「金を返せ」と強く迫った|正当な債権回収と恐喝の境界
警察から「捜査に必要なので、スマートフォンを預からせてほしい」と言われた。令状は示されておらず、任意だと説明されている。断ってもよいと言われたものの、その場でどう答えるべきか判断がつかない――こうしたご相談があります。
任意提出は、応じるかどうかを選べる手続です。ただし、選べるのはその場だけで、いったん渡した後は自由に取り戻せなくなります。任意で出したのだから返してほしいと言えば戻る、というものではありません。
この記事では、まだ渡していない段階、あるいは渡すかどうかを迫られている段階に絞って、判断の材料を整理します。
すでに押収された後の返還の求め方や、解析がどこまで及ぶのかについては、スマホ・PCを押収された|いつ返るのか、中身はどこまで見られるのかで扱っています。本記事は、その手前の局面を扱います。
この記事の要点
- 任意提出に応じるかどうかは自由ですが、提出した物を捜査機関が保管することを領置といい、これも押収の一種です。返還には手続が必要になります。
- 判断すべきは「断れるかどうか」ではなく、「断った後に何が起きるか」です。断れば令状が請求されることもあります。
- 応じる場合は、その場で確認しておくことが4点あります。特に押収品目録交付書は、後の手続の出発点になります。
- 任意提出書とあわせて、所有権を放棄する旨の書面を求められることがあります。これは意味がまったく異なります。
「任意」の意味を正確に理解する
任意提出は、刑事訴訟法221条に基づく手続です。求められた側が自分の判断で提出し、捜査機関がそれを保管する形になります。この保管を領置といいます。
誤解が生じやすいのは、領置も押収の一種であるという点です。令状による差押えと入口が違うだけで、その後の扱いは変わりません。返してほしいと考えたときには、還付という手続を経ることになります。
つまり、自由があるのは提出するかどうかを決める瞬間だけです。渡した後は、令状で差し押さえられた場合とほぼ同じ状態になります。
断れるかどうかではなく、断った後を考える
「断れますか」というご質問をよくいただきます。断れます。ただ、その先を見ておく必要があります。
| 対応 | その場で起きること | その後に起こり得ること |
|---|---|---|
| 応じる | 端末を預けて任意提出書に署名する | 解析が進む。返還には還付の手続が必要になる |
| 断る | その場では持っていかれない | 令状が請求され、後日あらためて差し押さえられることがある |
| 保留する | 即答を避け、相談してから返答する旨を伝える | 事案により、後日の連絡や令状の請求につながる |
断ったこと自体が不利益に扱われるわけではありません。一方で、断れば話が終わるとも限らないのが実情です。令状が発付されれば、その場で拒むことはできなくなります。
この構造を踏まえると、判断の軸は「渡すか渡さないか」ではなく、「どういう形で渡すか」になる場面が少なくありません。
応じる場合に確認する4点
その場でできる確認です。いずれも、後の手続の足場になります。
- 何を、何点提出するのか。端末本体だけなのか、SIMカードやメモリーカードも含むのか。
- 押収品目録交付書を受け取る。押収をしたときは目録を作って交付することとされています。何がいつ押収されたかが特定できていなければ、返還を求める話も具体的になりません。
- 担当部署・担当者名・連絡先を控える。事件の番号が分かれば、あわせて控えておきます。
- 返還の見込みを聞く。その場で示される期間はあくまで見込みですが、聞いた内容を記録しておくと後の交渉の材料になります。
目録が渡されないまま話が進みそうな場合は、その場で求めてください。後から請求することもできますが、手間が増えます。押収品目録の読み方と、そこからの還付請求の進め方は、押収品目録交付書から分かること|還付請求の手順で解説しています。
所有権放棄書を求められた場合
任意提出書と一緒に、提出した物の所有権を放棄する旨の書面に署名を求められることがあります。任意提出書とは意味がまったく異なります。
任意提出書は「提出します」という書面ですが、所有権放棄書は「返してもらわなくて構いません」という内容です。署名すれば、返還を前提とした話ができなくなります。
端末そのものを取り戻したいと考えているのであれば、この書面に署名する理由はありません。2つの書面の違いを、その場で確認してください。書面の名称が分かりにくい場合は、何が書かれているのかを読み上げてもらうという方法もあります。
データだけを渡すという求め方
証拠として必要なのはデータであって端末本体ではない、という場面があります。
差し押さえるべき物が記録媒体であるときは、そこに記録されたデータを他の記録媒体に複写したうえで差し押さえるという方法が、法律上認められています。この規定があるため、必要な部分を複写してもらい、本体は手元に残すという求め方には条文上の足場があります。
実際に認められるかは事案によります。ただ、「返してください」とだけ伝えるより、話が具体的になります。仕事で使っている、家族の連絡手段が他にないといった事情があれば、あわせて伝えてください。
その場で答えなくてよい
即答を求められる場面が多いのですが、相談してから返答したいと伝えること自体は問題ありません。
伝え方としては、提出を拒むという言い方ではなく、内容を確認したうえで改めて連絡したいという形が現実的です。担当者の連絡先を控え、いつまでに返答するかを決めておけば、話は進みます。
一方で、この間にやってはいけないことがあります。
- 端末内のデータを削除する。削除した事実そのものが後から分かることが多く、消したことで生じる不利益のほうが大きくなりがちです。
- クラウド上のデータやアカウントを消す。
- 関係者に連絡して、説明のすり合わせをする。
- 端末を初期化する、機種変更をする。
いずれも、証拠を隠そうとしたのではないかと見られる材料になります。初期化や機種変更がどう評価されるかは、端末を初期化・機種変更した場合|不利に働く事情になるかで整理しています。
パスコードを聞かれた場合
提出と同時に、解錠を求められることがあります。捜査機関は必要な協力を求めることができるとされていますが、応じなかった場合の罰則は置かれていません。
ただし、伝えないことが常に有利とも限りません。解錠に時間がかかる分だけ端末が長く戻らないことや、身柄の判断に影響し得ることがあります。この点は、パスコードや生体認証を求められたら|協力義務の有無で詳しく扱っています。
被疑者ではない立場で求められたとき
被害を申告した方や、参考人として事情を聞かれている方が、確認のために提出を求められることもあります。
この場合も、いったん領置されれば返還には手続が必要です。事件の当事者でないから早く戻る、という決まりはありません。提出する前に、何のためにどの範囲を確認するのか、必要な部分だけを複写する方法は取れないかを確認しておく余地があります。
自分が被疑者として扱われているのか、そうでないのかが分からないまま話が進んでいる場合は、その点を先に確かめてください。
よくあるご質問
Q. すでに署名して渡してしまいました。取り消せますか。
提出そのものを取り消すという形にはなりませんが、還付や仮還付を求めることはできます。所有権放棄書に署名しているかどうかで進め方が変わりますので、手元の控えを確認してください。
Q. その場で断ったら、態度が悪いと思われませんか。
断ることは法律上認められた対応です。相談してから返答したいという伝え方であれば、拒絶とも受け取られにくいと思われます。
Q. 家族の端末を出すよう求められています。
所持している方が判断する事柄です。本人が不在の場合、その場で代わりに提出するかどうかは慎重に考えてください。後から本人との間で問題になることがあります。
まとめ
- 任意提出に応じるかどうかは自由だが、提出後の領置も押収の一種であり、返還には手続が必要になる。
- 判断の軸は「断れるか」ではなく「断った後に何が起きるか」。令状が請求されることもある。
- 応じる場合は、提出物の範囲・押収品目録交付書・担当者の連絡先・返還の見込みの4点を確認する。
- 所有権放棄書は任意提出書とは別の書面。端末を取り戻したいなら署名する理由はない。
- データを複写して本体は残すという求め方には、条文上の足場がある。
- 返答を保留している間に、データの削除や初期化をしない。
当事務所では、提出を求められている段階でのご相談もお受けしています。すでに渡してしまった場合でも、返還を求める手立てが残っていることがあります。相談は24時間受け付けています。


