何でも仕切りたがるのは、心に余裕が無い証拠
「忙(忙しい)」という漢字は
そのつくりから、心を亡くすと言われます。
よく多忙を極めるなどと言われますが
ではどうして忙しいと心を亡くしてしまうのでしょうか?
そもそも心なのかどうか、心ではないという話もあるかもしれませんが
いくら忙しかったところで人から心が亡くなるわけではありませんし
むしろ感情的になって余計心が(要らぬ心)が増えていくかもしれません。
しかしこの考えは
「心=感情」といったように
心を感情のことだと勘違いしていたり
同義に捉えてしまうことの誤りなのです。
心というのは私は感覚のことだと言ってますが
今回のコラムではわかりやすいようにこの考えは省いて説明しますと
心とは礼儀や真心といったように
相手に向けて(対して)の自分の心の持ちよう。
つまり向き合い方ということが言えます。
このように考えてみると
人は忙しくなればなるほど
相手のことなど考えてる場合ではなく(考えられなくなってしまう)
自分のことで一杯一杯になってしまうのではないでしょうか?
忙しさのあまり、礼儀を欠いた対応になってしまったり
自分のことしか考えられなくなってしまい
とても心を尽くす対応など出来たものではありません。
余裕があれば丁寧にもてなしたりできるようなことでも
忙しい状況ではそれどころではなくなりますよね?
そんなわけで私は忙しいという漢字は
心を亡くすことだと言われるのではないかと思うんですね。
皆様はどのようにお考えでしょうか?
何もこれが正解というような話ではありませんので
皆様それぞれのお考えやご感想をお聞かせください。
漢字の意味を深く探ると色々見えてきて面白いですよね。