黙秘したほうがよいのか|黙秘の効果とリスクの整理
朝、自宅に警察官が来て、スマートフォンとパソコンを持っていった。あるいは警察署で「捜査に必要なので預からせてほしい」と言われ、その場で書類に署名した。手元から端末がなくなった直後、多くの方が同時に抱えるのは「いつ返ってくるのか」と「中身をどこまで見られるのか」という二つの不安だと思います。
この記事では、押収されたスマートフォン・パソコンが法律上どう扱われるのか、返還を求める手続にはどのようなものがあるのか、そして解析はどこまで及び得るのかを、条文に沿って整理します。事件の当事者になった方だけでなく、被疑者ではない立場で提出を求められた方に当てはまる部分も含めています。
まず、どの入口で持っていかれたのかを確認する
「押収」はひとつの手続ではありません。入口が三つあり、どれに当たるかによって、その後の返還の求め方が変わってきます。
令状による差押え
裁判官が発付した捜索差押許可状に基づく差押えです(刑事訴訟法218条1項)。令状の「差し押さえるべき物」にスマートフォンやパソコンが挙げられていれば、その場で拒むことはできません。令状は執行の際に示されますが(同法110条、222条1項)、写しを渡す決まりにはなっていないため、記載内容はその場で読んで控えることになります。
逮捕に伴う差押え
逮捕の現場では、別に令状がなくても捜索・差押えができます(同法220条1項2号、3項)。所持していたスマートフォンがこの場面で押収されることは珍しくありません。
任意提出と領置
「任意で出してほしい」と求められ、任意提出書に署名して渡す形です。提出された物を捜査機関が保管することを領置といいます(同法221条)。
ここで誤解が生じやすいのですが、任意で出したからといって、返してほしいと言えばすぐ戻るわけではありません。領置も押収の一種であり、返還には後で述べる還付の手続が必要になります。応じるかどうかは自由ですが、断った場合に令状が請求されることもあります。
| 入口 | 根拠となる条文 | その場で拒めるか |
|---|---|---|
| 令状による差押え | 刑事訴訟法218条1項 | 拒めない |
| 逮捕に伴う差押え | 刑事訴訟法220条1項2号 | 拒めない |
| 任意提出(領置) | 刑事訴訟法221条 | 応じるかどうかは自由 |
押収品目録交付書を確認する
押収をしたときは、目録を作って所有者や所持者などに交付することとされています(同法120条、222条1項)。実務で「押収品目録交付書」と呼ばれる書面です。
これは、後から返還を求めるときの出発点になります。何が、何点、いつ押収されたのかが特定できていなければ、返してほしいという話も具体的にできません。手元にない場合は担当の警察署に確認してください。あわせて担当部署・担当者名・事件の番号を控えておくと、その後のやり取りが早く進みます。
中身はどこまで見られるのか
「令状の範囲」という建前と、実際の解析
差押えの対象は令状で特定されている必要があり、事件と関連性のない物にまで及ぶことは想定されていません。もっとも、端末の中のデータは、紙の書類のように「この一枚だけ」と切り分けることが難しい性質を持っています。そのため実務では、端末全体のデータをいったん複製し、その中を検索していくやり方が一般的です。
結果として、事件と直接の関係がないやり取りや写真が捜査機関の目に触れる可能性はあります。「事件と無関係な部分は見られないはずだ」という前提で判断しないほうが、後で後悔せずに済みます。
削除したデータ、クラウド、バックアップ
削除済みのデータでも、端末内に痕跡が残っていれば復元される場合があります。復元できなかったとしても、削除の操作をした事実そのものが記録から分かることがあります。
また、令状にその旨の記載があれば、端末から接続できるサーバー上のデータを複写して差し押さえることも認められています(同法99条2項、218条2項)。クラウドの同期設定によっては、端末そのものより広い範囲が問題になり得ます。
端末の外側からデータが集まる仕組み
2026年5月21日、刑事手続のデジタル化に関する改正刑事訴訟法(令和7年法律第39号)のうち、電磁的記録提供命令などの規定が施行されました。通信事業者やデータを扱う事業者に対し、オンラインでの電子データの提供を命じる制度で、正当な理由なく従わない場合の罰則も設けられています。あわせて、命令を受けたことを口外しないよう命じる秘密保持命令も導入されました。
つまり、端末が手元にあるかどうかとは別に、事業者の側から記録が提出される道筋があるということです。日本弁護士連合会は施行に当たり、事件と無関係な個人情報が広く収集されることへの懸念を表明しています。
パスコードを教える義務はあるのか
電磁的記録に係る記録媒体を差し押さえる際、執行する側は、処分を受ける者に対して「電子計算機の操作その他の必要な協力を求めることができる」とされています(同法111条の2、222条1項)。求めることができる、という定め方であり、応じなかった場合の罰則は置かれていません。
自分に不利益な供述を強要されない権利は憲法38条1項が定めており、被疑者には取調べの際に供述を拒める旨が告げられます(刑事訴訟法198条2項)。パスコードを伝えないという対応が、それ自体で違法になるわけではありません。
一方で、伝えないことが常に有利とも限りません。実務では次のような事情が絡みます。
- 解錠に時間がかかる分、端末が長く戻らないことがある
- 証拠を隠しているのではないかと見られ、身柄拘束の判断に影響し得る
- 説明した内容と、後から出てきたデータが食い違えば、供述の信用性が問われる
どちらの対応が適切かは、端末に何が入っているか、事件をどう見通すかによって変わります。その場で即断せず、弁護士に事情を伝えたうえで方針を決めることをおすすめします。
いつ返ってくるのか
返還が動く三つのタイミング
留置の必要がなくなった押収物は、事件の終結を待たずに還付しなければならないとされています(同法123条1項、222条1項)。実際には、次の三つの場面が返還の動く時点になります。
- 解析が終わり、端末そのものを手元に置いておく必要がなくなったとき
- 捜査や裁判が終わったとき(不起訴、略式命令の確定、判決の確定)
- 事件が続いていても、一時的に返して支障がないと判断されたとき(仮還付)
どのくらいかかるかは、データ量、解析の順番待ちの状況、共犯者や余罪の有無によって大きく変わります。数週間で戻ることもあれば、数か月かかることもあり、公判が続く間ずっと戻らないこともあります。捜査機関から口頭で「一、二週間ほど」と言われたとしても、それは見込みであって約束ではありません。
| 事件の進み方 | 返還の見通し |
|---|---|
| 立件されずに捜査が終わった | 解析が済んだ段階で比較的早く戻ることが多い |
| 不起訴・略式命令 | 処分が固まった段階 |
| 起訴されて公判になった | 判決の確定後になることが多い(仮還付を求める余地はある) |
| 没収の対象・被害者に返すべき物 | 本人には戻らない |
そもそも戻らないもの
押収物のうち、被害者に返すべき理由が明らかな物は被害者に還付されます(同法124条)。判決で没収された物や、所持していること自体が違法な物も本人には戻りません。端末に事件の画像が保存されている場合は、データを消したうえで本体を返すという扱いが問題になります。
返還を求める手続
還付請求と仮還付請求
事件が検察官に送られる前であれば警察に、送致された後は担当検察官に対して、還付(正式な返還)や仮還付(一時的な返還)を求めます。仮還付は、仕事や生活に欠かせない物について検討される仕組みです。請求すれば通るというものではなく、捜査への支障の有無が判断の中心になります。
なお最高裁は、捜査機関に対して押収物の還付を請求する権利があること自体は認めています(最高裁平成15年6月30日決定)。
応じてもらえないときの準抗告
司法警察職員の押収に関する処分に不服がある場合、その官公署の所在地を管轄する地方裁判所に、処分の取消しや変更を求めることができます(同法430条2項)。検察官や検察事務官の処分についても同様の定めがあります(同条1項)。
「データは複写、本体は返す」という求め方
差し押さえるべき物が記録媒体であるときは、差押えに代えて、そこに記録されたデータを他の記録媒体に複写・印刷・移転したうえで、その記録媒体を差し押さえる方法が認められています(同法110条の2、222条1項)。
この規定は、返還を求めるときの足場になります。証拠として必要なのはデータであって端末そのものではないという場面では、複写が済んだのだから本体は返してほしい、という求め方ができるからです。実際に認められるかは事件次第ですが、「返してください」とだけ伝えるよりも、話が具体的になります。
返還が認められなかった例
最高裁が、押収された携帯電話機などの還付請求を権利の濫用に当たるとして退けた例があります(最高裁令和4年7月27日決定)。同意なく撮影・録音された動画などが記録されており、流出すれば被害を受けた方に回復し難い不利益が生じる危険があること、他方で返還されないことによる請求者側の著しい不利益はうかがわれないことなどが理由とされました。
この事案で見落とされがちなのは、検察官が「そのデータの消去に応じるのであれば還付する」と申し出ていた点です。中身の一部を手放すことで本体を取り戻すという選択肢が、現実の交渉には存在します。
盗撮が問題になっている場合
性的姿態撮影等処罰法(令和5年法律第67号)には、押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録を消去するための手続が置かれ、2024年に施行されています。検察官が保管する押収物に記録された対象の画像について、行政上の手続として消去等の措置を行う仕組みで、これに不服がある場合の裁判手続も定められています。
盗撮が問題になっている事件では、「端末が返るかどうか」と「中の画像がどうなるか」が別々に進むことがある、と理解しておくと混乱が少なくなります。
押収されている間の生活をどう立て直すか
端末はすぐには戻らないという前提で生活を組み立て直すほうが現実的です。
- 新しい端末を用意することは差し支えない。番号を残したい場合は、契約はそのままにして機種を変える方法がある
- 二段階認証のアプリ、決済アプリ、電子マネーの残高については、復旧の手段を早めに確認しておく
- 仕事の連絡先は、クラウド側に残っていれば新しい端末から復旧できることが多い
- 連絡先を変えるときは、押収の担当者にも新しい番号を伝えておく
一方で、避けたほうがよい行動もあります。
- クラウド上のデータやアカウントを削除する
- 関係者に連絡して、説明のすり合わせをする
- 相手方に直接連絡し、事情を確かめようとする
- 警察からの連絡がつかない状態のまま放置する
いずれも、後から証拠を隠そうとしたのではないかと疑われる材料になり得ます。特にデータの削除は、削除した事実自体が記録に残ることが多く、消したことで生じる不利益のほうが大きくなりがちです。
被疑者ではない立場で求められたとき
被害を受けた方や参考人として、事情を確かめるためにスマートフォンの提出を求められることもあります。この場合も、いったん領置されれば、返還には還付の手続が必要になります。
提出する前に、何のためにどの範囲を確認するのか、いつごろ返してもらえる見込みか、必要な部分だけを複写する方法は取れないかを確認しておく余地があります。断ること自体はできますが、断れば令状が請求されることもあり、断ったから終わりというわけでもありません。
弁護士に相談する意味
押収された端末をめぐる問題は、返還の交渉だけで完結しません。解析の結果は、その後の処分の見通しにそのまま影響します。相談が早いほど、次のような点を整理しやすくなります。
- 押収品目録から、何がどの範囲で押収されたのかを確定する
- 還付・仮還付・準抗告のうち、どこまで求めるかを決める
- データの複写で足りる場面かどうかを検討し、捜査機関に伝える
- 取調べでの説明と、端末に残っている記録との整合を確認する
当事務所では初回のご相談を無料でお受けしており、相談の受付は24時間体制で行っています。手元に端末がない状態が続くこと自体、大きな負担です。
まとめ
- 押収には令状による差押え・逮捕に伴う差押え・任意提出(領置)の三つの入口があり、任意で出した物も返還には手続が必要になる
- 中身は令状の範囲で調べるのが建前だが、実務では端末全体を複製して検索する運用が一般的で、削除したデータが復元されることもある
- パスコードの協力要請に罰則はないものの、伝えないことが常に有利とも限らない
- 留置の必要がなくなれば事件の終結を待たずに還付される。応じてもらえないときは準抗告という手段がある
- データを複写して本体は返してほしいという求め方には、条文上の足場がある
見通しが立たないまま待つ時間を短くするためにも、早い段階でご相談ください。


