職務質問で所持品検査を求められた|任意と強制の境界

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

駅を出たところで、あるいは夜道を歩いているときに、警察官から声をかけられる。そこまでは応じたものの、続けて「かばんの中を見せてもらえますか」「ポケットのものを出してください」と言われて、返事に困った。そうした場面は、決して珍しいものではありません。

 断ってよいのか。断ったら何が起きるのか。この記事では、職務質問と所持品検査がどのような根拠に基づく行為で、どこまでが任意でどこからが強制なのかを、条文と最高裁の判断に沿って整理します。あわせて、断った場合に起きやすいこと、その場で避けたほうがよい行動、後から効いてくる記録の残し方までをまとめます。

その場で求められていることは、ひとつではない


五つの求めは、それぞれ根拠が違う


 「職務質問を受けた」と一言で言っても、その数分間のあいだに求められていることは複数あります。止まること、質問に答えること、身分証を見せること、持ち物を見せること、警察署などへ同行すること。これらは根拠となる条文も、断ったときの意味合いも同じではありません。

 出発点になるのは、警察官職務執行法(警職法)2条1項です。ここでは、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、何らかの犯罪を犯し、もしくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者、または既に行われた犯罪などについて知っていると認められる者を、停止させて質問することができると定められています。逆にいえば、警察官が声をかけるためには、この「疑うに足りる相当な理由」などの事情が前提になります。

求められること法律上の位置づけ応じる法律上の義務
その場に止まる警職法2条1項定めなし
質問に答える警職法2条1項定めなし(同条3項)
身分証を見せる明文の規定なし定めなし(運転中は別)
かばん・ポケットを見せる明文の規定なし定めなし
警察署などへ同行する警職法2条2項定めなし(同条3項)


所持品検査には、そもそも条文がない


 意外に思われるかもしれませんが、警職法には「所持品検査」を正面から認めた条文がありません。同法2条4項が定めているのは、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者について、その身体に凶器を所持しているかどうかを調べることができる、という場面に限られます。

 つまり、街頭で身柄を拘束されていない人のかばんやポケットを調べることについて、直接の根拠規定は置かれていません。それでも実際に行われているのは、最高裁が、職務質問に付随する行為として一定の範囲でこれを許容してきたからです。条文ではなく判例の積み重ねの上に立っている点が、この問題の分かりにくさの出発点になっています。

「任意」は「何もされない」という意味ではない


警職法2条3項が定めていること


 警職法2条3項は、職務質問や同行の求めを受けた人について、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束されず、その意に反して警察署などに連行されず、答弁を強要されることもない、と定めています。「任意」という言葉の中身は、まずここにあります。黙っていること、断ること自体が法律違反になるわけではありません。

一方で、働きかけのすべてが禁じられているわけでもない


 最高裁は、強制手段について、個人の意思を制圧し、身体・住居・財産などに制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を指す、という考え方を示しています(最高裁決定 昭和51年3月16日)。その裏返しとして、そこに至らない程度の働きかけは、状況によっては許される余地があると理解されています。実際、正面に立つ、並んで歩く、繰り返し説明を求めるといった対応はしばしば行われます。「断る権利がある」ことと、「断ればその場ですぐ終わる」こととは別の話だ、という前提を先に押さえておくと、現場での判断がしやすくなります。

所持品検査は、三つの段階に分けて考える


どこまで求められているのかを見分ける


 所持品検査と呼ばれる行為は、実務上、次の三つに整理されることがあります。

  1. 持ち物について質問し、中身の提示を求める
  2. 衣服やかばんの外側から触れて確かめる
  3. ポケットに手を入れる、かばんを開けて中を見る


 1番目は、質問そのものです。2番目と3番目、とりわけ本人の承諾がないまま行われた場合に、その適法性が問題になりやすくなります。求められているのがどの段階なのかを意識するだけでも、その場での受け止め方は変わります。

最高裁が示した枠組み(昭和53年6月20日)


 所持品検査について、最高裁は次のような考え方を示しました。所持人の承諾を得て、その限度で行うのが原則である。もっとも、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査の必要性・緊急性、これによって侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合がある、というものです。

 この事案は、猟銃などを使った銀行強盗事件の緊急配備中に、職務質問に応じない相手のバッグのチャックを開けて中を一見したという状況で、重大事件の直後であり凶器所持の疑いも強かったという事情が判断の前提にありました。

同じ年に、違法とされた例もある(昭和53年9月7日)


 一方、承諾がないまま上着の内ポケットに手を差し入れて所持品を取り出した行為については、職務質問に付随する所持品検査で許容される限度を超えるものと判断されています。

 同じ「所持品検査」という言葉でも、疑いの強さ、対象となる物、触れ方、その場の緊急性によって結論は分かれます。したがって、どこまでなら常に適法、という一律の線を示すことは難しいというのが実際のところです。ネット上には断定的な説明も見られますが、実際には事案ごとの評価にならざるを得ません。

「見せます」と答えるとき、同時に決まっていること


承諾には範囲がある


 判例が原則としているのは、あくまで「承諾を得て、その限度で」行うことです。裏返せば、承諾の範囲は本人が決められるということでもあります。「この上着のポケットだけ」と「全部見てもらってかまわない」とでは、意味がまったく違います。

 現場では、この区別が曖昧なまま進みがちです。ひとつを見せたことが、次を見せることへの同意として扱われる流れもあります。応じる場合でも、どこまで応じるのかを自分の言葉にしておくことには意味があります。承諾は途中でやめることもできますが、すでに見られたものは元に戻りません。

携帯電話やスマートフォンは、また別の問題を含む


 かばんの中を一目見ることと、端末に保存されたデータを見ることとでは、関わる情報の量も性質も異なります。この点について昭和53年の判断をそのまま当てはめられるかを正面から示した最高裁の判断は見当たらず、実務では本人の承諾を得る形で進められることが多いのが実情です。提出やロック解除を求められた場面は、持ち物を見せるかどうかとは別に考える必要があります。

断った場合に起きうる四つの展開


1 説得が続き、その場に留め置かれる


 最も多いのは、その場でのやり取りが長引く展開です。参考になるのが最高裁決定 平成6年9月16日で、逃げようとする構えを見せた運転者の車の窓から手を差し入れてエンジンキーを引き抜いた行為について、停止させる方法として必要かつ相当な行為であると判断されました。

 その一方で、令状が出るのを待つあいだ、6時間半以上にわたって現場に留め置いた点については、任意捜査として許容される範囲を逸脱していると判断されています。時間が長くなるほど、任意といえる範囲から外れていく。この感覚は、現場を理解するうえで重要です。ただし、何時間までなら適法という基準が示されているわけではありません。

2 令状が請求される


 断ったことで捜査が終わるとは限らず、裁判所に捜索差押許可状などが請求されることがあります。令状が出れば、承諾の有無にかかわらず手続は進みます。「断ったから見られずに済んだ」で完結する場面ばかりではありません。

3 その場の言動から、別の問題が生じる


 押し問答の中で相手に手が出た、振り払った際に接触した、といった経緯から、公務執行妨害罪(刑法95条1項・3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)が問題にされることがあります。同罪は職務が適法であることを前提としますが、その適否は後から判断される事柄であり、その場で押し通せる性質のものではありません。

4 そのまま終わる


 断ってもそのまま解放される場合もあります。応じても長引く場合があるのと同様、対応と結果は一対一で対応していません。

その場で避けたほうがよいこと


  • 走って逃げる、腕を振り払うなど、有形力を伴う対応をとること
  • 持ち物を捨てる、壊す、他人に渡すこと
  • その場しのぎで、事実と違う説明をすること
  • 内容を読まないまま、書面に署名すること


 いずれも、その場を早く終わらせたい気持ちから起きやすい行動ですが、後の手続で不利に働きやすいものです。書面については、任意提出書や上申書といった、その後の手続の前提になる書類が含まれることがあります。何の書類なのかを確認してから署名するのが基本です。

運転中は、前提が変わる


 歩いているときと自動車を運転しているときとでは、ルールが異なります。道路交通法は、警察官が無免許・酒気帯び・過労運転などの違反があると認めるとき、あるいは事故や違反を起こした運転者に対して、車両を停止させ免許証の提示を求めることができると定め(67条1項・2項)、運転者側にはこれに応じる義務を課しています(95条2項)。従わない場合には罰則の定めもあります(120条1項10号・5万円以下の罰金)。

 もっとも、これは免許証の提示についての規定です。車内やトランクの中を調べることは、持ち物を見せる場合と同じく、承諾と判例上の枠組みの問題として扱われます。免許証を出す義務と、車内をすべて見せる義務とは、切り離して考える必要があります。

後から効いてくるのは、その場の記録


 職務質問や所持品検査が適法だったかどうかは、その場ではなく後から判断されます。材料になるのはそのときの具体的な事情ですから、記録が残っているかどうかが後の主張の重みを左右します。

  1. 声をかけられた時刻と、解放された時刻
  2. 場所と、その場にいた警察官の人数
  3. 警察官の所属と氏名
  4. 求められた内容と、実際に言われた言葉
  5. 自分がどこまで応じたか(見せた範囲・署名した書面)


 警察官の身分については、警察手帳規則5条が、警察官であることを示す必要があるときは証票および記章を呈示しなければならないと定めています。運用上、相手方から求められたときはこれに当たるとされており(警視庁の運用通達の例)、確認を求めること自体は不自然ではありません。

 録音や撮影を禁じる規定は見当たりませんが、その行為がきっかけでやり取りが長引くこともあります。可能であれば、解放された直後に、覚えている範囲を時系列で書き出しておくとよいでしょう。

納得できないときに残る三つの道


公安委員会への苦情の申出


 警察法79条1項は、都道府県警察の職員の職務執行について苦情がある人は、都道府県公安委員会に対し、文書により苦情の申出をすることができると定めています。申出があったときは誠実に処理し、処理の結果を文書で通知することとされています。近年は、都道府県によってオンラインでの申出を受け付ける運用も始まっています。

国家賠償請求


 職務執行に違法があり、それによって損害が生じた場合には、国家賠償法1条1項に基づく請求を検討する余地があります。違法といえるかどうかはその場の事情を総合して判断されるため、ここでも記録の有無が影響します。

刑事手続の中で主張する


 その後に刑事手続が進んだ場合には、収集の過程に問題があった証拠を用いることが相当かを争う場面があります。昭和53年9月7日の判断も、この文脈で語られてきたものです。手続の違法を指摘することは、単なる抗議ではなく防御の一部として意味を持ちます。

早い段階で弁護士に相談する意味


 その場で対応が長引いているとき、あるいは荷物を提出することになったとき、電話で弁護士に状況を伝えるだけでも判断は変わります。何を求められているのか、それがどの段階の行為なのか、応じた場合に何が残るのかを、その場で整理できるからです。職務質問をきっかけに後日あらためて警察から連絡が入ることもあり、持ち物を預けた場合には返還の見通しも問題になります。

 当事務所では初回のご相談を無料でお受けしており、お問い合わせは24時間受け付けています。夜間・早朝についても、状況により対応が可能です。

まとめ


 職務質問と所持品検査は、法律上は別の行為です。前者には警職法2条1項という条文があり、後者には条文がなく、判例が一定の範囲で許容してきたにとどまります。どちらも応じることを義務づける規定はありませんが、断れば必ずその場で終わるというものでもありません。

 求められているのがどの段階の行為なのか、応じるならどこまでなのかを意識し、そのときの経緯を記録しておくこと。この二つが、後から振り返ったときに効いてきます。判断に迷う場面では、早い段階で弁護士にご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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