デットエクイティスワップを使って、経営者の会社への貸付負債を圧縮する
1、負債を純資産に切り替える、デットエクイティスワップ
企業の決算時の財政状態を表示する貸借対照表は、企業の「財布の中身」である財産(総資産)の内訳と、その総資産を、他人資本(負債)と、自己資本(純資産)に区分して表示する機能を持っています。
他人資本は、いわば借金であり、将来に費用化する総資産の内訳でもあります。一方、自己資本は、会社に株主によって払い込まれた資産や営業活動で得られた利益の蓄積の内訳です。
従って、他人資本を、自己資本に移し替える行為は、原則として認められません。借金をしている金額を、帳簿上で、自分の資産に書き換えることを認めることは、会社の利害関係人(借り入れをしている銀行や、税金を徴収する税務署を含みます)を欺く行為といえます。
しかし、このような行為が、会社法の改正とともに、比較的、安易に実行できる「抜け穴」が認められるようになりました。
その一つが、ここでとりあげる、デットエクイティスワップという方法です。
デットエクイティスワップとは、会社の借金(デット)を、会社の財産である資本(エクイティ)に、移し替えて増資ができる技術です。
今回は、このデットエクイティスワップを、そのメリットと、逆に危険性がどこに潜んでいるのかに言及しながら、解説をしてゆきたいと思います。
2、最近、目立つ不適切な デットエクイティスワップの活用相談
経営コンサルタントとして、経営者の方からの御相談をうける中に、最近、デットエクイティスワップを、新しく売り込んできた税理士さんから勧められたけれども、気軽に実施して問題はないのでしょうか?という相談を数件、お受けしました。
お話しを伺ってみると、皆さん、顧問の税理士さんでない、面識のない、新たな営業をしてきた税理士さんに、勧められたようです。
どうやら、税理士資格者の中に、営業活動のドアノックツールとして、デットエクイティスワップを安易に勧めている方がいるようです。
デットエクイティスワップは、会社法が認める手続ですから、手続きを踏み、実態が伴えばそれ自体、何ら違法なものではありません。
しかしながら、会社の借金(デット)を、会社の財産である資本(エクイティ)に、移し替えて増資ができるというテクニックですので、安易にこれを実施できるようなものではありません。
長年、しっかりと会社の実態と、借入金の実情を把握されている弁護士や税理士・会計士の指導のもとに実施すれば全く問題はないのですが、単に、営業活動にそれを利用されている士業に依頼されると、危険性があります。
3、デットエクイティスワップの実態は、裁判所の検査役の検査が必要な現物出資
その危険性を理解するには、デットエクイティスワップのメカニズムを理解する必要があります。
株式会社における資本金というのは、株式会社が、株主が有限責任だけを負う物的会社であるという性格から、債権者や利害関係人の「最後の与信」の資産です。そのため、株式会社の資本金は、資本充実の原則によって、必ず払い込みを現実になされた純資産である必要があります。
株式会社を設立する際、その設立登記に、株式の払い込みが現実に行われたという証拠書類を厳重に求められるのは、そのためです。
従って、本来、株式会社の資本金は、金銭が現実に会社の銀行口座に振り込まれてはじめて計上できるものなのです。
しかし、会社の形態というのは、株式会社だけではありません。その原型ともいえる、合名会社や合資会社も、現在の会社法でも設立が認められています。これらの会社は、株主にあたる社員が、会社に対して無限責任を負う人的会社です。
人的会社の場合、債権者などの利害関係人からすれば、社員が会社に対して、無限責任をおう(つまる、すべての会社の債務を連帯保証しているようなもの)ので、資本充実の原則は緩和されています。
そのため、金銭で払い込みをしないでも、会社の設立が認められるのです。その具体的な事例が、現物出資です。
現物出資とは、設立時や増資時における資本の出資を、現金ではなく、現物によって行うことです。例えば、個人事業で物販を営んでいた方が、商品在庫を出資して、株式会社の株式を発行し、会社を設立する、というような形態で利用されます。合名会社や合資会社の場合、この出資の仕方で会社を設立が容易にできるのがメリットでもあります。
しかし、現金と異なり、現物出資では、その出資される現物の価値が、本当に、株式の発行価額に相当しているかどうかがよくわかりません。もし、その価値が低ければ、債権者等の利害関係人を害してしまいます。
そこで、株式会社の現物出資は、申し立てにより裁判所によって検査役が選任され、その検査役による財産価額の検査が必要になります。
つまりは、現物出資は、非常に厳格な要件のもとに認められる手段であるということです。
さて、デットエクイティスワップは、債権者に対する債務という負債(デット)を、資本(エクイティ)に切り替える方法です。その時、債権者は、債権と言う権利を出資に使うことになります。実質的には、債権と言う現物によって出資を行うことと同視されるため、現物出資であると従来は、考えられてきました。
そのため、上記に述べた裁判所による検査役の選任と、検査役による厳重な検査手続きが必要でした。それを、会社法が、裁判所の選任をえない弁護士や税理士が検査をすれば足りるという形で、利用をしやすくしたのが、デットエクイティスワップ手続きです。
特に、顧問税理士による一定の手続きのあとで、司法書士による増資の登記手続きを行う形で、利用ができるようになったのです。
これによって、会社が社長に役員報酬を過大に出し、その役員報酬を会社に戻して会社への貸付けを創り出し、それを顧問税理士が検査をえれば、経営者が現金を会社に振り込まずに、会社の現金をぐるっと回すだけで、増資を図ることができるという形で、利用ができるようになったのです。
特に、人材紹介業や人材派遣業など、一定の資本金の確保が必要とされる事業を現金がなくても、継続するため、士業者が、安易な資本金創出策として、会社に持ち掛けるケースが、発生していると聞き及んでいます。
税理士がその資格で作成する書類だけで、形式的審査である資本金変更登記が行えるといううことを利用して、払い込みの実態のない資本金の増資の変更登記を行っているようです。
4、軽率なデットエクイティスワップの利用は、税務調査に繋がり兼ねない
今の会社法が、デットエクイティスワップを裁判所による検査役の選任をえずして、それが可能になるようにしたのは、裁判所による検査役の選任という、非常に硬直的な手続きでしか、負債を純資産に転化できない硬直性を修正したためであり、実態のない負債を作りあげ、それを安易に資本に転化して、払い込みを潜脱できることを認めるものではありません。
このような行為は、税務当局でも目を光らせているとの情報もあります。
利用を検討する経営者の方は、安易な資本金創出策にのらずに、じっかりと自分の会社の経営を考えて臨みましょう。