一度払うと終わらない|「これで最後」が繰り返される構造
トラブルの相手から、自分自身ではなく「あなたの家族に何かあっても知らない」「彼女に会いに行くかもしれない」といった言い方をされた——。直接「殺す」と言われたわけではないぶん、警察に相談してよいものか判断がつかず、そのまま抱え込んでしまう方は少なくありません。
刑法の脅迫罪には、誰に対する危害を告げたのかによって成否が変わるという、あまり知られていない仕組みがあります。ここを知らないまま相談すると、「その内容では脅迫罪にならない」と言われて行き場を失ってしまうことがあります。
この記事では、脅迫罪が守っている範囲(保護範囲)を整理したうえで、その範囲から外れる場合にどのようなルートが残っているのかを解説します。
1. 脅迫罪が守っているのは「本人」と「親族」
条文は二段構えになっている
脅迫罪は刑法222条に定められています。
第222条 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。
1項が「告げられた本人自身」への危害、2項が「その親族」への危害を定めています。つまり、害を向ける先として条文が想定しているのは、本人と親族の二つだけです。
なお、2025年6月1日施行の改正刑法により、従来の懲役刑・禁錮刑は「拘禁刑」に一本化されています。
守られる利益も5つに限られる
もう一つの限定が、害の中身です。条文は「生命・身体・自由・名誉・財産」の5つを挙げており、これは例示ではなく限定的な列挙と理解されています。犯罪の成立範囲を条文の文言で画するという刑法の基本的な考え方(罪刑法定主義)に由来するものです。
| 列挙された利益 | 言葉の例 |
|---|---|
| 生命 | 「殺す」 |
| 身体 | 「痛い目にあわせる」 |
| 自由 | 「監禁する」 |
| 名誉 | 「不倫を会社にバラす」 |
| 財産 | 「車に傷をつける」 |
したがって、たとえば「一生恨み続ける」「呪ってやる」のように、この5つのどれにも向かっていない言葉は、不快であっても脅迫罪の枠組みでは捉えにくい、ということになります。
2. 「家族」と「親族」は、実は同じではない
日常語の「家族」と、条文の「親族」は範囲が一致しません。ここが実務上もっとも誤解の多いところです。
親族の範囲は民法で決まっている
民法725条は、親族を次の三つと定めています。
- 配偶者
- 6親等内の血族(親、子、きょうだい、祖父母、孫、おじ・おば、いとこなど)
- 3親等内の姻族(配偶者の親、配偶者のきょうだいなど)
親、子、配偶者、きょうだいはもちろん含まれますし、同居しているかどうかも問われません。実家を離れて暮らす親への危害を告げられた場合も、2項の対象になり得ます。名誉に対する害の告知(家族の評判を落とすような内容の暴露)についても、古い判例で2項の適用が認められた例があります。
一方で、次の関係は条文上の親族ではない
- 交際相手(恋人)
- 婚約者
- 同棲相手・内縁(事実婚)のパートナー
- 友人、同僚、部下
- 勤務先の会社などの法人
内縁関係にある相手は、実態として家族に近くても、条文の「親族」には含まれないと理解されています。婚約者や同棲相手も同様です。
このため、「お前の彼女に何をするか分からない」という言い方は、言われた側の受け止めがどれほど深刻であっても、222条だけを見るかぎりは成立しにくいという結論になります。実際、多くの法律事務所の解説記事も「恋人や友人は対象外」と説明しています。
**ただし、これは「何もできない」という意味ではありません。**後半で扱うとおり、別の入口が複数用意されています。
3. 「ほのめかす」程度でも脅迫罪にあたるか
保護範囲の問題とあわせてよく問題になるのが、言い方が間接的な場合です。
明示的でなくても、害悪の告知になり得る
脅迫罪の「害悪の告知」は、必ずしも「殺す」といった直接的な言葉である必要はありません。前後の状況やそれまでの経緯を踏まえて、害を加える意思が相手に伝わる形になっていれば足りると考えられています。過去には、対立の激しかった時期に「出火御見舞申上げます 火の元に御用心」と書いたはがきを送った行為について、脅迫にあたると判断された最高裁の事例もあります。
そのため、次のような言い方も、状況次第では害悪の告知と評価される余地があります。
- 「奥さんとお子さん、駅前の◯◯幼稚園でしたよね」と、こちらが教えていない家族の情報を告げる
- 「ご両親の家、まだ◯◯にお住まいですか」と所在を確認してみせる
- 「家族に何かあってからでは遅いですよ」と結果だけを示す
現実に怖がったかどうかは要件ではない
脅迫罪は、告知の時点で成立し得る犯罪とされており、相手が実際に恐怖を感じたかどうかは要件ではありません。判断は「一般の人がその状況に置かれれば恐怖を覚える程度か」という客観的な基準で行われます。当事者同士の力関係や過去の経緯も、この判断の材料になります。
告知者がコントロールできる害であること
一方で、告げた側が左右できない事柄は、原則として害悪の告知にあたらないと考えられています。「天罰が下る」「来年の災害で一家が全滅する」といった言い方が典型例です。
「ほのめかし」の評価は、言葉そのものより文脈に左右されます。だからこそ、後述する記録の残し方が結論を分けることがあります。
4. 恋人・友人への危害でも、責任を問える場合がある
「恋人は親族ではない=対象外」で話を終わらせてしまうと、実態に合いません。222条から外れても、次のようなルートが残っています。
ルート① 文面全体が「本人自身」への告知と読める場合
実際のやり取りは、恋人への危害だけを述べて終わることは少なく、本人に向けた言葉と混ざっていることがほとんどです。「お前も彼女もただでは済まさない」という言い方であれば、本人自身の身体に対する害悪の告知として1項の問題になります。
また、法人に向けた害悪の告知であっても、それが告知を受けた個人(代表者など)自身の法益への告知と評価できる場合には、その個人に対する脅迫罪の成立が認められた例があります。同じ発想で、恋人への危害という形をとっていても、住居に押し入ることを前提とするなど、本人自身の生命・身体・自由・財産への害を含意していると読める場合には、1項の枠で検討する余地があります。
一部を切り取らず、やり取り全体で評価するという視点が重要です。
ルート② 金銭などの要求とセットなら恐喝罪
恐喝罪(刑法249条)は、脅迫罪と違って告げる害の内容にも対象にも条文上の限定がありません。
このため、「100万円を払わなければお前の恋人に危害を加える」という言い方は、恋人が親族ではないため脅迫罪の対象にはなりませんが、恐喝罪として扱われ得ます。恐喝罪の法定刑は10年以下の拘禁刑で、脅迫罪よりはるかに重く、未遂も処罰されます(250条)。
要求と結びついた瞬間に、適用される条文が変わり、しかも重くなる——これが実務上もっとも見落とされやすい点です。
なお、金銭ではなく「復縁しろ」「示談書にサインしろ」といった行為を求められた場合は強要罪(223条)の問題になりますが、強要罪の2項も脅迫罪と同じく「親族」限定です。この点は、恐喝罪と扱いが異なります。
ルート③ 恋愛感情・怨恨が背景にあるならストーカー規制法
交際相手や元交際相手とのトラブルであれば、ストーカー規制法が有力な選択肢になります。
同法2条1項は、規制の対象となる行為の相手方を「当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者」と定めています。脅迫罪の「親族」より明らかに広く、交際相手や親しい間柄の人も含まれ得る書きぶりです。
つまり、刑法222条では拾えない関係でも、ストーカー規制法の枠組みでは対象になり得ます。ただし、「恋愛感情その他の好意の感情、またはそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的」という目的要件があり、金銭目的が前面に出ている事案では、この要件が問題になります。
ルート④ 配偶者・同居の交際相手ならDV防止法の保護命令
相手が配偶者・元配偶者、事実婚のパートナー、または生活の本拠を共にする(していた)交際相手である場合には、DV防止法に基づく保護命令の申立てが選択肢になります。
2024年4月1日に施行された改正法により、この制度は次のように広がりました。
- 申立てができる被害者に、自由・名誉・財産に対する加害の告知による脅迫を受けた者が追加された
- 接近禁止命令の要件が「身体に重大な危害」から「心身に重大な危害」を受けるおそれへ改められた
- 接近禁止命令の期間が6か月から1年に伸長された
- 同居する未成年の子への電話等禁止命令が新設された
- 被害者の親族等に対する接近禁止命令も、被害者への接近禁止命令の期間に限って発令され得る
- 保護命令違反の罰則が「2年以下の拘禁刑または200万円以下の罰金」に引き上げられた
家族に近づくことを禁じる命令が制度として用意されている点は、家族への危害をほのめかされている場面では実益が大きいといえます。ただし、同居していない交際相手はこの法律の対象外である点には注意が必要です。
そのほか
実際に家族や恋人に危害が加えられた場合には、暴行罪・傷害罪・住居侵入罪など、それぞれの犯罪として扱われます。また刑事責任とは別に、精神的苦痛に対する慰謝料請求や、面談の強要をやめさせるための仮処分といった民事上の手段も並行して検討できます。
5. 「誰への危害か」で変わる射程の早見表
| 根拠 | 対象となる相手の範囲 | 典型的な場面 |
|---|---|---|
| 脅迫罪(刑法222条) | 本人・親族のみ | 要求を伴わない害悪の告知 |
| 強要罪(刑法223条) | 本人・親族のみ | 義務のないことを求められた/権利行使を妨げられた |
| 恐喝罪(刑法249条) | 条文上の限定なし(恋人・友人も含み得る) | 金銭・財産上の利益の要求とセット |
| ストーカー規制法 | 配偶者・直系/同居の親族・社会生活において密接な関係を有する者 | 恋愛感情や怨恨が背景にある反復的な言動 |
| DV防止法(保護命令) | 配偶者・元配偶者・事実婚・生活の本拠を共にする交際相手からの被害。命令は親族等への接近禁止にも及び得る | 同居関係のある(あった)相手からの脅迫 |
同じ「家族に危害を加える」という一言でも、それが何とセットになっているか、相手が誰かによって、適用される枠組みが変わります。ご自身のケースがどこに当てはまるかを見極めることが、相談先や手続の選択にそのままつながります。
6. 告げられた側が、まずしておきたいこと
記録を残す
LINEやメールは元データを消さず、画面の撮影と併せて二重に保存します。通話は日時・場所・同席者・発言内容を、記憶が鮮明なうちに時系列でメモにしてください。「ほのめかし」型は前後の文脈で評価が決まるため、前後のやり取りごと残すことが有効です。証拠の集め方は、別コラム「脅迫罪の証拠5つ」で詳しく扱っています。
名前を出された家族に共有する
本人だけで抱え込むと、家族が事情を知らないまま相手と接触してしまうおそれがあります。伝え方に配慮しつつ、状況の共有は早めに行うのが安全です。
その場で応じない
金銭の要求や書面へのサインを求められている場合、その場で応じても要求が終わるとは限りません。畏怖して支払ってしまった場合でも、後から争える余地は残ります。
自分で交渉せず、窓口を一本化する
直接のやり取りを続けると、感情的な応酬が記録に残り、かえって不利に働くことがあります。代理人を立てて連絡先を一本化する方法が有効な場面が少なくありません。
専門の窓口に相談する
緊急性が高い場合は110番、それ以外は警察相談専用電話「#9110」が入口になります。「脅迫罪にならないかもしれない」と考えて相談をためらう必要はありません。どの枠組みで扱うかを決めるのは相談を受けた側であり、恐喝罪やストーカー規制法で対応できる事案は少なくありません。
まとめ
- 脅迫罪(222条)が守るのは本人と親族、内容は生命・身体・自由・名誉・財産の5つに限られる
- 「家族」と条文上の「親族」は範囲が違い、恋人・婚約者・内縁のパートナー・友人は含まれない
- ただし、それは責任を問えないという意味ではない。要求とセットなら恐喝罪、恋愛感情や怨恨が背景ならストーカー規制法、同居関係があればDV防止法という別の入口がある
- 直接的な言葉でなくても、文脈から害を加える意思が伝わる形になっていれば害悪の告知と評価される余地がある
- 適用される枠組みは**「誰への、どんな危害を、何とセットで告げたか」**で変わるため、やり取り全体を残したうえで早めに相談することが結論を左右する
不安を感じる言葉を向けられている段階で、法的な整理を求めることは十分に可能です。判断に迷う場合は、記録を持参のうえご相談ください。


