清算条項の意味|後から追加請求されないために
本記事は2026年9月時点の法令および公表されている資料に基づいて作成しています。刑事手続のデジタル化に関する令和5年の法改正は段階的に施行が進んでおり、条文の表現が今後変わる部分があります。また、端末やアプリの仕様は更新が頻繁で、ここでの説明がそのまま当てはまらない場合があります。実際の事件に触れた部分は、当時の報道で伝えられた内容に基づくものであり、捜査の詳細が公表されているわけではありません。具体的な事案については、個別の事情を踏まえた検討が必要です。
「消えるメッセージの設定にしていたので、やり取りは残っていないはずです」。取調べを受けた後にご相談にいらした方から、こうしたご説明をいただくことがあります。その一方で、「消えたはずの画面を、警察官が紙に印刷して持っていた」と驚かれる方もいらっしゃいます。同じアプリを使っていても、結果が分かれているわけです。
秘匿性の高いメッセージアプリについては、「暗号化されているので中身は誰にも読めない」という説明と、「解析技術が進んだので消しても復元される」という説明の両方が出回っています。どちらもそれ自体が誤りというわけではありません。ただ、いずれもアプリが何をしているかだけを見ており、そのやり取りの写しが実際にどこへ散らばっているのか、という視点が抜け落ちています。
この記事では、消える設定にしていたやり取りが後から出てくる経路を、記録の置き場所ごとに分けて整理します。押収された端末がいつ返ってくるのか、初期化がどう評価されるのか、捜査が余罪へどこまで広がるのかといった点は、それぞれ別の記事で扱っていますので、そちらに委ねます。
「消える」ことと「残らない」ことは同じではない
まず、消える設定が何をしている機能なのかを確認しておきます。ここを押さえると、後から出てくる経路が見通しやすくなります。
消える設定が消しているのは、どこか
自動削除タイマーや消えるメッセージと呼ばれる機能は、送信側と受信側の端末に表示されているやり取りを、決められた時間の経過後に画面から取り除く機能です。端末間の暗号化は、通信の途中やサーバー上で第三者が中身を読めないようにする仕組みです。どちらも、そのやり取りが自分の端末と相手の端末の中だけで完結している限りは、期待どおりに働きます。
逆にいえば、そこから外へ写しが出た瞬間に、これらの機能は効き目を失います。アプリの提供元自身も、消えるメッセージについて、受け取った相手が別のカメラで画面を撮影してしまえばそれまでであり、対立する立場の相手とのやり取りに安心して使えるものと誤解しないよう注意を促しています。
復元の可否を分けているのは、写しの本数
ご相談では「このアプリは復元できるのでしょうか」と聞かれることが多いのですが、実務で結果を分けているのは、アプリの名前や仕様よりも別の要素です。同じアプリ、同じ設定でも、そのやり取りの写しが何本作られていたかによって、後から出てくるかどうかは大きく変わります。
写しが生まれる場所は、大きく三つに分けられます。自分の端末の中、自分の端末の外にある保存先、そして相手方の端末です。順に見ていきます。
自分の端末の中に残る痕跡
画面から消えていても、端末の内部に痕跡が残っていることがあります。ただし、その残り方は一様ではありません。
削除された直後のデータに何が起きているか
多くのメッセージアプリは、やり取りを端末内のデータベースに保存しています。削除の操作は、そのデータベースの中で該当部分に「使われていない」という印を付けるだけのこともあり、その場合、ファイル内の未使用領域や作業用の記録に断片が残ることがあります。解析でこうした断片が拾われるのが、いわゆる復元の一場面です。
もっとも、近年の端末は保存領域全体が暗号化されており、空き領域を整理する仕組みも働きます。そのため、消したものが常に元どおりに戻るわけではありません。機種、基本ソフトの版、削除からの経過時間、その間の使用状況によって、結果は相当に異なります。解析の実際については削除したのに復元された|デジタルフォレンジックと立件で詳しく扱っています。
本文以外の場所に残るもの
見落とされやすいのが、メッセージの本文そのものではない記録です。次のようなものが挙げられます。
- 画面に表示された通知が、一定時間または設定によって端末内に保持されている場合がある。
- アプリが読み込みを速くするために作った一時的な保存データ。
- 送受信した画像の縮小版や、自動保存された画像。
- 自分または相手が撮ったスクリーンショット。
- 文字入力の変換候補や、検索の履歴。
これらから本文がそのまま出てくるとは限りません。ただ、誰と、いつ、どのくらいの頻度でやり取りしていたかが分かるだけでも、捜査上は十分な手がかりになります。内容が読めないことと、関係が分からないことは別だとお考えください。
端末の外に残る写し
実務で決め手になることが多いのは、むしろ端末の外にある写しです。ここは本人の記憶から抜けていることが少なくありません。
バックアップと、連携させた別の端末
クラウド上のバックアップ、パソコンやタブレットに入れた同じアプリ、自動で写真フォルダに保存される設定などは、いずれも本体とは別の場所に写しを作ります。本体の側で消えるメッセージが働いても、写しの側が同じ挙動をするとは限りません。この点はクラウド同期・バックアップに残っている場合|端末以外に残る記録で整理しています。
相手方や、グループの参加者の端末
もっとも単純で、もっとも防ぎようがないのがここです。やり取りは相手がいて成り立つものですから、自分の側で消しても、相手の端末にある写しには手が届きません。グループでのやり取りであれば、参加人数の分だけ写しが存在することになります。
匿名性の高いグループを通じて関係者が集まる類型の事件では、まず別の関係者の端末が押収され、そこに残っていたやり取りから連絡先をたどる、という進み方をすることがあります。自分のアカウントを消しても、相手の端末に残っている写しまで消えるわけではありません。端末の中身から捜査が広がる場面については1件のはずが余罪を疑われる|端末の中身から広がる捜査をご覧ください。
報道から読み取れる、実際の進み方
秘匿性の高いアプリが使われたとされる事件の報道からも、この構造がうかがえます。海外から指示が出されていたとされる一連の広域強盗事件では、2023年2月の時点で、押収された十数台の端末の解析が進められており、自動消去の機能があるアプリのデータを復元できるかどうかが解明の鍵になると報じられていました。同年12月の報道では、解析の対象となった端末は50台を超え、関係者の供述も積み重ねながら指揮系統を明らかにしていったとされています。
ここから読み取れることは二つあります。一つは、解析の対象が一人の端末にとどまらず、関係者全体の端末に及んでいること。もう一つは、復元されたやり取りだけで結論が導かれているわけではなく、供述や他の記録と組み合わせて全体像が組み立てられていることです。なお、個々の事件でどこまで復元できたのかが公表されているわけではありません。ここで述べたのは、あくまで報道の範囲で伝えられている事柄です。
事業者に残る記録と、捜査機関が使う手続
次に、アプリの提供元やサーバーに何が残り、捜査機関がそれをどう取得するのかを見ていきます。
内容と、通信の記録は別のもの
端末間で暗号化されている方式では、提供元が持っているのは主に、登録に使われた電話番号やメールアドレス、接続元の記録、利用の時間帯といった情報です。本文そのものを提供元が読める形で保管していない場合、内容の開示を求めても得られるものは限られます。
一方で、同じアプリの中でも、サーバー側に保存する通常のやり取りと、端末間だけで完結する方式とが併存していることがあります。どちらを使っていたかで、提供元の手元に何があるかは変わります。
捜査機関が取り得る手続
電磁的な記録の収集については、刑事訴訟法にいくつかの仕組みが置かれています。実務でよく出てくるのは次のものです。
- 差押え(刑事訴訟法218条1項)。端末そのものを押収する方法です。
- 接続先の記録媒体からの複写(同条2項)。押収する端末から接続できる保存先の記録を、その端末などに複写したうえで差し押さえる方法です。
- 記録命令付差押え。記録を保管している者に、必要な記録を記録媒体に記録させたうえで差し押さえる方法です。
- 通信履歴の保全要請(同法197条3項)。消さないよう書面で求めるもので、期間は30日を超えない範囲とされ、延長しても通じて60日を超えることはできません。
- 差押えの執行方法に関する定め(同法110条の2)や、執行を受ける者への協力要請(同法111条の2、同法222条1項)。
保全要請には期間の上限があり、時間が経てば記録は事業者の運用に従って消えていきます。したがって、古いやり取りほど事業者側からは出にくくなる、という傾向は確かにあります。ただしそれは、端末や相手方に残った写しには当てはまりません。
提供元が海外にある場合
提供元が国外の事業者であれば、正式には国際捜査共助の手続を経ることになり、相応の時間がかかります。この点について最高裁は、令和3年2月1日の決定(刑集75巻2号123頁)で、記録媒体がサイバー犯罪に関する条約の締約国に所在し、その記録を開示する正当な権限を持つ者の合法的かつ任意の同意がある場合には、国際捜査共助によらずにリモートアクセスと複写を行うことも許されると判断しています。
また、海外の事業者が捜査当局への情報提供にどこまで応じるかは、その事業者の方針や利用規約の改定によって変わります。過去に応じていなかったことが、現在も同じであるとは限りません。
「復元されなかった」ことが有利に働くとは限らない
ご相談の場で、消えていたことを安心材料として話される方がいます。ただ、刑事事件の見通しという点では、そう単純ではありません。
周辺の記録から関係が組み立てられる
やり取りの本文がなくても、送金や決済の記録、位置情報、防犯カメラの映像、関係者の供述などから、いつ誰と何をしていたのかが積み上げられることがあります。後から特定に至る仕組みについては防犯カメラ・交通系ICの履歴|後日に特定される仕組みで扱っています。
消したという行為自体が見られる
自分自身の刑事事件について証拠を消す行為は、証拠隠滅罪(刑法104条)の対象とはされていません。同条が対象としているのは他人の刑事事件だからです。もっとも、共犯者の事件との関係では別の評価があり得ます。
それとは別に、捜査機関や裁判所は、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるかという観点から、消去や初期化の経過を見ています。身柄拘束の要否や、その後の処分の検討に影響し得る事情です。この点は撮影データを消してしまった|証拠隠滅と復元の実際や端末を初期化・機種変更した場合|不利に働く事情になるかで詳しく述べています。
取調べや任意提出を求められたときの考え方
最後に、実際に聞かれる場面での心構えを整理します。
記憶にないことを推測で埋めない
「このアプリを使っていましたね」と示されると、画面の一部だけを見て、その前後を推測で補って話してしまうことがあります。しかし、写しがどこに何本あるかは本人にも分かりません。推測で述べた内容が、後から出てきた記録と食い違えば、説明全体の信用が下がります。覚えていないことは覚えていないと述べるのが、結果として安全です。
事実を否定するか認めるかという判断は、手元にどの記録が残っているかが見えてからでなければ、適切に決められません。
端末の提出やロック解除を求められたとき
任意での提出を求められた場合、応じるかどうかには判断の余地があります。ただし、応じなければ令状による差押えに進むことも多く、断ること自体が目的になるわけではありません。判断の材料は【刑事事件】警察に「スマホを任意で出してほしい」と言われた|応じる前に確認することに、押収された後の見通しはスマホ・PCを押収された|いつ返るのか、中身はどこまで見られるのかにまとめています。
よくあるご質問
アカウントを削除すれば、過去のやり取りも消えますか
自分のアカウントを削除しても、やり取りの相手の画面に残っている表示まで消えるとは限りません。グループでのやり取りであれば、なおさらです。アカウントの削除によって、かえって当時の状況を自分で確認できなくなるという不利益が生じることもあります。
端末を初期化すれば、復元されませんか
端末の中の記録という点では効果があり得ますが、クラウド上のバックアップや連携させた別の端末、相手方の端末に残る写しには影響しません。加えて、初期化の時期が捜査の進行と近い場合には、その経過自体が説明を求められる事情になります。
本文が復元されなければ、立件されないのでしょうか
本文の有無だけで決まるものではありません。通信の記録や金銭の動き、関係者の供述などが組み合わされて判断されます。本文が出てこなかったことは、有利な事情の一つにはなり得ますが、それだけで結論が決まると考えるのは危険です。
まとめ
- 消える設定や端末間の暗号化は、やり取りが自分と相手の端末の中で完結している限りで働くものであり、写しが外へ出た時点で効き目を失う。
- 端末の中には、本文以外に通知の記録、一時的な保存データ、画像の縮小版、スクリーンショットなどが残ることがある。
- クラウドのバックアップ、連携させた別の端末、相手方やグループ参加者の端末は、本体とは別に写しを持つ。
- 端末間で暗号化されている方式では、提供元の手元にあるのは主に登録情報や接続の記録であり、内容そのものとは区別される。
- 捜査機関は、差押え(刑事訴訟法218条1項)、接続先の記録媒体からの複写(同条2項)、記録命令付差押え、通信履歴の保全要請(同法197条3項)といった手続を用いる。保全要請の期間は30日以内、延長しても通じて60日が上限である。
- 提供元が国外にある場合について、最高裁令和3年2月1日決定(刑集75巻2号123頁)は、条約締約国に記録媒体が所在し、開示の正当な権限を持つ者の合法的かつ任意の同意があるときは、国際捜査共助によらないリモートアクセスと複写も許されるとした。
- 自己の刑事事件の証拠を消す行為は証拠隠滅罪(刑法104条)の対象ではないが、罪証隠滅のおそれという観点から、身柄拘束や処分の判断に影響し得る。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、刑事事件に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。消えるはずのやり取りについて説明を求められている方、端末の提出を求められている方、すでに押収を受けている方など、段階に応じて取り得る対応は異なります。
どの記録がどこに残っている可能性があるのかを整理しないまま説明を重ねると、後から出てきた記録との食い違いが生じ、かえって不利に働くことがあります。捜査が始まっているかどうかにかかわらず、早い段階でご相談ください。


