【不貞慰謝料・請求する側】配偶者に知られずに不貞相手だけへ請求できるか
配偶者や交際相手に不貞を問いただした場面で、その場で念書や謝罪文を書いてもらった、あるいは自分が書いてしまった、というご相談は少なくありません。ところが「念書に効力はあるのか」という問いに一言で答えるのは難しく、同じ1枚の書面でも、何を尋ねているかによって答えが変わります。この記事では、本人が書いた念書・謝罪文が民事の場面でどのように扱われるのかを、請求する側と請求を受けた側の双方の視点から整理します。
「念書の効力」という言葉には3つの問いが混ざっている
念書や誓約書、謝罪文について「効力があるのか」と尋ねられるとき、実際に問題になっているのは次の3つのうちのいずれかです。3つは別々の物差しで判断されるもので、どれか一つの答えが残り二つの答えを決めるわけではありません。
| 問い | そこで判断されること | 主に関わってくるもの |
|---|---|---|
| 本人が書いたものか | 書面が名義人の意思に基づいて作られたか | 署名・押印、書面の形式 |
| 書いてある内容はどこまで信用されるか | 記載された事実が本当らしいと受け取られるか | 文面の具体性、作成の経緯、他の資料との整合 |
| 書いてある約束を守らせられるか | 合意としての拘束力が認められるか | 意思表示の有効性、内容の特定性 |
たとえば「強く迫られて書いた念書は無効だ」という言い方がされることがあります。ただ、この主張が通ったとして、それが上の3つのどれを否定するのかは場面によって異なります。約束の部分に拘束力が認められない場合でも、その紙が証拠として一切考慮されなくなるとは限りません。逆に、内容の信用性が低いと判断されても、支払いの約束そのものは有効なものとして扱われることがあります。以下では、この3つを順に見ていきます。
第1層|本人が書いたものかどうか
書面を証拠として使う場面では、まず「その書面が名義人本人の意思に基づいて作られたものか」が問題になります。これを文書の成立の真正といい、争いがあるときは、書面を提出する側がその点を証明することとされています(民事訴訟法228条1項)。
署名や押印があると推定が働く
私文書について、本人またはその代理人の署名または押印があるときは、真正に成立したものと推定するという規定が置かれています(同条4項)。さらに判例は、書面の印影が本人の印章によって押されたものであるときは、反証がない限り、その印影は本人の意思に基づいて押されたものと事実上推定されるとしています(最高裁昭和39年5月12日判決)。この二つを重ねた考え方は二段の推定と呼ばれています。
もっとも、これはあくまで推定です。印章が盗用された、家族と共用していた印鑑だったといった事情が示されれば、推定が働かない場合もあります。実印を用い、印鑑登録証明書を添えてもらった書面のほうが、後日この点を確かめやすいという違いはあります。
自筆であることの意味
本文まで自筆で書かれているかどうかは、成立の真正だけでなく、後に述べる作成の経緯の判断にも関わってきます。あらかじめ用意された文面を書き写しただけの書面は、そのこと自体が「本人が進んで書いたものか」という問いにつながりやすくなります。反対に、本人の言葉で経緯がつづられている書面は、書いた人がそのとき状況を理解していたことをうかがわせる材料になります。
成立の真正が認められても、それ以上のことは決まらない
注意したいのは、成立の真正が認められるということが「偽造された書面ではない」という意味にとどまる点です。その紙に書かれた事実がどこまで本当らしいのかは、次の層で改めて判断されます。書面があること自体と、書面の中身が信用されることとは、別の話だとお考えください。
第2層|書いてある内容がどこまで信用されるか
書面が本人の意思で作られたと認められた後、その記載内容をどう評価するかは、裁判所の判断に委ねられます。ここで効いてくるのは、何が書かれているかとどういう経緯で書かれたかの2点です。
文言のタイプによって示せる範囲が変わる
| 書かれ方 | そこから読み取りやすいこと | 返ってきやすい言い分 |
|---|---|---|
| 「迷惑をかけて申し訳ありません」など謝罪の言葉のみ | 何かについて負い目を感じていたこと | 何について謝ったのかが書かれていない |
| 「〇〇さんと交際していました」など関係の記載のみ | 親しい関係があったこと | 性的な関係があったとまでは書いていない |
| 時期・相手・場所を挙げて不貞の事実を認めた記載 | 不貞行為があったことと、その範囲 | 書かされた文面であって実際とは異なる |
| 慰謝料の金額と支払期限の記載 | 支払いを約束したこと | 金額の根拠を確かめないまま書いた |
| 「二度と会いません」などの誓約 | 関係を解消する意思を示したこと | 過去の行為を認めた記載とは別のものである |
この表からわかるとおり、謝罪の言葉だけの書面は、何について謝ったのかが特定されていないため、不貞の事実そのものを示す材料としては働きにくくなります。反対に、時期や相手が具体的に書かれているほど、後から別の説明をすることは難しくなります。
どういう経緯で書かれたかが読まれる
同じ文面でも、書かれた状況によって受け止められ方は変わります。深夜に長時間にわたって問い詰められた末に書かれた書面や、その場を離れられない状況で書かれた書面は、書いた人の認識をそのまま表したものとは言いにくいと判断されることがあります。反対に、日を改めて落ち着いた状況で作成された書面や、本人が自分の言葉で経緯を書いた書面は、記載どおりに受け取られやすくなります。
他の資料との関係
念書や謝罪文は、それだけで完結する資料ではありません。書面の記載が、やり取りの履歴や行動の記録と食い違わないかどうかが確かめられます。他の資料と整合していれば書面の説得力が増し、食い違いがあれば、どちらの説明が自然かが問われることになります。証拠の種類ごとの評価については、別の記事で扱っています。
第3層|書いてある約束に拘束力があるか
3つ目は、書面に書かれた約束をそのまま守らせられるのかという問題です。ここでは、書面の性質が二つに分かれることを押さえておくと整理しやすくなります。
1枚の紙に2つの性質が同居している
法律の世界では、書面を処分証書と報告文書に分けて考えることがあります。前者はその書面によって約束そのものがされている書面、後者は過去にあった出来事を書き記した書面です。念書や謝罪文では、この二つが1枚の紙の中に混ざっていることが少なくありません。「私は〇〇と関係を持ちました」という部分は過去の出来事の記載であり、「慰謝料として〇〇円を支払います」という部分は約束そのものにあたります。前者は内容の信用性が問われるのに対し、後者は書面が本人の意思で作られたと認められれば、約束がされたこと自体は比較的認められやすくなります。
約束の内容によって扱いが変わる
金銭の支払いの約束は、金額と期限が特定されていれば、その内容に沿って求めていけるのが通常です。一方、「二度と会わない」といった約束は、守られなかったときにその行為自体を強制する手段がなく、違反があった場合の取り決めがなければ、事実上の歯止めにとどまります。また、違反時に支払う額をあらかじめ定める条項については、金額が過大であるときに、その全部について効力が認められるとは限りません。条項の組み立て方は、示談書を扱った記事に譲ります。
「無効」と言われる場面
書面の約束の効力が争われるのは、主に次の場面です。
- 書くことを迫られ、断れない状況で署名した場合(強迫による意思表示として取消しが問題になります)。
- 前提となる事実を誤解したまま書いた場合(錯誤による取消しが問題になります)。
- 内容が社会通念に照らして行き過ぎている場合(公序良俗に反するとして効力が否定されることがあります)。
ただし、これらが認められたとしても、書面のすべてが最初からなかったことになるとは限りません。約束の部分に拘束力が認められない場合でも、そこに書かれた事実の記載が、第2層の材料として残る場面はあります。「無効だから安心してよい」という理解は、実際の扱いとずれることがあります。
謝罪文は念書と何が違うのか
謝罪文は、多くの場合、約束の部分を含まない書面です。つまり第3層がほとんど空で、第1層と第2層だけで評価されることになります。金額の取り決めがない以上、謝罪文があるからといって、それだけで支払義務が生じるわけではありません。
もっとも、第2層の評価では、謝罪文が果たす役割があります。何について謝っているのかが具体的に書かれていれば、その出来事があったことを裏づける材料になります。実務の場面で意味を持つのは、謝罪の言葉の強さではなく、書かれている事実の具体性のほうです。
請求を受けた側から見ると、謝罪文を差し入れること自体は、話し合いの場面で誠意の表れとして受け止められることもあります。ただし、その文面が後に証拠として提出される可能性は残ります。どこまで書くのかは、書面の位置づけを確かめたうえで決めることになります。
書面が別の効果を持つ場面
支払いを認めた記載と時効
慰謝料を支払うと書かれた書面は、債務を認めたもの(承認)として扱われることがあります。承認があると、それまで進んでいた消滅時効は、その時点から改めて数え直されます(民法152条1項)。請求する側から見れば期間が仕切り直され、請求を受けた側から見れば、時効の主張ができなくなる場面が出てくるということです。時効の数え方そのものは別の記事で扱っています。
書面があっても、すぐに差押えができるわけではない
念書に支払いの約束が書かれていても、それだけで相手の財産を差し押さえられるわけではありません。支払いがされない場合には、改めて裁判所の手続を経る必要があります。あらかじめ強制執行ができる形にしておきたいときは、公正証書にしておく方法があります。手続の詳細は、支払いと回収を扱った記事に譲ります。
書いてしまった後にできること
その場の流れで署名してしまった、というご相談は珍しくありません。書いた事実そのものをなかったことにはできませんが、争い方はいくつかに分かれます。どこを争うのかによって、集めるべき材料も変わります。
| 主張したいこと | 争うことになる層 | 求められる材料 |
|---|---|---|
| 自分は書いていない、押していない | 第1層(成立の真正) | 印章の管理状況、筆跡に関する事情 |
| 書いてあるとおりの事実はない | 第2層(内容の信用性) | 作成時の状況、他の記録との食い違い |
| 約束に拘束されたくない | 第3層(合意の効力) | 署名に至る経緯、内容の不均衡 |
このうち、強迫や錯誤を理由に取り消す場合には期間の制限があります。取消権は、追認をすることができる時から5年、行為の時から20年を経過すると行使できなくなります(民法126条)。書面の内容に納得できない事情があるのであれば、放置せず、早い段階で確認しておくことをお勧めします。
なお、書いた側から「あれは無効だ」と伝えるだけで話が終わるわけではありません。相手が書面をもとに請求してきた場合には、上の表のどこを争うのかを定めたうえで、対応を組み立てていくことになります。
書いてもらう側が気をつけたいこと
書面を残しておきたいという気持ちは自然なものですが、書いてもらうときの進め方そのものが、後の評価を左右することがあります。
- 相手が席を立てない状況や深夜の長時間の話し合いは避け、落ち着いて内容を確認できる場を選ぶ。
- 文面を一方的に指定するのではなく、事実の部分は本人の言葉で書いてもらう。
- 書いてもらうまでの経緯(日時・場所・同席者)を、自分の側でも記録しておく。
- 金額や条件は、事情を確認したうえで決める。
- 関係を続けるかどうかによって、書面に求める内容は変わることを踏まえる。
また、署名を拒む相手に対して、勤務先や家族に知らせると告げて迫るような対応は、書面の評価を下げるだけでなく、別の法的責任を問われるおそれがあります。請求の伝え方については、別の記事で扱っています。
よくあるご質問
手書きではなく、パソコンで作った書面でも意味はありますか
署名や押印があれば、書面としての扱いが変わるわけではありません。ただし、本文まで自筆である書面のほうが、後から作成の経緯を説明しやすい面はあります。
写真で撮った念書しか手元にありません
写しであっても、提出すること自体はできます。もっとも、原本の有無を尋ねられることがあるため、原本は保管しておくことをお勧めします。
何年も前に書かれた念書でも使えますか
書面が古いことだけを理由に、証拠として扱われなくなるわけではありません。ただし、請求そのものには期間の制限があるため、いつの出来事についての書面なのかは確認が必要です。
念書に「今後一切請求しない」と書かれていました
どの範囲の請求について取り決めたのかが問題になります。書面の文言と、作成時に想定されていた事情の両方から判断されるため、文言だけで結論が決まるとは限りません。
まとめ
- 念書や謝罪文の「効力」は、本人が書いたものか、内容がどこまで信用されるか、約束に拘束力があるか、という3つの問いに分かれる。
- 署名や押印があると成立の真正が推定されるが、それは偽造された書面ではないという意味にとどまる。
- 記載の具体性と作成の経緯によって、内容の受け止められ方は変わる。
- 謝罪の言葉だけの書面は、何について謝ったのかが特定されにくい。
- 支払いを認めた記載は、消滅時効の数え直しにつながることがある。
- 約束の効力が否定されても、書面に書かれた事実の記載が材料として残る場面はある。
- 書いてもらうときの進め方そのものが、後の評価に影響する。
念書や謝罪文をめぐる問題は、書面の文言だけでなく、作られた経緯や、手元にある他の資料と合わせて考える必要があります。弁護士法人若井綜合法律事務所では、不貞をめぐるご相談を、請求する立場の方からも、請求を受けた立場の方からもお受けしています。書面をお持ちの方は、その内容を確認したうえで、次にとりうる方法をご説明いたします。お一人で判断される前に、一度ご相談ください。


