ゼロから老後を楽しむ 第1章.1

小橋広市

小橋広市

テーマ:人生の軌跡と羅針盤

先日、68歳になりました。もうどこから見ても高齢者です。
59歳までは、建築設計とステンドグラス作家の二足わらじで生計を立てていました。そんな生活に突然、ピリオドを打つような出来事が起こりました。

朝4時頃、冠動脈が一度に8箇所も閉塞する重度の心筋梗塞で緊急入院。結果的に建築設計事務所とステンドグラススタジオを廃業することになりました。不安と絶望のどん底に立たされた私が、どのような経過を辿って老後を楽しもうと考えれられるようになれたのか。

また、劣等感とプライドが高かった私が、何をきっかけに第二の人生を歩もうと思ったのか。どんなメンタルや知識が必要だったのか。今回から、その歩みをコラムでお伝えします。
老後の楽しみ方を探しているあなたに、何かの参考になれば嬉しいです。


人間

現役バリバリの頃は、まさか自分が60歳になる前に現役を引退することなど思いもよりませんでした。仕事ができなくなり、これからどうやって生きていこうか・・・ 絶望と先行きの不安で「死んでいた方が楽だったかも・・」などと病院のベッドでネガティブなことばかりを考えていました。

ところが退院してみると、倒れる前に受注した仕事の残務処理に追われながらも何とか行動できました。不思議なもので身体を動かしていると、どこからか意欲が湧いてくるものです。残った仕事の残務整理を友人に手伝ってもらい、半年後、私の事務所はどちらも廃業しました。

その後、畑違いのアンガーマネジメント協会に入会し、アンガーマネジメントを伝えるファシリテーターとして講師業に携わっていくことになりました。この時期のことは、コラムにも書いているので詳しいことは割愛します。

今思えば、心から第二の人生を歩みたいと考えられるようになったのは、数年前、二度目の心筋梗塞による心肺停止で死の淵をさまよいながらも、多くの人の手で命を救われ生還できてからです。

ICDを埋め込み障害者になった自分に何ができるのか思いあぐねていましたが、なんとかステンドグラス教室だけは続けていました。やがて世界が未曾有のコロナ禍に入り、ステンドグラス教室も長期で休むことになりました。

コロナ禍で社会が変貌した中、事務所を廃業してもステンドグラス教室やアンガーマネジメントファシリテーターの仕事を続けることができたのは、人に何かを伝えることが好きだからかなぁ、なんて考えていると、若い頃、教職に憧れたことを思い出しました。

今更、教師にはなれないけど、自分が学んだことや経験してきたことを伝える場なら作れると思っていました。アンガーマネジメントを学んだ際、スキルはもちろん、一般社団法人のシステムにも興味を持ち、いつか伝える場として一般社団法人を立ち上げようと計画していました。

この年令になった私が今から、一般社団法人を立ち上げて運営するのは容易ではないと思いますが、いつでも交替できる人材を育てておけば不可能ではありません。

ということで次回からは、身体的に行動が制限され、ネガティブ思考と意欲を失った私がどんなことを学び、どんな実体験をしたかを毎日とはいきませんが、こちらのコラムを通してお伝えします。


終わりに・・・
コラムの内容は、あなたの状況・状態・環境などに合わせて解釈し、自分用にアレンジして応用して下さい。



【小さな実践】
アウトプットすることで学びを整理できる、家族や友人、職場の同僚に自分の言葉で実践してみる



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小橋広市(講師)

一般社団法人Self&Lifeコンディショニング協会

なりたい自分になる勉強会やセミナーの開催及び、居心地が良い環境の中で、生きやすくなるための講座や相互交流ができる「心ホッとコミュ」というコミュニティを開放しています。

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