事業の目標を、売上と利益だけに設定する危険性を知っていますか?
1、経営者がぶつかる、維持か成長か、という問い
会社を起業し、毎日、現場で売り上げをあげるために社長が奔走している規模の会社の場合、大きな壁が、「社長の気力が続かなくなる」ときに現れます。
サラリーマンから見ると、自由業のアントレプレナーは羨ましく感じるものですが、実際、起業をすると、サラリーマンのように、時間から時間働けばよい、などというものではなくなり、ワークアンドライフバランスなどと悠長なことを言っていたら、たちまち、刻々と襲い掛かってくる固定経費が賄えなくなります。
会社の売上をあげてゆく営業や、商品の仕入れの活動以外に、会計や労務にも時間がとられ、全方位に意識を巡らせなければ、小規模の会社も維持することはできません。
そんな状態で、仕事を続けていると、どこかで、気力が持たなくなる時が来ます。
会社を大きくするとか、成長する、という夢は遠のき、維持することが、ようやっとという状態になります。惰性で、会社を経営しはじめるわけです。
そして、そんな中で、ふと考えることが、
「会社を維持すればよいじゃないの?
大きく成長するなんて、自分には向かない。」
と、思い始めるわけです。
2、維持を選ぶと、維持ができないのが会社経営だ
しかし、このような、経営者が成長の意欲を失い、維持を選ぶタイミングに至る時、既に、会社は、大きな危機の前にあるのです。
会社を経営するためにかかる経費(販管費)には、勘定科目に関わらず、固定費と流動費があります。そして、実は、会社の経営に要する固定費は、流動費よりも大きく、かつ、会社の存続年数が大きくなればなるほど、固定費が増大してゆきます。
売上が維持されていても、知らない間に固定費が増えてゆくのが会社です。そうなると、会社は、維持をしているだけでは、キャッシュフローが悪化するのです。
つまり、会社というのは、それを成長させない限り、維持ができないのです。
成長をあきらめ、維持しようという発想に立った会社は、維持するもとができなくなるのです。
3、どこを目指して成長するかは、経営者が選ぶエグジットで決まる
会社を成長させる、と、一言でいわれても、それが、一体何を意味するのか、どこに向かっていくのが成長なのが、よくわからならないという経営者の方もおられるでしょう。
成長とは、売上の拡大をいうのか?利益の拡大か?
従業員を増やすことなのか?
固定資産や減価償却資産の拡大なのか?
純資産の拡大なのか?
どこを目指して成長するかという問いは、会社(経営者)によって変わってくるというのが、その答えです。
言い換えるなら、その経営者が、会社のエグジットをどこに置くかによって、成長のさせ方は、異なるのです。
エグジットというのは、「出口戦略」という意味。つまり、最後、どうしたいか、ということを、戦略的に考える、ということです。
エグジットの設定をしていない会社は、どうなりたいかを考えていないため、成長のベクトルが、ドリフトしてしまいます。
ここからは、エグジットの設定が、会社の成長のベクトルと、どう関連するのかについて、書いて参ります。
多くの戦略なき経営者が陥る、「黒字廃業」という最低の選択
エグジットを考えていない会社の経営者が、最後、どうなるか?という、話から書いてゆきましょう。
それが、今、日本の長命な会社で、最も多い廃業の仕方である「黒字廃業」という最後です。
赤字廃業や倒産は、事業継続ができなくなり、破滅前に、または破滅して、会社を畳む、ということです。それに対し、黒字廃業とは、会社は黒字で今後も存続できるのに、経営者の身体や気力に問題が発生して、黒字の状態で、途中廃業せざるをえなくなる、ということです。
今、日本では、この黒字廃業が、非常に増えています。その理由は、中小企業の経営者の高齢化にあります。日本で最も高齢化しているのは、中小企業の経営者の世界なのです。
この黒字廃業をすると、税法上、どうなるか、ということを説明します。
まず、前提として、黒字を続けている会社の利益剰余金は、すべて、利益に対し、30%から40%程度の法人税等の課税をされた後の、会社の「貯金」です。黒字の事業が継続する限り、利益剰余金は、蓄積を続けます。
しかし、廃業をする場合、会社という貯金箱がなくなるわけですから、それをオーナー社長が個人で瞬間的に受け取ることになります。当然、この受け取りには、所得税が課されます。どの程度の所得税が課税されるかは、会社の利益剰余金に規模にもよりますが、長年、黒字を続けている会社の場合、所得税と住民税を足した最高税率(55%)を超える可能性があり、その税金を支払わねばなりません。
これは、あげた利益に対して、30%から40%の法人税を課税された、更にそのあとに重ねて、50%以上の所得税を課税されることを意味します。
更に、その後、身体が弱っている社長が亡くなれば、そこに相続税が課税されます。
もうお分かりですね。
黒字廃業をすると、生涯かけて、造ってきた会社の利益の、ほぼすべてが、残らずに税金によって持っていかれてしまうのです。
エグジットを全く考えていない経営者の最後は、生涯苦労してきて創ってきた会社の利益が、全部、税金で持っていかれてしまう、という、結果になるのです。
この最低の結果を避けるため、エグジットを考えておかねばならないのです。
IPO 理想ではあるが、その壁は、どんどん高くなっている目標
エグジットの選択肢で、最も高度なものは、株式の上場、つまり、IPOです。株式を上場すると、会社の株式は、会社法の原則である株式譲渡自由の原則によって自由な譲渡の対象となり、また、資金調達のための新株発行や転換社債の発行によって、創業の社長が株の所有によって会社を支配し続けることはできなくなります。
上場会社は、多くのステークホルダーのための公器となるため、仮に、創業者が代表取締役であったとしても、既に、会社の所有者ではありません。その意味で、IPOは、オーナー社長にとって、エグジットの選択肢の一つと位置付けられます。
むしろ、会社法の基本原則に従っていえば、会社は、上場を目指し、継続企業(ゴーイングコンサーン)であり続けることが、その使命ともいえます。
実際、日本では、2000年代はじめから、2010年代まで、東京証券取引所の方針で、株式上場が、かなりしやすい時代でした。しかし、2020年代に至り、この東京証券取引所の方針は、大きく転換されました。
上場がしやすくなった結果、旧一部上場企業に、多くのベンチャー企業が入ってしまい、その結果、海外の投資家が、日本の株式の評価を大きく下げてしまったことに、東京証券取引所の方針転換の理由があります。
今、一部市場から、プライム市場に制度が移行し、2025年をめどに、その改革が完成するため、多くの旧一部市場上場会社が、スタンダード市場に「格落ち」を迫られています。
スタンダード市場やグロース市場では、企業の株式市場による資金調達力は、大きく落ち、株式の流動性も大きく落ちるため、今は、ベンチャー企業がIPOを行う魅力は、大きく減少しました。そして、IPO自体は、逆に大きく難易度があがってしまっています。
中小企業がIPOをエグジットの選択肢にする場合、その難易度があがり、逆にメリットが大きく下がっている、というのが、今の実情です。
もし、それでもIPOを目指すという高い目標を持たれる経営者の方は、会社を、IPOに向けて、エクセレントは状態に保つことを成長の目標として目指しましょう。
営業における売上高の強化・向上は、当然です。そして、財務における収益性や、高い流動比率の維持、生産性の向上、人事労務のコンプライアンス管理など、財務や税務・コンプライアンスに配慮した総合的に優れた会社を、IPOでは目指す必要があります。
金融機関や投資ファンドから資金を積極的に調達し、高い成長率を目指して、エクセレントな会社を創ることが、成長のベクトルになります。
事業承継 誰に承継するかは、経営者が決められない
さて、IPOが困難で、メリットが低下しているとすると、エグジットの中で、従来の日本企業のエグジットで最も多かった、誰かに事業を承継するという、選択肢は、どうでしょうか?
まず、自分に子供がおり、その子が、自分の造った会社をマネジメントしてゆける能力が備わっているなら、その子を、大学卒業後、しっかりとした大企業に就職をさせて経験を積ませ、しかる後に、自分の会社に入社させて、幹部に仕上げ、最終的に事業を承継して行くという選択肢があります。
この方法をとれる経営者は、この選択肢が最も安定したエグジットの方法であることは間違いありません。
僕も、よく、創業者である経営者の方から、息子さん・娘さんが入社した後、継続的に経営を指導してほしいというご要望をいただき、後継者の顧問に就かせていただくケースが、非常に多いです。
子供や親族への事業承継 簡単にみえて、これが出来れば苦労しない
この選択肢のエグジットを目指す経営者の方は、金融機関からの借入金をつくらない、無借金経営での成長が、重要な経営方針となります。
日本における金融機関の借入金につきものなのが、経営者の個人連帯保証です。現在は、政府の方針で経営者個人に連帯保証を求めないよう、金融機関に求めていますが、金融機関は、貸すかどうかの審査権限があるため、経営者個人の連帯保証なく貸せるという企業は、相当な資産の担保(不動産など固定資産への抵当権設定など)が可能な企業に限られてきます。それがない企業の場合、借りる側が、いくら経営者の連帯保証なしの融資を求めても、与信がなければ、金融機関側は、融資を断るだけです。
そうなると、よほどの与信がある企業でない限り、借入金には、経営者の連帯保証が伴ってしまいます。
これが、子供に事業承継をする場合の、最も大きな支障になります。
承継者は、自分が、親の会社を継ぐというところまでは了承したとしても、親の代の経営でつくった借入金の連帯保証をするのを、躊躇して、承継をあきらめるケースが、非常に多いのです。
ですから、子供に事業承継をする企業の場合、無借金経営を行うことが、その経営指針になります。
しかし、無借金経営と言うのは、言うのはたやすいですが、実行するのは、非常に難しいのです。従業員の給与をはじめとする固定費を、常に粗利益が上回る続ける会社でなければ、運転資金を金融機関から借入を起こさない経営をすることはできないのです。
子供や親族に継がせる経営は、非常に難しいのです。
部下に承継するなら、株式価格の戦略が必須
子供や親族に継ぐ人がいない場合、自分と一緒に歩んできてくれた部下の役員に事業を継がせたいと考える経営者は、少なくありません。
しかし、結論的には、子供に継がせるよりも、部下に継がせるほうが、難しい問題があるのです。
子供が躊躇する借入金の連帯保証問題は、部下の場合でも同様にあります。それに加えて、部下の場合、株をどう継承するか、という難問が加わります。
子供の場合、株式の承継は、相続を利用すれば、相続税の事業承継優遇策もあって、子供は、株式の取得に費用がかからないケースが多いといえます。
ところが、他人である部下への承継は、相続のような無償で株式を与える方法をとろうとすると、贈与になり、贈与税という最も税率が高い税金が部下に課せられてしまいます。新株を発行して株式を賞与として与えるストックオプションを利用すると考える経営者も多いでしょう。しかし、ストックオプションは、無償で株式を渡しても、その株価に相当する所得税は課税されてしまい、非上場株という経済的に価値がない株を譲り受けるのに、大きな負担だけが、受け取った人にかかってしまうのです。
IPO直前の会社におけるストックオプションの場合、IPOによって市場で株価が形成されるため、ストックオプションを受け取った人は、会社の発展によって大きな利益をえることができます。一方、非上場会社の場合、株式の経済価値は、実質的にはゼロであり、会社を支配することしか意味はありません。
そのため、相続ができない第三社が会社の株式を取得する負担をしてまで、会社を継ぎたいか、ということが問題になってきます。借入金がある会社なら、その連帯保証の引き受けまでおうわけですから、猶更です。承継させるヒトの一方的な想いでは、部下への事業承継は実現できないのが、実情です。
M&Aという最終選択
以上述べてきた通り、企業のエグジットでは、戦略なき最終形である黒字廃業が、最低の結末を生み、一方で、IPOは極めて狭き門となり、子供や部下への事業承継も、なかなか課題が多い、という状態です。
そこで、注目されるエグジット策が、事業承継型のM&Aで、会社を売却してゆく方法です。
ある意味、このM&Aが、子供への事業承継策がない企業の場合、現時点の企業のエグジットの中で、消去法的に最も賢い方法であるといえます。
M&Aの場合、残った借入金の返済は、買収側企業に残すことができ、従業員の雇用も守ることができます。オーナー社長にとっても、それまで積み上げてきた努力の成果ともいえる、利益剰余金に、未来価値まで含めて、株価として売却益で取得できます。
この売却益は、給与所得のように累進課税が適用されないため、所得税率でも、有利です。
4、終わり方を目指して、会社を成長させるという発想が、経営者の幸せを呼ぶ
エグジットの設定の仕方で、会社の経営のベクトルが変わる、ということを、以上、みていただきました。
逆をいえば、エグジットをどうするかは、あなたがなぜ、会社を起業したのか、その会社をどうしていきたいのか、という、問いかけと同じ線上にあるということなのです。
今、生活の糧をえるために、会社を経営するということだけでは、会社はいつまでたっても、同じレベルの領域をぐるぐる回るだけであり、外部環境の激変や強い競合の参入などによって、大海に浮かぶ小舟のように、翻弄されるだけです。
自分は何故、あえて会社を創ったのか?
自分の会社を、最終的にどのようなカタチにもっていきたいのか?
そのエグジットに応じた成長を、どう遂げてゆくのか?
このような問いを立てて、考えることで、会社の成長ベクトルが定まり、経営の目指すカタチが決まってくるのです。
松本尚典の中小企業経営者支援コンサルティングサービス
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