いや請求は「追認」とみなされることがある
注意が必要なのは、期間内であっても取り消せなくなる場面です。迫られていた状況が終わった後に、誓約書に基づいて一部でも支払う、相手に誓約書の約束の履行を求める、担保を差し入れるといった行動をとると、その書面を認めたもの(追認)とみなされることがあります(民法125条)。別れてしばらく経ち、相手と距離ができた後に「とりあえず1回分だけ」と払う行動が、後で取消しの妨げになりうるという点は見落とされやすいところです。
支払わざるを得ない事情がある場合は、「取消しを前提として支払う」など、異議を留めたことが分かる形で記録を残しておくと、追認とみなされることを避けられる余地があります(同条ただし書)。
迫られている状態が続いている間の支払いは別に考える
反対に、相手からの連絡や圧力が続き、恐れを抱いたまま支払っている間は、迫られていた状況がまだ終わっていないと評価できる場合があります。この間の支払いは、直ちに追認とはなりません。どの時点で状況が終わったといえるかは個別の事情によるため、支払いを続けている方は早めに整理しておくことをおすすめします。
取消しを伝える前に残しておきたい記録
取消しを主張する側は、迫られて書いたことを示す必要があります。誓約書の文面そのものには、通常、迫られた経緯は書かれていません。次のような材料を、記憶が新しいうちにまとめておくことが大切です。
- 書いた日時、場所、話し合いが続いた時間、同席していた人。
- 書く前後に相手から届いたメッセージや通話履歴。
- 誓約書の写し(手元にない場合は、内容をできる限り書き留めたもの)。
- 話し合いの録音があれば、その保存データ。
- けがをした場合の診断書や、直後に友人や家族へ相談した記録。
話し合いの記録の残し方は【男女トラブル】別れ話を録音しておくべきか|交際を終える話し合いでの記録の作り方で扱っています。
取消しの伝え方と、その後に起こりうること
取消しは相手への意思表示で行う
取消しは、相手に対して「取り消す」という意思を伝えることで行います(民法123条)。口頭でも効力はありますが、伝えた日と内容を後から示せるよう、内容証明郵便など記録の残る方法を選ぶのが一般的です。相手と直接やり取りすることに不安がある場合は、弁護士を窓口にして通知する方法もあります。
取り消した後の効果
取り消された約束は、初めから無効であったものとして扱われます(民法121条)。すでに支払ったお金がある場合は、相手に返還を求めることができます(民法121条の2第1項)。ただし、相手が取消しを受け入れない場合は、相手からの請求に対して取消しを主張する形で、最終的に裁判所の判断を求めることになります。
書面の中身によって、争い方の重点は変わる
別れ際の誓約書には、性質の異なる約束がまとめて書かれていることが少なくありません。
| 書かれている内容 | 争い方の重点 |
| 金銭の支払い・違約金 | 迫られた経緯による取消しに加え、金額が過大であれば一部無効も検討する |
| 連絡しない・近づかない | 自分にとっても守る意味がある場合は、取り消さずに相互の約束として合意し直す選択もある |
| 交際中の出来事を認める文言 | 取り消しても、書いた事実は証拠として残りうるため、書かされた経緯を併せて示す |
取消しは書面全体に及ぶのが原則で、自分にとって都合のよい部分だけを残すことは難しくなります。不当な部分を外して、互いの接触禁止と清算条項を備えた合意書に作り直すほうが、双方にとって区切りがつきやすい場合もあります。合意書の作り方は手切れ金を払って関係を終わらせる|口外禁止・清算条項付き合意書の作り方、違約金の額の考え方は誓約書の「罰金100万円」は本当に払う義務がある?法的効力を検証をご参照ください。
一方的に破棄・無視する前に考えたいこと
「無理に書かされたのだから守らなくてよい」と考え、何も伝えずに約束を守らない対応をとると、相手から違約金などを請求されたときに、初めて争う立場に置かれます。その時点では当時の記録が散逸していることも多く、取消しの主張を組み立てにくくなります。
また、手元の原本を破り捨てても、相手が写しや写真を持っていれば意味がありません。効力を争うのであれば、取消しの意思表示をして、その記録を残すという手順を踏むほうが、後の負担を抑えやすくなります。
書かせる行為が刑事事件として扱われる場面
害を加えることを告げて脅したり、暴力を用いたりして、義務のない誓約書を書かせる行為は、強要罪(刑法223条1項・3年以下の拘禁刑)にあたる可能性があります。金銭の支払いを約束させた場合は、恐喝罪(刑法249条)が問題になることもあります。
身の危険を感じる状況であれば、書面の効力を争うことより先に、警察への相談を含めて安全を確保することを優先してください。刑事上の対応については元恋人からの脅迫・強要|「別れるなら〜」への刑事対応(脅迫罪・強要罪)、謝罪文などを書かせる行為の範囲は土下座・謝罪文の強要|「義務のないこと」の広さで扱っています。
よくあるご質問
署名だけで押印していない誓約書にも効力はありますか
押印は、約束が成立するための条件ではありません。署名だけの書面でも、内容によっては約束として扱われます。押印の有無ではなく、どのような経緯で書いたかが効力を争ううえでの中心になります。
下書きを渡され、自分の手で書き写しました。それでも取り消せますか
自筆で書いたことは、自分の意思で書いたと見られやすい事情の一つです。ただ、下書きを用意された経緯や、書くまでのやり取りから強く迫られていたことを示せれば、取消しを主張する余地はあります。下書きの写真やメッセージが残っていれば保存しておいてください。
交際中に自分にも非がありました。それでも取消しを主張できますか
自分に落ち度があることと、誓約書を書かされた手段が許されるかどうかは、別の問題として考えます。ただ、相手の要求に正当な理由がある場合は、強迫の違法性が否定されやすくなります。要求の中身と迫り方の釣り合いを、個別に検討することになります。
まとめ
- 誓約書は一方的に「撤回」しても効力は消えず、無効・取消し・合意による白紙化のいずれかの道をとる。
- 強迫は完全に選択の自由を失ったことまでは要しない一方、相手の働きかけが違法といえる必要がある(民法96条1項、最判昭和33年7月1日)。
- 同席した第三者に迫られた場合も、強迫であれば取消しの対象になる(民法96条2項の反対解釈)。
- 取消しは、状況から抜け出し取り消せると知った時から5年、書いた時から20年で行えなくなる(民法126条・124条1項)。
- 状況が終わった後の支払いや履行の請求は、追認とみなされることがあるため、異議を留めた記録を残す(民法125条)。
- 取消しは相手への意思表示で行い、取り消された約束は初めから無効となり、支払済みの金銭は返還を求められる(民法123条・121条・121条の2)。
- 脅しや暴力で書かせる行為は、強要罪などの刑事事件として扱われる可能性がある(刑法223条1項)。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。別れ際に書いた誓約書の効力や、取消しの伝え方についての見通しを、書面と経緯を伺ったうえでお伝えします。
誓約書を書いてしまい効力を争いたい方も、受け取った誓約書について「無効だ」と主張されてお困りの方も、早めにご相談ください。


