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「関係が始まったのは、夫婦の関係が壊れた後です」。不貞を理由とする慰謝料を請求された場面で、こう説明される方は少なくありません。ただ、この説明が交渉や裁判で受け止められるかどうかは、言葉そのものではなく、二つの時点の前後関係をどこまで示せるかによって変わってきます。ここでは、「破綻の後に始まった」と述べるときに何を示すことになるのか、その手がかりはどこにあるのか、どこでつまずきやすいのかを整理します。
「破綻の後に始まった」は、二つの時点の前後関係を述べる主張です
不貞を理由とする慰謝料は、民法709条の不法行為として問題になります。最高裁平成8年3月26日判決は、配偶者の一方と第三者が肉体関係を持った場合について、その当時すでに婚姻関係が破綻していたときは、特段の事情がない限り、第三者は他方の配偶者に対して不法行為責任を負わないという考え方を示しました。
この枠組みを、述べる側の作業に置き換えると、次のようになります。婚姻関係が破綻したといえる時点があること。法律上問題とされる関係の時点が、それより後にあること。この二つを、それぞれ別の材料でたどれるようにしておく、ということです。
「破綻していた」という一語だけでは、この前後関係は出てきません。破綻を裏づける事情をいくら並べても、関係がいつ始まったのかがはっきりしないままであれば、前後は決まらないからです。逆に、関係の始まりの時期だけを述べても、そこに合わせるべき破綻の時点が示されていなければ、やはり比べようがありません。なお、破綻していたことを述べる責任は、それを述べる側にあると扱われるのが一般的です。
示すことになる事柄と、手がかりのありか
| 示す必要がある事柄 | 手がかりの主なありか | つまずきやすい点 |
|---|---|---|
| 婚姻関係が破綻したといえる時点 | 夫婦の側(配偶者本人と相手方配偶者) | 自分の手元にはほとんど残らない |
| 法律上問題とされる関係の時点 | 自分の側(連絡や外出の記録) | 「いつからか」の線引きが人により違う |
| 二つの時点の前後関係 | 上の二つを並べた時系列 | 時期が近いと前後が判別しにくい |
表のとおり、二つの時点は手がかりのありかが異なります。ここが、この主張の作りにくさの中心にあります。破綻の側の材料は相手の側にあり、関係の側の材料だけが自分の手元にある、という偏った状態から出発することになるためです。
どの時点について問われているのか
日常語の「交際開始」と、問われている時点はずれることがあります
日常の会話では、連絡を取り始めた時期も、二人で会うようになった時期も、まとめて「交際の始まり」と呼ばれます。これに対して、慰謝料の場面で問われているのは、法律上の不貞行為にあたる関係がいつあったのか、という点です。そのため、「知り合ったのは別居の後です」という説明は、それ自体は事実であっても、問われている時点への答えにはなっていないことがあります。
先の最高裁判決の事案では、出会いと関係の時期が分かれています
この判決の事案では、夫婦の一方が家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立てたのが昭和61年7月ころ、別居先となる住居を取得したのが昭和62年3月、実際に自宅を出たのが同年5月とされています。相手方となった第三者と知り合ったのは同年4月ころで、別居より前にあたります。肉体関係を持つようになったのは同年夏ころ、同居を始めたのは同年10月ころと認定されています。
つまり、出会いは別居の前、関係は別居の後という並びです。それでも、最高裁は「肉体関係を持った当時」を基準として判断しています。出会いの時期が別居より前であったことが、そのまま結論を左右したわけではありません。示すべきなのは出会いの早さや遅さではなく、問題とされる関係の時点がどこに位置するのか、ということになります。
破綻の側の手がかりは、自分の手元に残りにくいものです
同じ事案で破綻を裏づける事情として挙がっているのは、調停の申立て、別居先の住居の取得、実際に自宅を出た日といった、夫婦の側の出来事です。これらは、外から関係を持った人の手元には、通常は残りません。相手から聞いた話と、そのときに見聞きした様子しか手元にない、という状態は珍しくありません。
破綻そのものをどう述べるか、どのような事情が見られるのかについては、範囲が広くなりますので、別の記事で扱っています。ここでは、破綻の側の材料が自分の手元にそろわないことがある、という前提だけを押さえておきます。
関係の側は、日付の残る記録をたどることになります
一方、関係の時点については、自分の手元に手がかりが残っていることがあります。ただし、記録から言えることには幅がありますので、どこまで言えるのかを分けて考えておく必要があります。
| 残っていることが多いもの | そこから言えること | そこまでは言いにくいこと |
|---|---|---|
| 最初のやり取りが残る通信の記録 | 連絡が始まった時期のおおよその位置 | その時点で関係があったかどうか |
| 外出や宿泊にかかわる記録 | 特定の日に一緒にいたこと | それ以前には何もなかったこと |
| 住まいや生活にかかわる記録 | 一緒に暮らし始めた時期 | 暮らし始めるより前の状況 |
| 本人が書いた説明や陳述 | 本人が記憶している経過 | 記憶の内容がそのまま事実であること |
特に気をつけたいのは、右の列です。ある日に何かがあったことは記録から示せても、「それより前には何もなかった」という点は、記録からは出てきません。なかったことを記録でたどるのは、性質上むずかしいためです。この点は、時期を争われたときにそのまま弱点になります。
開始の時期が近いと、かえって逆向きに働くことがあります
別居や離婚の話が出た直後に関係が始まっている場合、「破綻の後だ」という説明がそのまま受け入れられるとは限りません。時期が近ければ近いほど、実際にはそれ以前から関係が続いていたのではないか、という見方につながりやすくなるためです。時期が接近している事案では、この点が最初に問われることになります。
また、「別居のきっかけは自分ではない」と伝えようとして、別居の前後の細かい経緯まで述べた結果、かえって二つの時点が近づいて見えることもあります。述べる内容を増やせば有利になるとは限らない、という点は意識しておいてよいでしょう。
相手方はどこを見るのか
- 記録が残っていない期間があり、その間の説明が本人の記憶だけになっていないか。
- 説明の内容が、交渉の段階と書面の段階とで変わっていないか。
- 出会った経緯やその後の連絡の頻度に、時期の説明と合わない点がないか。
- 別居の後も夫婦の間に行き来や連絡が続いていた形跡がないか。
最後の点は、破綻そのものの評価に関わります。別居していても、その後に夫婦の交流が続いていた場合には、破綻していたとまではいえないと判断されることがあります。そうなると、関係の時点をどれだけ丁寧に示しても、比べる相手の時点が立たないことになります。
前後関係を示せても、それで終わらない場合があります
先の最高裁判決は、「特段の事情のない限り」という留保を置いています。破綻していたと認められた場合であっても、事情によっては別の評価がされる余地が残されている、ということです。
また、破綻の時点より前に二人の間で何らかのやり取りがあった場合には、その部分が別に取り上げられることがあります。「関係が始まったのは破綻の後だ」という説明は、それより前の行為について何も問題がない、というところまでを意味するわけではありません。
請求する側から見ると、同じ問題が裏返しになります
- 相手の述べる「始まり」が、どの時点を指しているのかを確かめる。
- 別居や離婚の話が出る前の時期に、二人の接点がなかったかを確かめる。
- 別居の後も夫婦の間に交流があった場合には、その事実の分かる資料を残しておく。
- 日付の分かる資料は、原本やもとのデータの形で保管しておく。
どちらの立場であっても、見ている対象は同じ時系列です。争いになりやすいのは事実の有無そのものよりも、その事実がどの時点に置かれるのか、という点になります。
交渉の段階で気をつけておきたいこと
早い段階で日付を断定して伝えてしまうと、後から手元の記録と合わないことが分かっても、説明を改めるのがむずかしくなります。記憶があいまいな部分については、あいまいなまま伝えておくほうがよい場合があります。
あわせて、手元の記録を消さないことも大切です。自分に不利に見える記録であっても、時系列を裏づける材料として意味を持つことがあります。削除した経緯そのものが問われることもありますので、判断に迷う場合は、そのままの状態で残しておくことをおすすめします。
よくあるご質問
別居の翌日から交際が始まった場合は、どう見られますか
別居という事実があること自体は、破綻を示す事情の一つになり得ます。もっとも、別居の日と関係の始まりが近い場合には、それ以前からの関係を疑われやすくなります。別居に至るまでの経過が、相手方となった人と関わりなく進んでいたといえるかどうかが、あわせて見られることになります。
出会ったのは別居の前ですが、関係を持ったのは後です
先に触れた最高裁判決の事案も、同じ並びでした。出会いが別居より前であること自体で結論が決まるわけではありません。ただし、その間にどのようなやり取りがあったのかは確かめられますので、その時期の経過についても説明できるようにしておくことになります。
相手が時期を認めれば、それで足りますか
交渉の場面では、双方が争わない事実は、そのまま前提とされることが多くあります。ただし、配偶者本人との間で争いが残っている場合などには、後から別の主張が出てくることもあります。書面に残す際には、どの範囲について合意したのかをはっきりさせておくことが大切です。
まとめ
- 「破綻の後に始まった」は、破綻の時点と関係の時点の前後関係を述べる主張です。
- 最高裁平成8年3月26日判決は、肉体関係を持った当時に破綻していたかどうかで判断する枠組みを示しています。
- 日常語の「交際開始」と、問われている時点はずれることがあります。
- 破綻の側の手がかりは夫婦の側にあり、自分の手元には残りにくいという偏りがあります。
- 関係の側は記録から日付をたどれますが、「それ以前に何もなかったこと」までは示せません。
- 二つの時点が近いと、かえって以前からの関係を疑われることがあります。
- 前後関係を示せた場合でも、それだけで全てが終わるとは限りません。
ご相談について
この問題は、手元にある記録をどう並べるかによって、伝わり方が大きく変わります。ご自身では不利に見える材料が時系列を支えていたり、有利だと考えていた説明がかえって時点を近づけていたりすることも少なくありません。書面を出す前に、一度整理しておくことをおすすめします。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、不貞を理由とする慰謝料について、請求する側・請求を受けた側のいずれからのご相談もお受けしています。すでに書面が届いている場合も、これから話し合いが始まる段階の場合も、お早めにご相談ください。


