【不貞慰謝料】勤務先や取引先に知らせる行為の線引き
「相場よりもずいぶん高い金額を書いた通知が届きました。これは恐喝ではないのでしょうか」。慰謝料を請求された方から、こうしたご相談を受けることがあります。反対に、請求する側の方から「金額を高めに伝えたところ、相手方の代理人に恐喝だと言われた」というご相談をいただくこともあります。
インターネット上では、「相場を大きく超える請求は恐喝罪になりうる」という説明と、「双方が納得しているのであれば相場より高くても問題は生じない」という説明の両方をよく見かけます。どちらもそれ自体が誤りというわけではありません。ただ、この二つの説明の間には広い空白があり、実際にご相談が持ち込まれるのは、たいていその空白にあたる場面です。
この記事では、不貞慰謝料の場面で「過大な請求」と言われる状況を取り上げ、金額の高さと求め方が別々の物差しで見られていること、そのうえで金額の高さがどこに効いてくるのかを整理します。慰謝料の相場そのものや、金額を上下させる事情については別の記事で扱っていますので、ここでは立ち入りません。
「過大な請求」と言われる場面には五つの型がある
「過大だ」という言葉は、多くの場合、金額の大きさを指して使われます。ただ、ご相談の内容をうかがっていくと、実際に引っかかっているのは金額そのものではなく、その周辺の条件であることが少なくありません。何が過大だと感じられているのかによって、問題になる場所も変わります。
| 「過大」と言われている対象 | 具体的な現れ方 | 主に問題になる場所 |
|---|---|---|
| 金額そのもの | 相場として語られる幅を大きく超える額が示される | 支払義務の範囲と、その後の交渉 |
| 金額の内訳 | 慰謝料のほかに調査費用や治療費などが積み上げられている | 費目ごとの支払義務の有無 |
| 期限と支払方法 | 数日以内の一括払いや、その場での署名を求められる | 求め方の評価と、合意の効力 |
| 金銭以外の要求 | 退職や転居、関係の断絶などが条件として加わる | 罪名が変わる場面と、条項の有効性 |
| 請求の広がり | 本人だけでなく、家族や勤務先にも同時に連絡がされる | 別の責任が生じる場面 |
金額そのものが過大だという場合
示された額が支払える範囲を超えている、あるいは自分が調べた相場と離れている、という受け止め方です。この場合に問われているのは支払義務の範囲であって、相手方の行為の当否ではありません。金額に納得できないことと、相手方が違法なことをしているかどうかは、別の問いとして扱う必要があります。
金額以外の部分が過大だという場合
金額それ自体よりも、返事までの時間がほとんど与えられていない、支払わない場合に何が起きるのかを繰り返し告げられている、金銭以外の約束まで求められている、といった点が引っかかっている場合です。恐喝という言葉が実際に問題になるのは、こちらの型であることが多いといえます。
金額の高さだけでは、恐喝にあたるかどうかは決まらない
まず押さえておきたいのは、慰謝料の請求額に上限を定めた規定は存在しない、という点です。金額の大きさをそのまま罪の成否に結びつける仕組みにはなっていません。
請求できる金額を定めた規定はない
不貞行為を理由とする慰謝料は、不法行為による損害賠償として請求されます(民法709条・710条)。条文は「損害を賠償する責任を負う」と定めるにとどまり、金額の基準までは書かれていません。実際の額は、婚姻期間、不貞の期間や回数、その後の夫婦関係の変化など、事案ごとの事情を総合して判断されます。世の中で相場と呼ばれているものは、そうした判断の積み重ねをならした傾向であって、線が一本引かれているわけではありません。
請求の時点では「正しい額」がまだ決まっていない
請求書が出される段階では、金額を左右する事情の相当な部分が、まだ双方の間で共有されていません。そのため請求額は高めの数字から始まり、やり取りの中で動いていくのが一般的です。裁判になった場合も、裁判所は当事者が申し立てていない事項について判断することができないと定められており(民事訴訟法246条)、請求額はいわば上限を画するものにすぎません。請求額どおりの結論が出るという意味ではないのです。
金額が高いという事実は、それだけでは恐喝にあたるかどうかの答えになりません。高い金額を口にすること自体が禁じられているわけではなく、問われているのはその金額をどのように受け入れさせようとしたか、という点です。
では、何が見られているのか
恐喝罪は、人を畏怖させて財物を交付させる行為について定められています(刑法249条1項)。ここで見られているのは金額そのものの大きさではなく、相手が判断する場面に何が持ち込まれたかという点です。
権利があることと、求め方が許されることは別に判断される
支払義務がある相手に対して請求する場面であっても、その求め方が社会一般に受け入れられる範囲を超えていれば、権利の行使として正当化されるとは限らない、という考え方が取られています。逆にいえば、請求する権利が本当にあるのかという問題と、その求め方がどうであったかという問題は、別々に判断されます。権利があるから何をしてもよい、という関係にはならず、また求め方が穏当であっても支払義務が生まれるわけでもありません。
求めた内容が金銭以外に及ぶ場合
求めているものが金銭であれば恐喝罪の問題ですが、退職や転居のように、相手に義務のない行為をさせようとする場合には、別の罪名が問題になります(刑法223条)。金額の交渉が行き詰まったときに、減額と引き換えに別の約束を持ち出す形になりやすいところです。求めるものの中身が変わると、評価される枠組みも変わります。
実際に受け取っていない場合
金銭を受け取るに至っていない段階についても、未遂の規定が置かれています(刑法250条)。「まだ払われていないのだから問題は生じない」という理解は正確ではありません。裏返せば、請求を受けた側から見ても、支払う前のやり取りが後から評価の対象になるということです。
それでも金額の高さは、三つの入り口から評価に入ってくる
金額の高さがそのまま罪の成否を決めるわけではない、と述べました。ただ、金額の高さが何の意味も持たないかというと、そうではありません。直接ではなく、次の三つの入り口から効いてきます。
| 金額の高さが入ってくる入り口 | どこで問題になるか | 手がかりとなる考え方 |
|---|---|---|
| 求め方の評価の材料になる | 刑事の評価、請求する側の損害賠償責任 | 根拠を説明できない額を、断る余地の乏しい形で示せば、求め方の評価にも影響する |
| 合意の効力の問題になる | 示談書や念書の有効性 | 強迫による意思表示の取消し(民法96条1項)、公序良俗違反(同法90条) |
| 請求そのものの通り方に響く | 交渉や訴訟での結論 | 信義則と権利の濫用(同法1条2項・3項)、裁判所は請求額に拘束されない(民事訴訟法246条) |
求め方の評価の材料として働く
金額と求め方は独立した二つの物差しですが、両者は実際には連動しやすい関係にあります。根拠を説明できる金額であれば、相手に検討の時間を渡しても交渉は成り立ちます。反対に、根拠を示せない金額を通そうとすると、説明ではなく圧力で埋めることになりやすく、その結果として求め方の側にも問題が生じます。金額の高さは、こうした形で間接的に評価へ入り込みます。
合意の効力の問題として働く
署名した書面がある場合、金額の高さは、その合意がどこまで効力を持つかという場面で問題になります。強迫を受けて意思表示をしたときは取り消すことができると定められており(民法96条1項)、また合意の内容そのものが著しく相当性を欠く場合には、公序良俗に反しないかという観点からの検討がされることもあります(同法90条)。ただし、金額が相場より高いというだけでこれらが認められるわけではなく、いずれも例外的な場面と考えられています。
請求そのものの通り方に響く
請求の仕方に行き過ぎがあった場合、その事情は交渉や訴訟の中で持ち出されます。権利の行使であっても、信義に従い誠実に行われるべきものとされ、権利の濫用は許されないと定められています(民法1条2項・3項)。実際に請求そのものが退けられる例は限られていますが、求め方に問題があった事実は、金額を決める場面で請求する側に不利に働きやすいという点は押さえておく必要があります。
金額と結びついて線が動きやすい五つの場面
実務でご相談が集中するのは、次のような場面です。いずれも、それ自体が直ちに違法と評価されるものではありませんが、他の事情と重なると評価が動きやすいところです。
| 場面 | 評価が動きやすい理由 |
|---|---|
| 金額の根拠を示さないまま、額だけを上下させる | 裏づけではなく相手の不安が支払いの動機になっているとみられやすい |
| 数日以内といった、極端に短い期限を付ける | 検討や相談の時間がない状態で判断させることになる |
| 支払わない場合の帰結として、手続以外の事柄を挙げる | 求めている内容と結びつかない不利益の予告と受け取られやすい |
| 減額と引き換えに、金銭以外の約束を求める | 求めているものが金銭の枠を出ることになる |
| 支払える範囲を超えた額を、長期の分割で固定する | 合意の内容そのものの相当性が後から問われやすい |
なお、支払わない場合に法的手続を取る旨を伝えることは、手続の予告であって、これ自体が直ちに問題になる性質のものではありません。線が動きやすいのは、予告されている内容が手続の枠から出ている場合です。
二つの責任は、別々に動く
請求を受けた側からは「相手のやり方がひどいので払う必要はないはずだ」という声を、請求する側からは「相手が不貞をしたのだから、こちらが何を言っても仕方がない」という声を、それぞれうかがうことがあります。どちらも、二つの問題を一つにまとめてしまっている点で同じです。
求め方に行き過ぎがあったとしても、不貞行為があったこと自体から生じる責任がそれによって消えるわけではありません。反対に、相手方に不貞行為があったことは、求め方の限界をなくす理由にはなりません。この二つは差し引きされる関係には立たず、それぞれ別に評価されます。
支払ってしまった後に考えられること
その場の雰囲気に押されて支払ってしまった、あるいは署名してしまった、というご相談も少なくありません。
支払いが当然になかったことになるわけではない
畏怖した状態で支払った場合でも、その支払いが自動的に効力を失うわけではありません。取消しを主張する側が、そのときの状況を示していくことになります(民法96条1項)。当時のやり取りの記録が残っているかどうかで、説明のしやすさは変わります。
書面に署名している場合
示談書や合意書に署名している場合には、清算条項の範囲という別の問題も加わります。支払った金銭を取り戻せるかどうかは、金額の当否だけでなく、どのような書面がどのような経緯で作られたかによって変わります。この点は支払い後の対応を扱う記事で述べています。
請求を受けた側が、その場で確かめたいこと
金額に驚いたときほど、その場で結論を出さないことが結果的に選択肢を残します。
- 示された金額にその場で同意せず、書面は持ち帰って検討したい旨を伝える。
- 通知に書かれた期限は相手が決めたものであり、法律上の応答期限とは異なる。
- やり取りは、書面やメッセージなど後から確認できる形で残す。
- 金額に納得できないことと、支払義務があるかどうかは、分けて整理する。
- 身の危険を感じる状況であれば、話し合いを続けるよりその場を離れることを優先する。
「これは恐喝ではないか」という言葉を相手に返すこと自体は自由ですが、それによって請求が止まるとは限りません。争点が一つ増え、自分の側の事情も並行して見られることになる、という点は意識しておいたほうがよいでしょう。
請求する側が「過大」と受け取られないために
正当な請求までためらう必要はありません。ただ、伝え方によっては、請求の中身まで疑われてしまうことがあります。
- 金額と、その金額に至った理由をあわせて示す。
- 期限は、相手が調べたり相談したりできる長さにする。
- 求めるものを金銭に絞り、別の約束を交渉の条件に混ぜない。
- 支払わない場合に取りうる手続以外の事柄は、書き添えない。
- 直接のやり取りが感情的になりやすい場合は、窓口を代理人に一本化する。
金額を高めに設定すること自体は、交渉の出発点として珍しいことではありません。管理すべきなのは金額の大きさよりも、その金額をどう説明し、相手にどれだけ考える余地を残したかという部分です。
よくあるご質問
相場の何倍までなら問題にならないのでしょうか
倍率で線が引かれる仕組みにはなっていません。相場と呼ばれるものが幅として語られている以上、そこから一定の割合を超えたら違法になる、という判断はされていないためです。金額は支払義務の範囲の問題として扱われ、罪の成否は求め方の側から判断されます。
弁護士名義で高額な請求が届いた場合も同じですか
名義によって金額の当否が決まるわけではありません。代理人からの通知であっても、示された金額をそのまま支払う義務が生じるわけではなく、内容を確認したうえで交渉することができます。他方で、代理人が請求の通知を送ること自体は、通常の手続の一部です。
支払わなければ会社や家族に伝えると言われました
求めている内容と結びつかない不利益を告げている場合には、評価が変わりうる場面です。ただ、そう言われた事実だけで支払義務がなくなるわけでもありません。やり取りの記録を残したうえで、支払義務の有無と求め方の当否を分けて整理することをおすすめします。勤務先への連絡そのものについては、別の記事で扱っています。
まとめ
- 「過大な請求」という言葉には、金額の話と求め方の話が混ざっている。
- 慰謝料の金額を定めた規定はなく、相場と呼ばれるものは幅のある傾向にとどまる(民法709条・710条)。
- 恐喝罪で見られているのは金額の大きさではなく、金銭を受け入れさせた方法である(刑法249条1項)。
- 求めた内容が金銭以外に及べば別の罪名の問題となり、受け取っていない段階でも未遂の規定が置かれている(同法223条・250条)。
- 金額の高さは、求め方の評価、合意の効力(民法96条1項・90条)、請求の通り方(同法1条2項・3項、民事訴訟法246条)という三つの入り口から影響する。
- 求め方に行き過ぎがあっても不貞行為から生じる責任は消えず、不貞行為があっても求め方の限界はなくならない。
- 判断に迷う場面では、その場で金額に同意せず、やり取りを残したうえで検討の時間を確保する。
慰謝料の請求や、請求への対応をご検討中の方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。請求する側の方からは「どのように伝えれば行き過ぎにならないのか」、請求を受けた側の方からは「この金額と伝え方は通常のものなのか」というご相談を、どちらも日常的にいただいています。
金額の当否と、求め方の当否は、別々に整理していくことができます。手元に届いた書面や、これまでのやり取りの記録をお持ちいただければ、どこが交渉の対象になり、どこが別の問題として切り分けられるのかを一緒に確認していきます。お一人で抱え込む前に、一度ご相談ください。


