事業計画作成法を伝授します⑧~スケジュールとプロジェクト体制を策定する~
目次
《視点1》マーケティング戦略とイノベーション戦略の両輪を回す
《視点2》人材の多様性を基礎に、柔軟な考え方や、新たな発想を企業の目的に適合させる組織へ
1.VUCA時代の到来と、その特徴
今、世界の経営学で、VUCAというキーワードが盛んに使われています。
VUCA(ブーカ)とは、
Volatility(変動性)
Uncertainty(不確実性)
Complexity(複雑性)
Ambiguity(曖昧性)
の頭文字をとった用語です。
VUCAは、もともとは、軍事学の用語として提唱されたキーワードでした。
正規軍同士がぶつかり合う総力戦であった古典的な戦争に対し、テロリスト・革命軍・ゲリラ軍などの非正規軍を相手にする戦争となった現代戦では、敵の力量と味方の力量を比較して、結果を予測し、出方をたてる「孫子の兵法」が通用しなくなりました。
敵の指揮系統も、兵力の総量も判然とせず、敵軍の動きは自在に変動し、その動きは不確実かつ曖昧です。突然、想定できていない敵の広報活動によって、湧き上がって来たヒトが同時多発的にアクションを起こし、しかも、そこに想定外の世論の支持が集まったりするという展開が、21世紀特有の戦争です。
そこには、展開への事前の予想が不可能で、情勢に応じた臨機応変な対処を、スピーディにとれる軍が優位に立つことになります。
このような現代戦と似た状態が、今の経営の世界に起きているのが、経営学でいうVUCA現象です。
ポーターが唱えた競争戦略論では、ファイブフォースと呼ばれる視点で、競合を様々な観点から、広くとらえる必要性が論じられています。
しかし、VUCA時代の経営では、ポーターの競争戦略論ですら、想定できない競争相手が、突如、姿を現すことになります。
・自動車業界に、IT世界大手のGAFAが競合として現れる(不確実性)
・化粧品業界に、富士フイルムが競合として現れる(変動性)
・エンタテイメント業界で、「推し」エコノミー行動が、経済的な利潤を決めるようになる(曖昧性)
・コロナ禍に起きた、ロシアのウクライナ侵攻によって、デフレスパイラル時代から、インフレ時代に移り変わり、コロナ不況の最中に、スタグフレーションが進行する(複雑性)
このような、予想が不可能な事態が、次々に起きる中で、従来、企業が立案してきた、経営戦略や、事業計画の環境が、瞬く間に変動してゆくというのが、VUCA時代の特徴です。
2.企業の経営戦略論や、事業計画は、どう変わるべきなのか?
企業には、経営理念があり、その理念を全うするための、全社経営戦略があり、それに基づいて事業戦略が立案され、事業計画が立案されて実行されてゆく・・・。
これが、経営の基本的な方法論です。
しかし、外部環境の複雑化や変動性、競合の不確実性、消費者行動や口コミ形成の曖昧化など、VUCA現象を考えるとき、これまで、経営者が行ってきた、経営戦略と事業戦略、事業計画などの手法は、大きく、その方法論を変貌させなければなりません。
単純かつ固定的な外部環境の想定、成熟した固定的な競合関係、単純な消費者行動モデル、単純な採算計画や、固定的なスケジュール、硬直した組織運営。
これらを前提とした分析に裏付けられた事業計画では、どのような大資本の企業であっても、中長期的に存続することはできません。
《視点1》マーケティング戦略とイノベーション戦略の両輪を回す
VUCA時代に最も危険な発想は、本業を頑なに守り続け、そこに一極集中して拘る考え方です。
本業一極集中のすべてが悪いわけではありません。過去の成功体験にこだわり、それを変えることを拒否する発想が危険なのです。
例えば、ソニーは、自動車産業に進出するにあたり、自動車をエンタ-テイメント空間と位置づけ、自社のエンターテイメントにおける強みを、自動車産業で発揮するポジションを目指すと、自社の事業ドメインを位置付けました。
移動の手段であった自動車を、その移動時間と内部の空間という観点から、エンターテイメント空間と捉えなおしたのです。
このような考え方を、ピーター・ドラッカーは、イノベーションと名付け、マーケティングと並ぶ事業の両輪に位置付けています。
ドラッカーは、その古典的名著「現代の経営」の中で、冷蔵庫の事例をとりあげています。
エスキモーに対して、外気で凍り付いた食糧の解凍機器として冷蔵庫を位置付けて売る、という行動は、イノベーションの典型的な事例である、と、ドラッカーは言います。
このようなイノベーションの観点から本業を捉えなおす行動で本業を深堀り、更に、そのイノベーションの結果、新たに創出した消費者に向けて、マーケティングミクスの再構築を行い、販売する行動は、過去にこだわるリスキーな行動とは異なります。
2020年から世界を襲った新型コロナ禍で、躍進した企業は、新型コロナ禍という曖昧で、実態のつかめない変動的かつ不確実なウイルスに対処する、新たなヒトの生活環境に適合した商品・サービスに、イノベーションを果たした企業でした。
勿論、本業一極化集中を回避し、将来の予想が不確実かつ変動的で、曖昧で、複雑な要因のもとに流動することに備え、事業を多角化してポートフォーリオを組み、その全体の事業の深堀と展開を摸索することも、一つの道です。
本業集中にせよ、多角化にせよ、VUCA時代においては、過去の成功体験から脱却し、スピードをあげて、マーケティングとイノベーションの両輪を同時に漕ぐ経営が求められています。
《視点2》人材の多様性を基礎に、柔軟な考え方や、新たな発想を企業の目的に適合させる組織へ
過去の成功体験が積みあがった企業は、必ず、メンバーが単一化します。特定の目的(営業であるとか、生産であるなど)を追求するという組織の目的と共有して、そこに行動を集中させるため、メンバーがどうしても、「金太郎飴」状態になります。
ところが、VUCA時代には、このような組織目的の前提条件である外部環境やファンダメンタルズが流動的かつ不確実になり、消費者の求めるものもまた、変動的かつ曖昧化します。
このようなことに、従来の組織は、向いていません。
VUCA時代に求められる組織は、多様でかつ自立した個が集まり、多様な意見や、多様な観点を自由に提案しながら、柔軟かつスピーディに組織目的とそれに基づく行動を変えることができるものであることが必要条件です。
・企業文化を長年にわたって経験した人と、そこに捕らわれない人がチームを組む。
・様々な年齢層の人が対等なチームを組む。
・男性と女性が対等にチームを組む。
このようなダイバーシティで自立して思考ができる「個」をチームにし、目的を上から押し付けることをせず、各位の強みを尊重しあいながら、弱みを補いあう、有機的な結合をする組織を生み出すこと。そして、この組織に自立的な活動を促すこと。
そして、これをトップマネジメントが、消費者のニ-ズや、企業の目標と適合させること。
このような組織に変えてゆかねばなりません。
《視点3》スピーディに環境に適合した事業領域に進出をして、オペレーションを「今すぐ」開始する事業戦略へ
このマイベストプロのコラムでも、以前に、事業計画の立案のノウハウを発信しておりました。
事業計画は、企業を取り巻く外部環境と内部環境の分析をSWOTなどのフレームワークで分析するところからスタートします。そして、市場成長率と、競合の状況を踏まえた市場シェアーをかけあわせた成長ベクトルを割りだして、事業ごとのポジショニングを分析し、そこから事業戦略を策定して、事業計画に落とし込みをします。
VUCA時代においては、外部環境が極めて変動的で不確実となります。更に、競合についても、先にあげた自動車産業に対するソニーやGAFAの参入からわかるように、曖昧化します。
そうなりますと、事業計画の前提そのものが、非常に激しく変動し、流動化してしまいます。
中長期の事業計画は、ますますローリングが激しくなり、そのローリングをスピーディに行えないと、事業計画そのものが、的外れになってしまうわけです。
事業計画をしっかりと立案しないと動けない巨漢企業よりも、情報感度に敏感で、スピーディーに方針を打ち立てて実行に移せる、中小のオーナー企業のほうが、VUCA環境に適合できます。
大きなオフィスに大量な人的資源をかかえてきた大企業よりも、低コストで機動性のあるベンチャー精神にあふれた中小企業が、有利な「逆転潮流」が、益々強くなることは間違いありません。
要は、流動化する時代の変化の情報にしっかりと向き合い、スピーディに環境に適合した事業についての計画を編み出し、そこに、進出をするオペレーションを「今すぐ」開始する事業戦略が重要になります。
まさに、計画も現場を走って感じながら立案し、それを、「今でしょ、今!」と現場を鼓舞しながら、形に変えていけるトップマネジメンが率いる組織が成長の条件です。
新型コロナ禍において、企業においても、強いK字化が進行しました。
新型コロナという曖昧なウイルスの攻撃に対して、流動化する消費者の動きやマインドを敏感に察知して、事業を新型コロナ禍に適合させた企業は、大きく売り上げを伸ばし、利益をえました。
一方で、政府や自治体の発表や方針に振り回され、メディアの報道で、新型コロナ禍が過ぎるのを待っていた企業は、大きく業績を減退させ、政府の支援金に依存して生きながらえるゾンビと化しました。
このような傾向は、決して新型コロナ禍で終わるわけではありません。
新型コロナ禍は、VUCA時代を象徴する、一現象にしか、過ぎません。
《視点4》働き手が主体の仕事で、熱意を高め、規律重視から生産性重視に評価基準を切り替える人事へ
今、若者の中には、DX(デジタルトランスフォーメーション)で進化し、過去の日本では考えられないほどの優秀な若者が出現しています。オリンピックに出場する選手の記録レベルも、過去の日本人では考えられなかった驚異的な新記録がでています。
しかし、その一方で、多くの日本人の平均的なエンゲージメント(熱意)は、非常に低下しています。そして、VUCA時代を迎え、自信を大きく失っています。
自立し、ストイックに自分を鍛えあげて、自ら成長し、進化を遂げる優れた少数の個が輩出されている一方で、平均的な日本人の熱意や自信は、20世紀後半から考えて、大きく低下しています。
リクルートマネジメントソリューションズの2020年調査によりますと、「朝目覚めて、さあ仕事にいこうという気になるか」という質問に対し、一週間に1回以上の頻度でそう感じると回答したヒトは、全体の21.3%にとどまりました。
それ以外の80%程度のヒトは、「まったくない」「1年に数回」「1か月に1回以下」と回答しています。
このような状態で、テレワークをせざるをえないコロナ禍に突入したわけですから、テレワークは、80%の日本人にとって、単なる「会社に行かないで済む、都合のよいサボリの口実」だったのはないでしょうか?
テレワークは、自分を律し、自己管理ができる人にとっては、生産性向上のツールとなります。しかし、エンゲージメントが低く、自己管理意欲がないヒトが使えば、単なる「サボる口実」に過ぎません。
テレワーク社会は、もう、元には戻りません。
そうであるなら、今後の日本では、80%のヒトの生産性が落ち続け、20%のヒトの生産性が飛躍的にあがる、強いK字化社会になるのではないでしょうか?
企業を経営する中で、今後、非常に重要なことは、働き手の仕事に対する熱量を高め、大量な一括採用的な人事から、熱量と自己管理能力が飛躍的に高い人材を選別育成することではないでしょうか?
そして、その個が生産性を最も高められる環境を準備し、生産性の程度に応じた人事評価を行うことではないでしょうか。
自己管理ができず、熱量が低い社員を規律重視の評価で図っていれば、企業は生産性を限りなく低下させ、結果的に利益を失います。
80%の熱量の低い、自己管理のできない人材を企業から排出し、20%の高い熱量と自己管理能力の高い人材の生産性を飛躍的に高め、飛躍的にあがった生産性の分を正当に評価する、そのような企業でなければ、生き残れないのではないでしょうか?
続く
松本尚典の中小企業経営者支援コンサルティングサービス
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