被害者参加制度|法廷でできることとできないこと
本記事は2026年9月時点の法令に基づいています。刑事手続のデジタル化に関する改正刑事訴訟法(令和7年法律第39号)のうち、電磁的記録提供命令などの規定は2026年5月21日に施行されています。
取調べで「言いたくないことは言わなくてよい」と説明を受けた直後に、机の上のスマートフォンを示されて「指をここに当ててください」と言われる。黙秘すると決めていたはずなのに、これは黙秘とは別の話なのか、それとも同じ枠で断ってよいのか。こうしたご相談をいただくことがあります。
黙秘権という言葉自体は広く知られていますが、この権利が何を守っているのかまで整理されている方は多くありません。解錠を求められる場面では、その射程のずれがそのまま迷いになります。
この記事では、黙秘権が正面から働く場面とそうでない場面を切り分けたうえで、生体認証による解錠がどちらに位置づけられるのかを整理します。協力する義務があるかどうかという角度からの全体像はパスコードや生体認証を求められたら|協力義務の有無で扱っていますので、本記事は黙秘権との関係に絞ります。
この記事の要点
- 黙秘権が対象としているのは「述べること」であり、物を調べさせない権利ではありません。
- パスコードを伝える行為には黙秘権の考え方が及びますが、指を当てる・顔を向けるという行為は同じ枠組みではとらえきれません。
- 生体認証を止める理屈は、黙秘権ではなく、強制の処分に法律の根拠を求める考え方の側にあります。
- 拒むことができるということと、中身を見られずに済むということは、別の問題です。
- 黙秘を続けることと解錠に応じないことは、別々に選べる判断です。
黙秘権が守っているのは「述べること」
憲法38条1項は、自分に不利益な供述を強要されないことを定めています。刑事訴訟法も、被疑者の取調べにあたっては供述をする必要がない旨をあらかじめ告げなければならないとし(198条2項)、被告人は終始沈黙し、または個々の質問に対して供述を拒むことができるとしています(311条1項)。
いずれの条文も、対象は「供述」です。頭の中にある記憶や認識を言葉として外に出す行為を指しています。つまり黙秘権は話さない自由を保障する権利であって、自分に関わるものを調べさせない自由まで保障する権利ではありません。
ふだんはこの区別を意識する必要がありません。取調べで求められることは、ほぼ「話すこと」に限られるからです。ところが端末の解錠が絡むと、求められる行為が言葉から離れ、黙秘権という一語だけでは答えが出ない領域が生まれます。
求められている行為を三つに分ける
| 求められる行為 | 行為の性質 | 黙秘権が正面から及ぶか | 主に議論される枠組み |
|---|---|---|---|
| パスコードや暗証番号を口頭で伝える | 記憶を言葉にする | 及ぶと理解されている | 供述の強要にあたらないか |
| 画面のパターンをなぞって見せる | 記憶を動作で示す | 及ぶという見方がある | 言葉と同じに扱えるか |
| 指をセンサーに当てる、カメラに顔を向ける | 身体をそのまま使う | 正面からは及びにくい | 強制の処分といえるか、どの令状が要るか |
同じ「解錠してください」という一言でも、求められている行為の性質が違えば、断る理由の立て方も変わります。
言葉で伝える場合
パスコードは、本人が思い出して口に出さなければ伝わりません。記憶を言葉にして述べる行為ですから、供述を強要されないという原則が及びやすい領域だと考えられています。無理に言わせたり、解除の実演を強制したりすることは許されない手法である、という説明が一般的です。
動作で示す場合
画面のパターンをなぞる行為は、言葉こそ発していないものの、記憶している内容をそのまま再現しています。実質は言葉で伝えるのと変わらないとして、同じ枠で考えるべきだという見方があり、条文で決着がついているわけではありません。
身体を使わせる場合
指を当てる、カメラに顔を向けるという動作には、何かを述べるという要素がありません。記憶していなくても、身体がそこにあれば解除できてしまうため、供述を強要されないという原則では説明しきれず、別の枠組みが必要になります。「黙秘します」と述べただけでは、この部分は止まりにくいという点が、実務上いちばん誤解されやすいところです。
生体認証を止める理屈はどこにあるのか
黙秘権で説明しきれないとしても、捜査機関が何でもできるという話ではありません。強制の処分は、法律に特別の定めがある場合でなければすることができないとされています(刑事訴訟法197条1項ただし書)。議論は、どの条文がその根拠になるのかという形で立てられます。
「錠をはずす」という条文は物に向けられている
刑事訴訟法111条1項は、令状の執行について、錠をはずし、封を開き、その他必要な処分をすることができると定めています。同条2項により押収した物についても同じ処分ができ、222条1項によって捜査機関にも準用されます。鍵をもらえない場合に錠を壊すことも許されると解されていることから、ロックを外そうと試みること自体はこの範囲に入るという説明がされています。
ただし、この条文が向けられているのは端末という物です。本人の手を押さえて指を当てさせる行為になると、働きかける対象が人の身体に変わります。同じ条文でそのまま説明できるのかについては、議論があります。
身体に向けられた処分には別の根拠が要る
刑事訴訟法218条1項は、捜査のための差押え・捜索・検証などを令状によるものとしたうえで、身体の検査については身体検査令状によらなければならないとしています。ここから、端末の押収とは別に、身体を対象とする令状が必要になるのではないかという見解が示されています。
もっとも、この問題を正面から判断した裁判例が積み重なっているとはいえません。海外では判断が分かれた例も報じられていますが、日本の裁判所が同じ判断をするとは限りません。
指紋採取の規定をそのまま当てはめられるか
身体の拘束を受けている被疑者について、指紋や足型を採取し、身長や体重を測定し、写真を撮影することは、裸にしない限り令状によらずにできるとされています(刑事訴訟法218条4項)。これを根拠に、指を当てさせることも当然にできるのではないか、という見方をされることがあります。
ただ、この規定が予定しているのは、本人を特定・照合するための資料を得ることです。端末を開ける鍵として指を使わせる行為は、目的も、そこから得られるものの広がりも異なります。同じ扱いでよいと言い切れる状態ではありません。
「拒める」ことと「中身を見られない」ことは別
差し押さえるべき物が記録媒体であるとき、執行する側は、処分を受ける者に対して電子計算機の操作その他の必要な協力を求めることができるとされています(刑事訴訟法111条の2、222条1項)。求めることができるという定め方であり、応じなかった場合の罰則は置かれていません。
一方で、応じなければ中身を見られずに済むとも限りません。解析によって解除に至ることもありますし、2026年5月に施行された電磁的記録提供命令のように、端末が手元にあるかどうかとは別に、事業者の側から記録が提出される道筋もあります。端末の中だけで完結しない記録についてはクラウド同期・バックアップに残っている場合|端末以外に残る記録で扱っています。
つまり黙秘権も、協力を断る自由も、結果を保証するものではありません。見られる範囲がどこまで広がり得るかについてはスマホ・PCを押収された|いつ返るのか、中身はどこまで見られるのか、当初の事件を超えて話が広がる場面については1件のはずが余罪を疑われる|端末の中身から広がる捜査をあわせてご覧ください。
黙秘と解錠への協力は、別々に決められる
黙秘を選んだからといって、解錠にも一律に応じないと決めなければならないわけではありません。逆に、解錠に応じたことで供述まで求められる筋合いもありません。供述と、物に対する協力は、別の判断だからです。
事実関係を争っていない事案で、端末の記録が説明の裏づけになるために解錠に応じるという選択もあれば、供述には応じつつ解錠は断るという組み立てもあり得ます。どちらが向いているかは、手元にどういう記録が残っているか、事実をどこまで認めているかによって変わります。
黙秘そのものの効果と、選ぶ場合に押さえておきたい点は黙秘したほうがよいのか|黙秘の効果とリスクの整理で整理しています。
拒んだことは不利に扱われるのか
黙秘したこと自体を不利益な証拠として用いることは許されないと理解されています。解錠に応じなかったことについても、それだけを取り出して事実の認定に使うという扱いにはなりません。
他方で、身柄をめぐる判断は別の物差しで動きます。勾留の要件には罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があること(刑事訴訟法60条1項2号)が含まれており、端末の記録が争点に直結する事案では、その評価に事実上の影響が及ぶことがあります。応じなかったから直ちに要件が満たされる、という関係ではありませんが、無関係ともいえません。
なお、迷っている間にデータを消す、初期化する、機種変更をするといった対応は、操作の履歴が残ることが多く、拒むこととは意味がまったく違う行為として受け止められます。この点は端末を初期化・機種変更した場合|不利に働く事情になるかで扱っています。また、令状が示されている場面で物理的に妨げる対応が別の問題を生むことについては令状の執行を拒んだ|捜索・差押えへの対応と妨害の線引きをご覧ください。
その場のやり取りを、後から使える形で残す
解錠をめぐるやり取りは、後になって「どういう状況で求められたのか」が意味を持つことがあります。取調べ以外の場面では供述を拒める旨を告げる規定が置かれていないため、その場の状況そのものが判断材料になります。
- 日時と場所、どのくらいの時間続いたか。
- 任意で求められているのか、令状が示されているのか。
- 求められたのが「伝える」「なぞる」「指を当てる・顔を向ける」のどれだったか。
- 誰が何人その場にいたか、どのような言い方をされたか。
- 一度断った後に、重ねて求められたかどうか。
その日のうちに書き留めておくだけで、後から振り返るときの精度が変わります。自宅で求められた場面での立ち会いについては家宅捜索(ガサ入れ)が来た|立ち会いでできること・できないこと、任意提出を求められている段階の判断材料については【刑事事件】警察に「スマホを任意で出してほしい」と言われた|応じる前に確認することで整理しています。
よくあるご質問
黙秘すると決めていますが、解錠にだけ応じても構いませんか
別の判断ですので、そのような選び方もできます。ただし意味合いは事案によって変わりますので、何が入っているかを含めて、先に弁護人と方針を決めておくほうが安全です。
生体認証の設定を外しておけばよかったのでしょうか
端末の設定をどうするかは本来ご自身の自由です。もっとも、捜査が動き出した後に設定を変える操作は記録として残ることが多く、証拠を隠そうとしたと見られる材料になりかねません。
家族の端末について解錠を求められています
所持している方が判断する事柄です。本人が不在のまま代わりに解除すると、後で本人との間で問題になることがあります。その場で答えず、本人に確認したいと伝えるのが現実的です。
まとめ
- 黙秘権が対象としているのは供述であり、物を調べさせない自由まで含むものではありません。
- パスコードを伝える行為には黙秘権の考え方が及びますが、指や顔を使う解錠は同じ枠組みでは説明しきれません。
- 生体認証を止める理屈は、強制の処分に法律の根拠を求める考え方の側にあり、扱いが固まっているとはいえません。
- 拒めるということと、中身を見られずに済むということは、別の問題です。
- 黙秘と解錠への協力は別々に決められますので、その場のやり取りと状況を、その日のうちに書き留めておいてください。
この場面は、「義務があるかどうか」だけでは答えが出ません。どういう記録が端末に残っているのか、事実関係をどこまで認めているのか、事件がどの段階にあるのかによって、望ましい対応が変わります。その場で一人で結論を出す必要はなく、判断を保留したいと伝えること自体は問題のない対応です。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
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