パスコードや生体認証を求められたら|協力義務の有無

若井亮

若井亮

テーマ:風俗トラブル

風俗店でのトラブルをきっかけに警察から連絡があり、スマートフォンについて「ロックを解除してください」「パスコードを教えてください」と求められる。あるいは、指をセンサーに当てるように、カメラに顔を向けるようにと言われる。この場面でまず頭に浮かぶのは、「これは断ってよいものなのか」という疑問だと思います。

 先に結論を書くと、パスコードを伝えることや生体認証に協力することを義務づけた規定は、日本の法律には見当たりません。ただし、「義務がない」ということと「断れば何も起きない」ということは、同じ意味ではありません。この二つを混ぜたまま判断すると、後から後悔が残りやすくなります。

 この記事では、パスコードと生体認証が法律上どう違うのか、捜査機関の側には何ができるのか、応じた場合と応じなかった場合で何が変わるのかを順に整理します。なお、証拠を消す方法や発覚を避ける方法は扱いません。相手方のいるトラブルでは、その相手にも生活があり、被害を訴えている以上、それを前提に組み立てるほうが結果としてご自身のためにもなります。

まず結論|伝える義務を定めた規定は見当たらない

 刑事訴訟法には、捜査機関が電子機器の操作について協力を求めることができるという規定(111条の2)があります。ただし、この条文は「求めることができる」と書いているだけで、応じなかった場合の罰則は置かれていません。

 あわせて、憲法38条1項は、自分に不利益な供述を強要されないことを定めています。取調べにあたって供述を拒むことができる旨を告げなければならないという規定(刑事訴訟法198条2項)もあります。パスコードは自分の記憶を言葉にして述べるものですから、これらの考え方が及ぶと理解されています。

 もっとも、現場で求められる「協力」は一種類ではありません。

求められることその性質応じる義務を定めた規定応じない場合に議論されること
パスコード・暗証番号を口頭で伝える記憶を言葉にして述べる見当たらない供述に近いものとして黙秘権との関係が論じられる
画面のパターンをなぞって見せる記憶を動作で示す見当たらない言葉と同じ枠組みで考える見方がある
指紋認証のために指を当てる身体をそのまま使う見当たらない身体を対象とする令状の要否に議論がある
顔認証のためにカメラを見る身体をそのまま使う見当たらない指紋と同様の議論があるが裁判例は乏しい


 この表のとおり、どの方法についても、本人に応じる義務を定めた規定は見当たりません。差が出るのは、応じなかったときに捜査機関の側が何をできるか、という部分です。

パスコードと生体認証は、法律上の位置づけが違う


パスコードは「言葉」に近い

 スマートフォンのロックは、大きく分けると、頭の中にある情報を入力するもの(パターン・暗証番号・パスワード)と、身体そのものを使うもの(指紋・顔・虹彩)に分かれると整理されています。前者は、本人が思い出して伝えなければ解除できません。

 つまりパスコードを伝える行為は、記憶していることを言葉にして述べる行為に近いものです。そのため、自分に不利益な供述を強要されないという原則が及びやすい領域と考えられています。無理やり言わせたり、解除の実演を強制したりすることは許されない捜査手法である、という説明が一般的です。

指紋・顔認証は「身体」に近い

 これに対し、指を当てる、カメラに顔を向けるという動作には、何かを述べるという要素がありません。そのため、「供述を強要されない」という原則ではとらえきれず、別の枠組みで考える必要が出てきます。

 この点については、身体を対象とする処分にあたるため、端末の押収とは別に令状が必要になるのではないかという見解が示されています。一方で、この問題を正面から判断した裁判例が積み重なっているとはいえず、扱いが固まっているわけではありません。海外では判断が分かれた例も報じられていますが、日本の裁判所の判断がそれと同じになるとは限らないため、ここは断定せずにおくのが正確です。

捜査機関の側にできること|本人の義務とは別の話


「錠をはずし、その他必要な処分」という条文

 刑事訴訟法111条1項は、令状の執行について「錠をはずし、封を開き、その他必要な処分をすることができる」と定めており、同条2項で押収した物についても同じ処分ができるとされています。この規定は222条1項によって捜査機関にも準用されます。

 鍵をもらえない場合に錠を壊すことも許されると解されていることから、ロックを外そうと試みること自体は、この「必要な処分」の範囲に入るという説明がされています。ただし、金庫の錠と違い、スマートフォンから読み取れる情報の量は桁違いに広い範囲に及びます。そのため、どこまでが許されるのかについては議論があり、実際に争われることもあります。

「求める」ことと「強いる」ことの違い

 先に触れた111条の2は、協力を求めることができるとする条文です。求めること自体は捜査として認められている一方で、応じない人に罰則を科す仕組みにはなっていません。ここが、この問題を分かりにくくしている点です。

 求められる側から見れば、「聞かれること」は適法でも、「答える義務」があるわけではないという状態が生じます。警察官が質問すること自体を違法と考える必要はありませんが、それは答えなければならないという意味でもありません。

解析によって開けられることもある

 伝えなければ中身は見られない、と考えられていた時期もありましたが、現在は、パスコードを伝えていないのに解析によって中身が確認された事例に接することが増えたという指摘があります。他方で、機種や状況によっては解除に至らないまま捜査が進むこともあります。どちらになるかを事前に見通すことは難しく、「伝えなければ見られない」とも「どうせ見られる」とも言い切れないのが実情です。

黙秘権の告知がないまま聞かれるのは違法か

 家宅捜索の現場でパスコードを聞かれ、そのまま答えてしまった、というご相談は少なくありません。取調べのように「言いたくないことは言わなくてよい」と説明された記憶がない、という点に後から違和感を覚える方が多いためです。

 この点について、東京高等裁判所の平成31年2月19日の裁判例があります。捜索差押えの現場で警察官が質問する際に黙秘権の告知を義務づける規定はないとしたうえで、その事案では、逮捕されて外部との連絡を絶たれた状態で供述を迫られたわけでもなく、供述する義務があると積極的に誤信させられた状況もなかったとして、捜査が違法であるとの主張を退けています。

 注目したいのは、この裁判例が「違法になり得る場合」にも触れている点です。裏返して読むと、次のような事情があるときには評価が変わる余地があることになります。

  • 逮捕されるなどして外部との連絡を絶たれた状態で、供述を迫られていた場合。
  • 「答える義務がある」と告げられるなどして、義務があると誤信させられていた場合。


 したがって、そのときのやり取りの中身と状況が後から意味を持ちます。何人に囲まれていたか、どのくらいの時間だったか、どういう言い方をされたか、一度断ったあとに重ねて求められたか。記憶が薄れる前に、日時とともにメモに残しておくことをおすすめします。

伝えた場合に起きること

 応じた場合の実際的な意味は、二つの方向に分かれます。

 一つは、捜査が早く進む方向です。すでに事実を認めていて、ほかに問題となる記録がない場合、中身を確認してもらうことで説明の裏づけが取れ、関係者の範囲も早く確定します。結果として、端末が戻る時期が早まることもあります。

 もう一つは、想定していなかった記録まで見られる方向です。スマートフォンには、当初の事件とは関係のないやり取りや履歴も残っています。ロックの解除は「この一枚だけ」という限定がしにくい行為であり、いったん開けば、中にあるものを選んで見せる形にはなりにくいのが実際です。端末の解析がどこまで及ぶかについては、別の記事で詳しく扱っています。

伝えなかった場合に起きること

 断ること自体は違法ではありません。ただ、その後の展開として次のような点が指摘されています。

  1. 解析によってロックが解除され、結局は中身が確認されることがあります。
  2. 解除を待つ間、端末が手元に戻る時期が遅くなることがあります。
  3. 協力しなかったことが、証拠を隠すおそれがあるという評価に結びつくと受け止められる場合があります。


 もっとも、これらは「だから応じたほうがよい」という結論に直結するものではありません。伝えた場合の不利益と、伝えなかった場合の不利益は、事案によって重さが入れ替わります。どちらを選ぶかは、手元にどういう記録が残っているか、事実関係をどこまで認めているかによって変わります

風俗の場面で迷いやすいのは「事件と関係のない部分」

 風俗店に関わるトラブルでは、端末の中に、店やスタッフとのやり取り、予約や決済の履歴、他の店の利用記録などが残っていることがあります。事件そのものとは関係がなくても、家族や勤務先に知られたくない情報が同じ端末に入っている、という状況は珍しくありません。

 この不安から、応じるかどうかを判断できずに固まってしまう方が多いのですが、「知られたくない情報があること」自体は、後ろめたい事情の証明ではありません。むしろ、何が入っているかを弁護士に先に伝えたうえで方針を決めたほうが、対応の幅は広がります。

 なお、警察より先に、店のスタッフから画面を見せるよう求められることもあります。店の側には、端末の提出を強制したり中身を見たりする権限はありません。この場面での対応は別の記事で扱っています。

その場で避けたほうがよいこと

 迷っている段階でしてしまいがちな行動のうち、後の状況を悪くしやすいものを挙げます。

  • 端末のデータを消す、初期化する、機種変更をする。削除や初期化の操作自体が記録として残ることがあり、説明が難しくなります。
  • 別の端末やパソコンから遠隔でデータを消す。同じ理由で、状況をさらに複雑にします。
  • 事実と異なるパスコードを伝える。食い違いが分かった時点で、その後の説明全体の受け止められ方に影響します。
  • その場で押し問答をしたり、手を出したりする。当初の問題とは別の問題が加わります。
  • 内容を読まないまま書面に署名する。任意提出書などは、その後の手続に関わります。


応じるか断るかを決める前に確認したい5点

 その場で一人で結論を出す必要はありません。次の点を確認するだけでも、判断の材料が揃います。

  1. 今どの手続なのかを確かめる。任意で聞かれているのか、令状が出ているのかで前提が変わります。
  2. 求められているのが「見せる」「預ける」「解除する」のどれなのかを分けて聞く。それぞれ意味が違います。
  3. 令状がある場合は、対象として何が書かれているかを見せてもらう。
  4. 署名を求められた書面の名前と内容を確認し、控えをもらえるか尋ねる。
  5. 判断に迷うときは、その場で決めずに弁護士に連絡したいと伝える。


 なお、その場でどう答えたかを覚えておくことは、応じた場合でも断った場合でも役に立ちます。時間、場所、やり取りの流れを、その日のうちに書き留めておいてください。

早い段階で弁護士に相談する意味

 この問題は、「教える義務があるかどうか」だけでは答えが出ません。事案の内容、手元の記録、事実関係をどこまで認めているか、相手方との関係をどうしたいかによって、望ましい対応が変わるためです。

  • 今どの手続が動いているかを整理し、次に何が来るかの見通しを立てられます。
  • 応じるか断るかを、事案の中身と手元の材料を踏まえて一緒に検討できます。
  • 押収された端末の返還や、データの扱いについて申し入れができます。
  • 相手方への対応を並行して検討できます。


 当事務所では初回無料相談を設けており、お問い合わせは24時間受け付けています。夜間や早朝についても、状況により対応できる場合があります。もっとも、早く相談したからといって望む結果が約束されるわけではありません。選べる手が残っている段階のほうが、検討できることが多いという意味です。

まとめ


  • パスコードを伝えることや生体認証に応じることを義務づけた規定は見当たりません。
  • ただし「義務がない」ことと「断れば何も起きない」ことは別です。
  • パスコードは言葉、指紋や顔は身体であり、法律上の議論の立て方が違います。
  • そのときのやり取りの中身と状況が、後から意味を持つことがあります。
  • 応じるか断るかは事案によって変わるため、その場で一人で決めなくて構いません。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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