心理カウンセリングの現場から訴える、情操教育の必要性と重要性 ~人生は常に学びである~
私昔から思ってたんですが
例年、大学入学共通テストが実施されます。
この共通テストに限らず
高校受験にしてもそうですし
何か学校で学ぶための、学問を修める(修得する)ための入学試験って
なぜ必要なのでしょうか?
学びたいと望んでいる人には広く門戸を開いて
すべての希望者を受け入れれば良いんですね。
すべてを受け入れていたら物理的なキャパがないという問題があるかも知れませんが
今の時代、わざわざ直接学校(現地)に赴かなくても
人数制限の必要なくオンラインで授業は受けられますし
わざわざテストでふるいにかける必要はないと思うんですね。
学校側(受け入れ側)としても
それだけ多くの学費が納められるわけですから
経営面でも歓迎なのではないでしょうか。
受け入れるからにはきちんと卒業させる責任がある
学を修めてもらう必要があるといった理屈は
単なるプライドの問題としか思えません。
学びたい人に門戸を開いておくことは
お寺の精神と同じですし
お寺もかつては寺子屋として
学校の前身のような機能(役割)を果たしていたわけです。
確かに人にはそれぞれ学び(学力)の差があります。
一定の水準がなければ
例えば小学校低学年レベルの学力と
すでに学士レベルの学力を有してる者と同席で学ぶには無理があるでしょうし
そういう意味では誰でも見境なく受け入れてしまうことは
全体的な低水準化(質の低下)を招いてしまう恐れもあるでしょう。
ただ私が言ってるのは
共通テストであればすでに高卒レベルの学力は有してる事になりますし
明らかな低学力(まだ未習熟)の人まで受け入れろと言ってるのではないのですから
過熱気味になってるだけの
過剰な人数制限(受験)は必要ないのではないかと提起してるのです。
受験生としても
そこで学ぶことより入学することが目的になっていたり
ブランド(ネームバリュー)がほしいだけになっていては
わざわざ大学に入学してそこで学ぶ意義が失われるだけでしょう。
共通テスト(受験)は本当に必要なのか?
そもそもは学歴社会の弊害を生んでいる社会構造に問題があるのかも知れませんが
多くの学びたいを受け入れ
学力の向上や専門性を磨く事に主眼を置いた運営を願うばかりです。



