【ストーカートラブル】緊急の禁止命令とは|聴聞を経ずに出る場面
この記事は、2026年10月時点の民法・刑法・ストーカー行為等の規制等に関する法律(ストーカー規制法)・民事執行法などに基づいて解説しています。個別の事情によって結論が変わることがありますので、具体的な対応は弁護士にご相談ください。
「別れた相手の部屋に、仕事で使うパソコンや大切な物を置いたままになっている。返してほしいけれど、会うのが怖い」というご相談を受けることがあります。反対に、「荷物は取りに来れば返す、と言われているが、会えば復縁を迫られるのではないか」と迷っている方もいます。
私物の返還は、法律上はそれほど難しい話ではありません。預けた物の持ち主は自分ですから、返すよう求めることができます。ただ、つきまといや強い執着が見られる相手の場合、「どうやって受け取るか」という段取りを誤ると、私物を取り戻す場面がそのまま接触の機会になってしまうおそれがあります。
この記事では、元恋人に預けた私物を、相手と会わずに、できるだけ安全に取り戻すための考え方と手順を整理します。相手の荷物が自分の家に残っている場合の扱いや、合鍵の問題は別の記事で解説していますので、あわせてご覧ください。
預けた私物は返すよう求められる
持ち主であれば返還を求める根拠がある
交際中に相手の部屋に置いていた衣類や家電、仕事道具などは、自分の物である限り、所有権に基づいて返すよう求めることができます。相手に「預ける」という形で置いていた場合は、寄託(物を保管してもらう契約)と見ることができ、寄託した側はいつでも返還を求められるとされています(民法662条1項)。無償で貸していた物であれば使用貸借として、関係の終了に伴い返してもらう筋道があります(同法597条、598条)。
つまり、「相手が返したくないと言っているから仕方がない」ということにはならず、返還を求めること自体は正当な行為です。ストーカー規制法が問題にするのは、恋愛感情やそれが満たされなかったことへの恨みなどを動機とするつきまとい等ですので、私物を返してほしいと用件を伝えることが、それだけで規制の対象になるわけではありません。
「プレゼントしたもの」と言われる場合
返還を求めたところ、相手が「それはもらった物だ」「自分が買ってあげた物だ」と主張することがあります。贈与にあたるかどうかで結論が分かれるため、誰がお金を出したのか、どのような経緯で相手の部屋に置くことになったのかを整理しておく必要があります。
購入時のレシートやクレジットカードの明細、ネット通販の購入履歴、「しばらく置かせて」といったメッセージのやり取りは、自分の物であることや預けただけであることを示す材料になります。
返す代わりに条件を出されたとき
「貸したお金を返すまで荷物は渡さない」「一度会って話すなら返す」と、交換条件を出されることもあります。貸し借りの精算は、私物の返還とは別の問題として扱うのが基本です。物を手元に留めておける権利(留置権)は、その物に関して生じた債権がある場合に限られ(民法295条1項)、交際中の貸し借りを理由に私物を返さないことが当然に認められるわけではありません。
また、荷物を口実に会うことを求め続ける行為は、状況によっては面会の要求として、つきまとい等にあたることがあります(ストーカー規制法2条1項3号)。条件を出されたやり取りも記録として残しておきましょう。
会わずに取り戻す方法の選び方
宅配便で送ってもらう
最も接触が少ないのは、相手に宅配便で送ってもらう方法です。送料は着払いにすると、相手の負担を理由にした引き延ばしを避けやすくなります。
注意したいのは送り先です。新しい住所を知られたくない場合は、宅配業者の営業所での受け取り(営業所止め)や郵便局留めを使う、信頼できる家族の住所を指定するといった方法が考えられます。いずれの方法でも、伝票や問い合わせを通じて住所が分かってしまうことがないよう、送り先は「相手に知られてもよい場所」かどうかを基準に選ぶことが大切です。転居先の情報を守る手続の順序は【ストーカートラブル】引っ越した先を知られないための手続の順序で解説しています。
第三者に受け取りを頼む
家族や友人に受け取りを頼む方法もあります。ただし、相手が強い執着を見せている場合、代わりに出向いた人が責められたり、その人を通じて連絡を取ろうとされたりすることがあります。受け取り役を頼むときは、相手の家に上がらない、受け渡しは人目のある場所で短時間で済ませる、本人の近況や居場所は伝えない、といった点を事前に共有しておきましょう。
なお、警察は物の受け渡しのような民事上のやり取りには原則として関与しない立場です。ただ、すでにつきまといの相談をしている場合や、暴力の危険がある場合には、受け渡しの段取りについて事前に警察署へ相談しておくと、状況に応じた助言を得られることがあります。
弁護士を窓口にする
相手と直接やり取りすること自体に負担や危険がある場合は、弁護士が代理人として返還を求める方法があります。代理人から書面で返還を求め、送り先を法律事務所にすれば、ご本人の住所や連絡先を相手に伝えずに私物を受け取ることができます。
代理人が入ると、以後の連絡は代理人宛てに行うよう相手に求めることになるため、私物の話を口実にした本人への連絡を止める効果も期待できます。弁護士に依頼した場合に何が変わるかは、【ストーカートラブル】弁護士に依頼すると何が変わるのか|ストーカー被害で代理人を立てる意味で詳しく解説しています。
取り戻す前に準備しておくこと
返してほしい物のリストを作る
返還を求める前に、返してほしい物を一覧にしておきます。品名だけでなく、色や型番、おおよその購入時期、写真があればその写真も添えておくと、「どれのことか分からない」「もう渡した」といった行き違いを防ぎやすくなります。
次のような情報を整理しておくと、相手への要求や、その後の手続で役立ちます。
- 返してほしい物の品名・特徴・数量。
- 購入時期と、購入を示すレシートや明細の有無。
- 相手の部屋に置くことになった経緯と、それが分かるやり取り。
- これまでに返還を求めた日時と、相手の返答。
- 相手から出された条件や、会うことを求められたやり取り。
急いで必要な物は再発行も検討する
運転免許証やパスポート、健康保険証、通帳やキャッシュカードなどが相手の手元にある場合は、返還を待つより再発行や利用停止の手続を先に進めたほうが早いこともあります。悪用を防ぐ意味でも、重要な書類やカード類は、返還の交渉と並行して手続を検討しておくと安心です。
また、相手が自分のSNSやアカウントのパスワードを知っている、合鍵をまだ持っているといった事情があれば、私物の返還とあわせて整理しておく必要があります。合鍵については【男女トラブル】別れた相手が合鍵を持っている|返してもらう交渉と、鍵を替える判断をご覧ください。
やってはいけない取り戻し方
相手の部屋に入って持ち出す
手元に合鍵が残っていても、相手の留守中に部屋へ入って私物を持ち出すことは避けてください。相手の承諾なく住居に入れば住居侵入罪(刑法130条)に問われるおそれがあります。また、自分の物であっても、他人が占有している物は窃盗罪との関係では他人の物とみなされるため(同法242条)、持ち出し方によっては問題になることがあります。
法律は、権利があっても裁判所の手続などによらずに力ずくで実現すること(自力救済)を原則として認めていません。正当な返還請求であっても、方法を誤ると自分が責任を問われる立場になりかねないという点は意識しておきたいところです。
相手の家族や職場に繰り返し連絡する
相手と連絡が取れないからといって、相手の家族や勤務先に何度も連絡を入れることも慎重に考える必要があります。用件が私物の返還であっても、連絡の頻度や伝え方によっては、相手の名誉やプライバシーをめぐる新たな争いを招くことがあります。相手との接点を増やさないという意味でも、窓口を一本に絞るほうが安全です。
SNSで経緯を公開する
「荷物を返してもらえない」とSNSに書き込むと、相手が反応して接触が再開したり、内容によっては名誉毀損などの問題になったりすることがあります。困りごとは公開の場ではなく、相談先に伝えるようにしましょう。
返してもらえないときの法的な手続
書面で返還を求める
口頭やメッセージで求めても応じない場合は、返してほしい物と期限を明記した書面を送る方法があります。内容証明郵便を使えば、いつ、どのような内容で返還を求めたかを記録として残すことができます。差出人の住所を知られたくない場合は、弁護士が代理人として送付することで、ご本人の住所を書面に記載せずに済みます。
裁判で引渡しを求める
それでも返還されない場合は、裁判所に物の引渡しを求める訴えを起こすことが考えられます。訴訟の目的物の価額が140万円以下であれば簡易裁判所、それを超えれば地方裁判所が窓口になります。なお、少額訴訟は60万円以下の金銭の支払いを求める手続なので、物そのものの返還を求める場合には使えません(民事訴訟法368条1項)。
判決などで引渡しが命じられても相手が応じない場合は、強制執行を申し立てることができ、執行官が相手から物を取り上げて引き渡す方法がとられます(民事執行法169条)。裁判手続では、代理人が出廷することで、ご本人が相手と顔を合わせる場面を少なくすることもできます。
費用と見合うかを考える
裁判まで進めると、時間や費用がかかります。取り戻したい物の価値や思い入れ、相手との接触が続くことによる負担を比べて、どこまで手続を進めるかを考えることも大切です。物の返還にこだわるよりも、相手との関係を早く断つことを優先したほうがよい場面もあるため、安全面を含めて方針を決めていきましょう。
よくあるご質問
相手が私物を勝手に捨ててしまっていたら、どうなりますか?
持ち主の承諾なく処分された場合は、その物の価値に相当する金額を損害として賠償を求めることが考えられます(民法709条)。処分の態様によっては、器物損壊罪(刑法261条)などが問題になることもあります。購入時の資料や写真が、損害額を示す材料になります。
相手からも「自分の荷物を返してほしい」と言われています。どうすればよいですか?
お互いの荷物が相手の家にある場合は、双方の荷物をそれぞれ送り合う形で整理すると、会わずに済ませやすくなります。相手の荷物を勝手に処分することは避けてください。詳しくは【男女トラブル】相手の荷物が家に残っている・自分の荷物を取りに行きたい|勝手に処分してよいかで解説しています。
返還を求めて連絡したら、相手からの連絡が再び増えました。返信してもよいですか?
私物の件で必要な範囲の連絡に限り、それ以外の話題には応じないという姿勢を保つことが基本です。返信の仕方によっては、相手が関係の継続を期待するきっかけになることもあります。返信の考え方については【ストーカートラブル】相手から先に連絡が来た|返信したら違反になるのかをご覧ください。連絡が止まらない場合は、早めに警察や弁護士に相談しましょう。
まとめ
- 相手に預けた私物は、持ち主として返還を求めることができる(民法662条1項など)。
- 交際中の貸し借りを理由に私物を返さないことが当然に認められるわけではない(民法295条1項)。
- 荷物を口実に会うことを求め続ける行為は、つきまとい等にあたることがある(ストーカー規制法2条1項3号)。
- 受け取りは宅配便・第三者・弁護士を窓口にする方法があり、送り先は相手に知られてもよい場所を選ぶ。
- 合鍵で相手の部屋に入って持ち出すことは、住居侵入罪などに問われるおそれがある(刑法130条、242条)。
- 返還されない場合は、書面での請求、引渡しを求める訴え、強制執行(民事執行法169条)へと進む道がある。
- 処分されていた場合は、損害賠償を求めることが考えられる(民法709条)。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、ストーカー被害や交際関係の解消に伴うトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。代理人として相手方とのやり取りを担い、ご本人の住所や連絡先を伝えずに私物の返還を求めることも可能です。
元恋人に預けた物を取り戻したいけれど会うのが不安な方、相手から荷物を口実に連絡や面会を求められて困っている方は、一人で抱え込まずにご相談ください。


