出口が見えない認知症のトンネル入った日
「遠距離認知症介護者の日記」のテーマの記事は、お袋が認知症になった初期の頃を記録として残すためにアップしています。
ここから2014年3月3日の話
お袋の介護保険認定の面接調査員が来た。
初対面だとお袋が不安だろうから、以前からお袋と面識がある地域の社会福祉士の方と4人で面談をした。
お袋は緊張した様子だが、調査員の質問に淡々と答えている。いつもより、しっかりした様子だ。いよいよ質問が残り少なくなった時、調査員が「これなら自立可能ですね」と独り言のように言った。
この面接で自立可能と評価されると、介護保険が使えず全てのケアが10割負担になってしまう。もちろん、お袋はそんなことはお構いなしに、自分が自立できていることを主張している。
その時、助け舟を出してくれたのが、お袋と親交があった社会福祉士の方が「以前、僕が知っているお母さんの状態ではないので、もう少し掘り下げて質問をして下さい」と調査員に言ってくれた。
今回、解ったことは、本人と身内だけでは調査員は信用しないということ。私の独断で第三者を介入させたことが功を奏した。
いずれにしても介護認定は結果が出るまで1ヶ月ほどかかるらしい。
翌日、お袋の手元に現金がないとが不安なので、一緒に郵便局に年金を引き出しに行った。お袋は通帳と現金を見ると安心する。地域の小さな郵便局なので、局員さんにもお袋の認知症のことを話して頼んでおいた。
お袋は、お金が手元にあっても何度も何度も財布を開けて現金を確認する。もちろん、通帳も引き出した年金も確認する。様子を見ていると3分おきに確認している。
このままでは通帳も現金も失くすので、お袋がいない時に封筒に入れた現金を分散し、お袋が普段、探さないようなところに隠した。流石に気がとがめたが、どこかにしまい込んで失くすよりはいいだろう。
案の定、また現金を確認している。だた減っていることには気が付かない。とにかく現金を見れば安心するのだろう。
今回、私が帰省した目的は5つ。
・介護認定の面接
・お袋の年金を通帳から引き出す
・現金の分散して隠す
・明細書類の処分
・クリニックの通院
明細書の処分というのには理由があって、明細書がお袋の目にとまると、借金の借用書に見えるらしい。私に電話してきて、決まって言うことは、「あんたは借金ばかりして、私の年金を使っているんか?」
これを電話で延々と問い詰められるので、電話に出ないと留守番電話に罵詈雑言を何十回も入れられるのだから、たまったものではない。
今回の帰省で、5つの目的を果たしたので少し落ち着いた。しかし、介護認定が決定するまでは、週一のペースで、帰った方が良さそうだ。
今回、お袋の言動を細かく観察した。例えば、私が発したどの言葉に反応して不安になるのか。お袋の行動の意図するところは何か。
5日間だったが、いくつか解ったことがある。「お金」、「借金」、「独り」、「夜」、「近所」、「薬」などの言葉に反応し、それに基づいて行動している。
行動と言っても、私から観ると不可解だが、お袋には確かな理由がある。お袋の行動パターンやキーワードになる言葉を一つでも多く収集するのも、これからの課題だな。
この記事は、お袋の認知症初期のことを具体的に書いています。認知症の方の症状は、性格や環境、周りの人間関係で違ってきます。
お袋の場合は、独居で息子は遠い京都で暮らしている。年金があるのでお金には不自由していないが、認知症になったことで大きく変化したのは人間関係です。
認知症になる前のお袋の交友関係は、毎日、数人の友だちや近所の人が訪ねてくるような社交的で明るい性格だった。しかし、認知症になった途端、ピッタリと人が来なくなった。
今、思えば、この変化が大きく認知症を進行させたように思う。これから高齢者が増え、それに伴って認知症の方も増えてくるでしょう。地域の施設は相変わらず不足しています。
今後、地域全体で独居の高齢者を見守れるような仕組み作りが必要不可欠になってきます。これから日本は超高齢化社会になります。そんな日本は、世界に先駆けて地域見守りの新しい仕組みを作るチャンスかもしれませんね。
【小さな実践】
様々な認知症の症状があることを地域で共有し、地域住民が学べる場が必要になる